Last update 2003/8/3
禁転載・転用
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ペラ・パラス・ホテル ヨーロッパからやって来るオリエント・エクスプレスの乗客のために建てられたホテルで、ケマル・アタチュルク、アガサ・クリスティをはじめ、各国の首相や王侯、著名人が宿泊していて、各部屋の扉に誰が泊まったかをプレートで記してある。私は2回チェックインしたのだが、マタハリとリザ・パーレビ妃の部屋を使わせてもらった。豪華かつ優雅なインテリアでくつろげる。トルクメニスタンへ行くときは泊まり慣れたこの宿で、いつも休息をとってきた。 Photo by the author 2003 |
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気の遠くなるような修復 イスタンブール旧市街のスルタン・アフメット地区はトプカプ宮殿、ブルーモスク、そしてアヤ・ソフィアなど最もにぎやかな観光地だ。3年振りに入ったアヤ・ソフィアは、ドーム内部の修復中で、高い高い足場を築いて作業中だった。上り下りはさぞ大変だろうと思って見ていると、なんとエレベーターが動いている。モザイクや壁面の劣化は各所に見られて、一通り修復が終わる頃には修復の修復をしなければならないのではないかと心配になった。キリスト教徒でなくてもビザンチン・モザイクの見事さに何か崇高なものを感じた。 Photo by the author 2003 |
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夕焼けの海を渡ってアナトリア半島へ イスタンブールはアジア側とヨーロッパ側(旧市街・新市街)に分かれている。両者間の移動はボスポラス大橋もあるが、主には渡し船。夕刻、新市街の宿を出て、船でアジア側のトルコ国鉄ハイダルパシャ駅へ渡り、夜行寝台アンカラ・エクスプレスの個室を、贅沢にも一部屋占拠して、首都アンカラへ向かった。 Photo by the author 2003 |
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世界遺産サフランボル旧市街 黒海地方にある小さな町サフランボル。かつてサフランの群生地だったことからその名で呼ばれているという。オスマン時代の町並みを残しているということで、世界遺産に登録された。ちょっとした観光地化が進んでいるものの、まだ素朴で、歩いてどこでも行けてしまうサイズは私のような旅人には有り難い。急な階段を登りきって丘に上がり、市街を見渡せば疲れも吹き飛んでしまう。 Photo by the author 2003 |
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ハマムは天国 出発前、実は私は腰痛が悪化していて、歩くのがやっとだった。毎年、乾燥した中央アジアに行くことは心だけでなく身体の「療養」でもある。アナトリア半島の内陸部は期待通りに乾燥していて、朝夕涼しく快適だった。加えてサフランボルには町の中央にハマム(公衆浴場)があって、入湯料にオプションを頼むと、大理石の台の上でマッサージやアカスリをしてもらうことができる。清潔に管理されたハマムで、毎夕通ったため、ついにホテルのシャワーは使わなかったほどだ。 Photo by the author 2003 |
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オスマン時代のインテリア サフランボルで宿泊したのは、かつてのお屋敷を改装してホテルにしたところ。内部もオスマン時代のものやその雰囲気を残したインテリアで統一されている。部屋の窓下には壁と一体になった長いソファがあり、クロッシェレースのカバー、刺繍のカーテンで飾られていた。 Photo by the author 2003 |
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組み立て式テーブル トルコの伝統的なテーブルの一つにこのような金属製盆と折り畳み式脚でできたものがある。床に敷いてあるのは、ウールのキリム。左はベッド、やはりレースのベッドカバーで飾られている。 Photo by the author 2003 |
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トルコで見た糸車 世界各地に糸車はあるが、トルコにもやはりあった。このような車がひとつのもあるし、車が2輪で回転するようになっているものもある。右手前に少し移っているトルコのスピンドルは、2本の木を十字に組んで錘(おもり)とし、心棒を挿して使う。 Photo by the author 2003 |