
モンサンミッシェルとロワール物語
10日間

2001.12.14−20
往:12月14日(金)成田NH205便11:55−
復:12月19日(木)ド・ゴールNH206便20:30−
12月14日(金)
ANA205便成田11:55発シャルルドゴール16:25着
泊:ホテル イビス ポルト ドルレアン
12月15日(土)
ホテル〜アンボワーズ城〜シャンボール城〜トゥール
泊:ホリデイ イン トゥール シティ サントル
(一日の走行距離約240KM)


12月16日(日)
ホテル〜モンサンミッシェル〜サンマロ
泊:マスコット
(一日の走行距離約312KM)



12月17日(月)
ホテル〜オンフルールの旧市街・サントカトリ-ヌ教会・旧港〜
ルーアンのノートルダム大聖堂・黄金の大時計〜
イルミネーションに輝くパリの街並み
泊:ホテル イビス ポルト ドルレアン
(一日の走行距離約458KM)




12月18日(火)
ホテル〜パリ市内観光・ノートルダム寺院〜OPベルサイユ宮殿
泊:ホテル イビス ポルト ドルレアン
12月19日(水)
自由行動
オルセー美術館〜ショッピング
ANA206便シャルルドゴール20:30発

ルーブルのピラミッド。違和感はなかった!
12月20日(木)
ANA206便成田16:05着
私が庭で浴びている太陽の陽射しの何と強く暖かいことか・・・
フランスの太陽の陽射しは弱く力がなかった。冷たかった・・・
空は晴れていても灰色を帯びた青空だった。
フランスを旅して思ったのは何故石の家なのか?でした。
家を建てるのに使うような木は一度切ってしまうと次に使えるのが
育つのにあまりに時間がかかるせいもあって、石の家になったのでは・・・
勿論石材は豊富にあったとは思いますが。
それに木の家では寒くて絶えられなかったこともあるでしょう。
フランスって本当に農業国でした!
パリを離れて30分も走るともう農地が広がっていました。
でも何故フランスではそのように良い条件の土地が宅地化されないのでしょうか?
あとで聞いたのですが、シャルル・ド・ゴール空港を作るにあたって、交渉した地主さんは
3〜4人ほどだったとか。
土地が昔ながらの領主さまに握られているのかもしれません。
牧草地が非常に多く見られました。地味が悪くて連作がきかなくて、牧草地にして
地味を肥やしているようでした。
バスの窓からミレーやコローの絵画の世界が目の前に広がっていくのに驚きました。
あの絵からもう何百年もたっているのに・・・
農家の脇の小川にはあひるまで遊んでいる。

日本の5倍の国土に人口六千万。
国土の70%以上が平坦地。
国土の大半が山岳地帯でかろうじて平坦な土地がしがみついている
日本からみると羨ましい限りです。
道路に看板がなくてとても良かったです。
日本でも何らかの努力で看板は撤去出来るのではないでしょうか。
パリ市街。ノートルダム寺院の基点から半径1KMは建物の
高さが69Mに制限されているとか。
また街の中の色彩にも強い制限が設けられているそうです。
ツァーコンさんから聞いたのですが、パリのJALの看板の赤い鶴が
ひっかかったそうです。ダメだったようです。
(青い鶴にしたとか・・・まさか)
政府と国民の双方の努力で街の美観が保たれています。
京都の寺院のお庭の借景にキラキラしい高層ビルなんて・・・
目の前の利益ばかりを追いかけて、町を破壊しています。
私達も本気で本当の豊かさとは?と、考えなくてはいけないのではないでしょうか。
食事はまずかったです(安いツァーのせいもあると思いますけれど)
一番おいしかったのは18日の昼食の中華料理でした。
フランスの普通の家庭では朝、昼は火を使わず、夕食の時だけ温かい
食べ物を作るそうです。
でもパンは美味しかった!
伊勢神宮の遷宮に代表されるように日本の木の文化は20年を目処に
再生されていきます。石の文化のなんと息の長いことか。1000年くらい前の
建物が未だに現役です。
この違いは当然国民性にも現れています。
オンフルールのサントカトリ‐ヌ教会の近くで小学生くらいのグループと
出会いました。何か歌を歌いながら私達の方をニコニコ見ています。
”コ・ン・ニ・チー・ワ”
”???”
”あっ、こんにちわっと言っているんだ!
こんにちわ!ボンジュール!!”
本や写真で知っていたフランス。でも実際に自分の目で見て
その奥にある諸々のことがわかってとても面白かったです。
幕末から明治にかけて幕府・諸藩の若者が渡欧しました。
ひっくり返って驚くと同時に石の分化の持つ凄さにも驚いたことと思います。
このツァーは9・11テロ以来、初めて企画されたものです。
あのテロ以来観光は全滅といっていいくらい落ち込みました。
これだけの内容で10万円ポッキリ!
ANAもJTBも今後の成り行きを計る大事なツァーだったと思います。
この後、観光は徐々に盛り返していきましたが、受けた打撃は本当に
大きいものでした。
私が参加した理由:安かったからで〜す!
留守の間、かきは円形脱毛になるくらい私の不在を心配していたそうです。
”かあたん、ただいま〜!”
