デニス・ホッパー 監督・主演 「イージー・ライダー」

1969年 アメリカ

 

<解説>

1960年代アメリカ。マリファナを密輸して、大金を得たワイアット(キャプテン・アメリカ)とビリー。ハーレーにまたがり、ロスから南へと旅に出る。ステッペン・ウルフ、スミス、バーズ、そしてジミ・ヘンドリックスといった60年代当時のロックナンバーをBGMに2人の旅物語は展開してゆく。ビートやヒッピーの特性の1つに、旅というスタイルがあった。これはホーボーやボヘミアンの生活スタイルを取り入れていて、同時代には、この映画以外にも「俺たちに明日はない」「明日に向かって撃て」等の放浪映画が制作されている。また、ケルアックの小説「路上」「孤独な旅人」「地下街の人びと」「禅ヒッピー」等も放浪を基本の生活スタイルとして書かれている。

 

ワイアット:You’ve got a nice place. It’s not every man that can live off the land, you know. You do your own thing in your own time. You should be proud.

(あんたは見事な土地を持っているよ。根を張って生きる奴は少ない。独立して生きるのは立派だよ。)

 

 ワイアットのタイヤがパンクする。修理道具を借りるべく、2人はオレゴンで牧場に立ち寄る。かつて放浪を繰り返していたという牧場主は、2人にも理解を示す。今は土地に定住し、妻子と暮らす彼に対するワイアットのリスペクトも伺える。

前章のウティラ・コミューンの項において私は、異なる生活スタイルや世界観に対し、常にリスペクトを持つ姿勢を身につけたと書いた。そしてそれは、皆がそうやって暮らす生活の中で見出した、とも書いた。ワイアットやこの牧場主のように――もっとも、牧場主は元放浪者であったため、お互いにとって理解し易かったということは考えられるが――また、ウティラの人びとのように、当時のアメリカ社会の中で、自身とは違う世界観を持つ者に対し、お互いがリスペクトを持つという習慣があれば、現在までビートやヒッピーは、そのままの形で姿を残していたのかもしれない。

 

ビリー:This is nothing but sand, man. They ain’t gonna make it, man. They ain’t gonna grow anything here.

(こんな砂地じゃ何も育たないよ。)

ワイアット:They’re gonna make it. Dig, man. They’re gonna make it.

(きっと育つさ。きっと。)

 

住民の1人:We have planted our seeds. We ask that our efforts to be worthy to produce simple food for our simple taste. We ask that our efforts be rewarded. And we thank you for the food we eat from other hands--that we may share it with our fellow man and be even more generous when it is from our own. Thank you for place to make a stand. Amen.

(種をまきました。我らの努力が実り、ささやかな食物を生んでくださいますように。努力が報いられますように。外から求めた食物を仲間と分かち合い、外部の人にも分けられますように。この場を与えられたことを感謝します。)

 

 道中でヒッチハイカーを拾う2人。彼の暮らすコミューンへと同行する。自給自足を実践し、責任を分担し、子供や財産を共有して暮らすコミューンの人びと。彼らが不毛の土地に種をまく傍らで2人が話している。そして皆で集まって祈りを捧げる住民たち。

アメリカでは1970年代までに、約300万人がこのようにコミューンで暮らしていたと言われている。(註1)ビートの次世代であるヒッピーたちによって、こういった血縁によらない共同生活の習慣が取り入れられた。それは、先人たちが伝え続けた、共有・一体感の場を、社会の中で、目に見える形で実践した理想郷だったのかもしれない。しかし彼らはそうやって暮らすことによって、自分たちの持つ以外の世界観を否定することになってしまった。社会へのアンチとして始まった彼らの活動は、そのまたアンチを生み出す結果を招いた。

1968年7月にはハッシュベリーで暴動が起こり、翌年1969年夏には、かつてハッシュベリーに住んでいたチャールズ・マンソン一派の女優、シャロン・テート殺人事件、を皮切りに同様の事件が多発した(註2)。また、彼らは、社会のアンチとして暮らしながらも、政府の福祉政策に依存して生活していた。リスペクトの欠落と不完全な自立については、彼らが理想郷を実現する上で、まず自覚し、立ち止まって考えるべきことだったのではないかと、私は考える。しかし同時に、ベトナム戦争に参戦する社会に、リスペクトを持つことが困難だったであろうことも考える。

 

さて、このコミューンに行き着くまでに3人はネイティブ・アメリカンの部族の1つであるナバホ族の廃墟で野宿をする。また、このコミューンまでの道中でもプエブロ族――巻末で、彼らの提言による詩集を2冊、参考文献として紹介しておく(註3)――の村を通る。

ビートたちが東洋思想に強いリスペクトを持っていたこと――ギンズバーグやスナイダー、そしてケルアックの3人は、作品の中でもそのリスペクトを露わにしている――そしてそのリスペクトをヒッピーたちが引き継いでいたこと――キージーは、特にネイティブ・アメリカンに対し、強いリスペクトの念を抱いていて、前に紹介したインタビューの中でも「外を見て、葉っぱにも意志があるのだ、石にも精神があり、空には血があると言えるようにならなくてはいけません。これは長い過去からインディアンが主張してきたことです。彼らが我々が生きるために必要な何かについて目覚めた。人間同士だけでなく、岩や空にも尊敬の念を持たなくてはならないことを知っているのです」といった発言をしている。また、若者たちが髪や髭を伸ばしたり、ヘッドバンドをつけたりしていたのは、原始的な生活を営むネイティブ・アメリカンへのリスペクトの証であった。もっともそれは時間が経つにつれ、形骸化したファッションとなってしまったのだが――3人の寄り道によって、製作者であるデニス・ホッパーやピーター・フォンダたち――彼らもかつてヒッピーだったのだ――のリスペクトも表明されているのではないだろうか。

 

ジョージ:Oh, they’re not scared of you. They’re scared pf what you represent to them. What you represent to them is freedom.

(彼らは君達を恐れたりなんかしてないよ。君達が象徴するものが怖いのさ。君達に自由を見るのさ。)

ビリー:What the he’ll wrong with freedom, man? That’s what it’s all about.

    (自由のどこが悪いんだ。それが肝心なとこじゃないか。)

ジョージ:Oh, yeah, that’s right, that’s what it’s all about, all right. But talkin’ about it and bein’ it—that’s two different things. I mean, it’s real hard to be free when you are bought and sold in the marketplace. ‘Cause, don’t ever tell anybody that they’re not free ‘cause then they’re gonna get real busy killin’ and mamin’ to prove to you that they are. Oh yeah, they’re gonna talk to you, and individual, it’s gonna scare ‘em.

     (そう、何も悪くないさ。自由を説くことと自由である事は別だ。カネで動くものは自由にはなれない。アメリカ人は自由を証明する為なら殺人も平気だ。個人の自由についてはいくらでも喋るが、自由な奴を見るのは怖いのさ。)

 

 コミューンを出た2人はニューメキシコを訪れる。しかしそこで、無許可でパレードに参加し、州の留置所に入れられる。そしてそこで弁護士ジョージ・ハンソン(以下ジョージ)と出会い、3人での旅を始める。ルイジアナに向かう道中で3人は野宿し、ビリーが、自分たちを泊めてくれないモーテルに対して不満をこぼしたことから会話が始まる。

 ビリーはジョージの言葉に素朴な疑問を抱く。しかし、ジョージの言うように、自由であることが悪いのではない。市場経済の一端を担い、その代わりに生活の安定を享受している人間にとって、2人が体現する「自由」は羨望を超えて、憎しみの対象となっているということだ。彼らはその「安定」にしがみついて生きている。そしてしがみついているがゆえに、2人のようにそれを手放すリスクを負うことはできない。2人の追求する自由に憧れながらも、それは自分たちには絶対に実現できないのだ、という鬱屈した思い――それが2人への憎しみに変わる。そして彼らをはぐれ者として排除することで、自分たちを慰め、同時に叶わぬ野望への思いを捨てる。

 確かに2人は既に犯罪者だ。麻薬で儲けたお金によって旅を続けている。しかし彼らは少なくとも自立している。また、彼らは痛めつけられることはあっても、決してそれに報復しない。彼らの方から誰かを痛めつけることもしない。どれだけ挑発されてもそれをさらりとかわす。自由を証明する為の合法的な殺人=戦争――ここでは、ベトナム戦争だろうか――にも加わらない。彼らはただ、静かに彼らの自由を追求している。

 ワイアットは終始黙っている。彼は恐らくそういった、自分たちを痛めつける人間たちに対しても理解を持っていて、決して憎むことはしない――つまりは自分たちを脅かす人間に対してさえもリスペクトを持っている――のではないだろうか。そしてその彼の意識こそが、製作者の意識なのではないかと私は思う。それはこの映画のアメリカ公開時のコピーから読み取れる。

 

A man went looking for America and couldn’t find it anywhere.

(男はアメリカを探しに行き、どこにもそれを見つけることができなかった。)

 

旅の中で彼らは、終始アメリカに痛めつけられる。各州の警察はそのメタファーだ。しかし彼らはそれでもアメリカを信じていた。最後に南部の農夫に撃ち殺されるまで、星条旗をあしらったジャケットを着、アメリカ製のバイクにまたがり、アメリカを走り抜けた。自分たちを脅かしているそのものにさえリスペクトを持ち、かといってそこに依存することはなく、ただ静かに自分たちの自由を追求し続けた2人のライダー――この作品からは自由への強い意志はもとより、命懸けのリスペクトが見える。人を殺したり、人を痛めつけたりしなければ証明できない自由など、少なくとも私はこの先、求めることはないだろう。それは彼らにとってそうであったように、私にとっても、永遠に、自由と呼べる代物ではないからだ。

 

註釈

1.http://www1.doshisha.ac.jp/~syamada/work/column/c6.htm

「コラム60年代」より「ヒッピー Hippie」の項参照

2.同論文より「対抗文化の終焉」の項参照

3.ネイティブ・アメリカン(プエブロ族)詩集

ナンシーウッド「今日は死ぬのにもってこいの日」1995年 めるくまーる

ナンシーウッド「シャーマンの環」1998年 講談社

 

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