高取・小石原
2001.03.23―24
往:ANA245便羽田ー
復:ANA264便福岡ー
泊:よろづや(日田)
長い間、小鹿田焼の里に行ってみたいと願っていました。
小鹿田と書いて ”おんた”と読みます。
今回は願いがかなって日田を基点に小鹿田、小石原をまわることに
なりました。
3月の日田は町中、雛祭りです。道に面した店先や玄関先にその家に伝わっている
お雛様を飾って道行く人に見てもらうのです。
なんと素敵な風習でしょう!
期待が大きすぎたせいでしょうか、商業ベースが目に余りました。
近在の人々がお雛様を見るという時代と違って、観光バスが大勢のお客さんを
運んでくれるとなるとそこで商売っけが出てしまったのでしょうが、売るのは店の
品でお雛様は日田の良き風習として留めておいてほしかったです。
それは別にして、日田の町はいい町でした。
空港から小石原に向う途中に秋月という町がありました。
”国重要伝統的建造物群保存地区”とパンフレットにあります。
即、寄り道決定!

桜の季節はたいそう賑わうとの事でしたが、この季節、観光客はほとんど
いなくて秋月を堪能できました。
良いところです。 ”兎追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川・・・”こんな感じの町です。
それにお城(址)があって、その一角は中学校(?)になっていました。
このような環境で学び育っていく子供は絶対に不良さんなんかには
ならないでしょう・・・こういう故郷を持てる人は幸せです。
その後ダム湖周辺の工事の都合で四角形の三辺を通って(すご〜い回り道)
小石原へ。
小石原焼は来る者拒まず、 という方針で
若い陶芸家を受け入れているので、町が
どんどん広がっています。作陶所と販売所が
一緒になった店がいっぱいありました。
小石原から日田に山道を下っていく途中に高取八山さんの家がありました。
今回寄れたらいいなと思っていたのですが、一軒だけポツンとあったので
意外な感じがしました。高取焼宗家の木札が掛かっていました。
高取焼に宗家? ピンときません。何なんでしょうか?
司馬さんの本で十二代(?)静山さんがそれは素敵に描かれていました。
静山さんは今は亡く、十三代の奥様がいろいろお話しをして下さいました。
現在は朝鮮の役で連れてこられ窯を築いた八山からかぞえて
十三代目が作陶しておられるそうです。
裏山の八山さんのお墓や写真の唐臼にも案内して頂きました。

高取焼は小鹿田とは全く違った品の良いお茶道具を主に焼いていました。
根津美術館の通りの並びに高取焼の東京出張所があります。
お茶の世界ではきっと需要が多いのだと思います。
小石原に”高取八仙”だったと思うのですけれど、とても紛らわしい名前の
大きなお店がありました。八山さんにお聞きしたらナンの関係もないとか・・・
他所毎ながら良い感じはしませんでした。
次の日は日田の町を見てから小鹿田へ。

日田の”日田醤油”の味噌と醤油、特に薄口は絶品です!
取り寄せて愛用しています。

小鹿田焼は昔ながらに十軒余の窯元で一子相伝の形を
とって今に続いています。昭和の初めに柳宗悦等が訪れた時は
日田から山道を歩いたそうですが、今は観光バスが入り、賑わって
います。民陶運動の影響か、小鹿田も益子も壷屋もお互いに
影響しあっているように思えました。