南京皿山と御定式窯跡
南京皿山の中央のこんもりしたところは窯跡でなく
モノハラだそうで、その量の多さにびっくりした。
調所笑左衛門の墓
苗代川と関わりがあったと知り、びっくりしました。どういう関わりなのか調べてみたいです。

玉山神社、階段を上がった所に大きな大きな甕が土に半分以上も埋もれていました。
(灯篭の脇)。さすが焼物の土地!
鮫島佐太郎窯にある苗代川民陶館

雑然と置かれているがこれぞ薩摩焼とも言える超一級品が所狭しと置かれていました。
今回最高の感激!
沈寿官邸裏手に残る朝鮮式の灯篭と阿舎。
この付近に、”故郷忘じがたく候”の碑があります。司馬さんの本に出てくるのは14代さんで現在は15代さんです。
焼き物の世界では伝統と自己の主張は
とても大変なことなのでしょう。
私は白薩摩というとやはり11代さんの作品を
思い浮かべてしまいます。でもそれだけを追っていたのでは今を生きているという存在感の主張がありません。
それと昔は名も無き陶工というように陶工でしたが現代は陶芸家といいますね。
そこにある違いに思いがいきます。
苗代川沈寿官窯
裏手の山からの眺め





帖佐宇都窯址
陶工金海によって開かれた(慶長六年:1601頃)
凝灰岩の傾斜した岩盤を利用した朝鮮式単房傾斜

ゆったりとした心安らぐいかにも民陶の里という感じの龍門寺窯元(川原軍次さん)
庭にはズラーっとチョカがほしてありました。

     焼物の旅 薩摩焼を訪ねて
         沈寿官さんの名をきいたことありますか?

              2002.11.29−11.30

   

               往:2002年11月29日(金)
                羽田ANA621便9:30−鹿児島10:55
              復:2002年11月30日(土)
                鹿児島ANA628便16:20−羽田17:55


        11月29日   空港ー龍門寺窯ー大黒屋(昼食)−ラーメン屋の骨董店ー
                  帖佐宇都古窯跡ー谷山駅前の骨董店ー建築中の長太郎窯ー
                  ホテル ガストフ(泊)
        11月30日   ホテルー苗代川(沈寿官窯ー鮫島佐太郎窯ー玉山神社ー
                  調所笑左衛門の墓ー朴平意の墓ー南京皿山・御定式窯跡
                  伊集院はしぐち(昼食)-空港

  

裏手にある登り窯
 


















     北朝鮮による拉致問題が膠着状態になっている今、複雑な思いで薩摩焼の
     旅をしました。薩摩もまた朝鮮から拉致された陶工達によって拓かれた焼き物
     の里です。
     愕く事に苗代川は現在に至るまで朝鮮名が残っています。
     沈寿官さんの玄関には大韓民国名誉総領事の看板がありました。この里の人は
     ”故郷忘じがたく候”にもその歴史が書かれていますが、400年にわたって
     望郷の念を抱いて生きてきているそうです。