2002.9.22.

青森県


藤崎町
 問い合わせ:藤崎町経済建設課 0172−75−3111
  http://www.jomon.ne.jp/~fujisaki/
  http://www.town.fujisaki.aomori.jp/



藤崎城跡
 前九年の役(合戦)(1051〜1062)で敗れた安倍貞任(さだとう)の子・高星丸(たかあきまる)がこの地に逃れ、その子・堯恒(たかつね)が1092(寛治六)年に築いたとされる。
 この付近の地名「船場」のとおり、十三湊と結ぶ岩木川水運の要地であった。
 岩木川右岸に築かれた「平城」で、城内の鎮守・八幡宮の境内付近に「土塁・堀跡」が残っている。

 1585(天正十三)年、大浦(津軽)為信の時に廃城。
高星丸(たかあきまる)
 三歳之時乳母懐而逃津軽藤崎   後為藤崎城主
堯恒(たかつね)
 藤崎城主  安東太郎




鹿島神社
 1870(明治三)年まで「毘沙門堂」。

 坂上田村麻呂が、793(延暦十二)年、毘沙門天像を祀ったのが創建と伝わる。

 坂上田村麻呂が「藤の鞭(むち)」を地に刺したところ、これに花が咲いたので、「藤咲村」となり、のち藤崎の地名になったという。




参考図書
津軽秋田・安東一族  七宮A三 著  新人物往来社刊
青森県の歴史散歩 山川出版社  新全国歴史散歩シリーズ2