Last update 2001/8/11
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中央アジアのテキスタイル
Textile of Central Asia


シルクロードの要衝の地として知られる中央アジアは、その「道」という意味ゆえに流通だけを受け持っていたかのように思われがちですが、決してそうではありません。古代から絹が生産されてきたことは各地の遺跡からの発掘品によって確実視してよいでしょう。現在の絹の生産は、とくにウズベキスタンは世界でも上位にあり、この地域は歴史的な絹の産地なのです。この地域の人たちはウズベクの経絣にしても、トルクメンのワンピース(コイネク)にしても絹をふんだんに使用しています。大きな布いっぱいに刺繍された布(スザニ)も生地は木綿や麻が多いですが、刺繍糸のほとんどは絹製です。

中央アジアのテキスタイルに使用されてきた素材は、絹、木綿、麻、獣毛(羊毛、ラクダの毛)などです。絹は各家庭で女性たちが蚕を育てて絹糸を得てきたものです。木綿はソ連領に入ってから、ソビエトの政策として盛んに栽培されるようになりました。棉花は「白い黄金」と呼ばれ、原綿生産地としての役割を担うことになりました。ソビエト時代に作られた「綿の花文様」はウズベクの経絣や陶器に頻繁に描かれています。急速に成長した棉花産業は、一方で従来の絹生産を脅かすこととなりました。
羊毛で作られたフェルトには白や黒のような無地のほかに大胆な文様のあるものも作られます。移動式住居(ユルト)の屋根を覆い、床に敷いて使用されます。フエルトは牧夫のコートにも見られます。
ラクダのことは、初めて知ったとき驚きましたが、例えばトルクメンではラクダの毛は一種のお守りで、ラクダの毛でできたボールや紐は身につけるといいそうです。ラクダの毛のコートまであります。話はそれますが、食用としてもラクダのミルク、バターなどにも利用されています。ちなみに旧ソ連領中央アジアで出会うラクダは専らひとこぶです(中国側ではふたこぶのような記憶が・・・)。

各地の民族はそれぞれにさまざまな環境のもとで独自の染織とともに生きてきました。一見幾何学的に見えることもある刺繍の文様は、実は「月」や「星」、「サソリ」や「花嫁の指」や「チューリップの花」だったりします。そしてそれぞれの文様に意味が隠されているのです。
例えば、「S字型」に見える「蛇」は「龍」に通じ、「力強さ」を暗示していますし、さまざまな色で表現される「唐辛子」は(その辛さのためなのか)「邪視」から防御してくれるとして多用されます。

染色は、草木染ではさまざまな材料が使われました。茜、柘榴の果皮など、藍染めも行われ、都市には染色を専門にする区域が存在するほどでした。しかし、19世紀後半頃から化学染料が天然染料に取って代わりました。流行を追った経絣のデザインはブハラやサマルカンドといったオアシス都市で花開き、ハラトと呼ばれるコートが直線裁断で作られました。ブハラは宮廷用の金糸刺繍でとくに有名で、シルクのベルベットに金銀糸で刺繍した豪華極まる作例も残されています。刺繍した(シーツほどもある)大きい布はスザニと呼ばれ、結婚の際に花嫁が持参するときに不可欠のものとして、女性たちが分担して刺繍したものです。スザニは針という意味の「スザン」に由来していて「刺繍した布」のこと。細長い布に下書きをして、数人で刺繍を分担し、縫い合わせて完成します。壁掛け、掛布、敷布などに使用します。また、絨毯も多く作られています。とくにトルクメンの絨毯は有名で、赤い色調にグルという文様がびっしりと並んだ重厚なものです。

広い広い中央アジアのすべてを網羅することはまだまだ先のことになります。当面はウズベキスタンとトルクメニスタンの染織が中心になるでしょう。


Uzbek and Turkmen Textile from a private collection
ウズベクの経絣(ハンアトラス) トルクメンの紬布(ケテニイ) トルクメンの女性用帽子(タヒヤ)
ウズベクの経絣(ハンアトラス)(部分)
経:絹 緯:アセテート 経絣
マルギラン 現代
トルクメンの紬布(ケテニイ)(部分)

トルクメニスタン 現代
トルクメンの女性用帽子(タヒヤ)
木綿 絹糸
アシガバード 現代

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