竹原は昔、二人の子供と来た思い出があります。
この周辺に昔、安芸の国の国府が置かれていたそうです。一見何もない静かな農村風景ですけれど、いたるところ段々畑になっています。
穏やかな気候、数多くの山間からの細流が
豊かな実りを約束して、早くから稲作が行われ国府が置かれたと思われます。






芦屋に住んでいた時、すぐ近くに親王塚というのがあって、在原業平の父君の阿保親王
が祭られていました。そこの説明板に毛利氏が墓の管理をし、参勤交代の折々にお参りしていたと書かれていました。
毛利氏の先祖が阿保親王を祖とする大江広元ということになっているからだそうで、
歴史の面白みを感じたものでした。

今回はその毛利氏の故里吉田町に来ました。山間の小さな盆地です。
郡山城は元就が戦闘員だけでなくその家族
もろとも篭城したといわれる山城ですが、その規模といい、なるほどと思わせる城でした。郡山城も猿掛城も当然山城です。
特に元就が毛利氏の当主になるまで過ごした猿掛城は本丸に向かう道が険しくて、見かねたかき兄が、”おかあ、かきになれ”と
笑いながら棒で引っ張りあげてくれました。
心から毛利のお姫様」に生まれなくてよかったと思ってくらい、きつい山道でした。
えぇ〜、何でしょう、これは?
これは今から約25年ほど前のかき兄とあき姉のツーショットです。場所は、今回行って来た竹原で写したものです。

毛利氏の故里吉田町と安芸の小京都竹原

                2003年5月1日
                  往:ANA673便HND8:40〜
                  復:ANA684便HRS18:30〜
  
   



        広島空港ー吉田町歴史民族資料館ー郡山城ー猿掛城ー竹原ー広島空港

   
    


     
    元就の墓
    
    猿掛城
    
    郡山城からみた吉田町
    
    西方寺の階段を上がった所から見た竹原の町
    
    竹原の町並み保存地区
    
    竹原の町並み保存地区
    

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