ダフ屋の思い出。

 そもそも、私はリッキ-・マーティンの大ファンという訳ではなかった。 当時、よく遊びに行った友達の家のシェアメイトのTさんが、かなりの大ファンであった。 友達の話によると、朝からボリューム大でリッキーのCDをかけるは、 テレビでリッキーが出るとなると、ビデオをセットし、テレビのまん前にすわり、 噛り付くように見ているとのことだった。

 2000年。リッキー・マーティンの「LIVIN' LA VIDA LOCA WORLD TOUR」 が始まった。そして、もちろん、シドニーにもやってくるという話を聞いた。

 またまた友人宅へ遊びに行ったとある日のこと。Tさんに声をかけられた。
「リッキー・マーティン見に行かない?」
「え? チケットあまってるの?」
「あまってないけど、3日間シドニー公演があるんだけど、初日のチケットは 持ってるのね。でも、リッキーが3日間やるんだったら、3日間とも見に行きたいのよね。 だから、2日目に一緒に行かないかと思って。さすがに友達も3日間付き合ってくれないし。」
「…………。」
「大丈夫よ。チケットなんか、当日GO SHOWしちゃえば、何とかなるわよ。」
確かに、オーストラリアは外タレのコンサートのチケットは日本で買うよりも 数倍簡単に手に入るのは確か。日本でリッキーのチケットなんてまず手に入らないし…。 そんなことを考えている内に、私のミーハー魂に火が点いた。
「よっしゃ!行きますか!」

 そして、当日。待ち合わせをしたエンターテイメント・センターの入り口近くの マクドナルドへ行った。Tさんは私を見つけると早足で近づいて来た。 そして、必要以上に早口で私に言った。
「今見てきたんだけど、ダフ屋が、そことあそことあそこにいるのね。 とりあえず、値段交渉よっ!!」
…当日行けばなんとかなるって、ダフ屋のことだったのか。
唖然としている私を尻目にTさんは、そそくさとダフ屋に向かって早歩きで近づいて行った。 はっとして、遅れを取るまいと一緒に早歩きをする私。
一人のダフ屋をつかまえて、早速交渉を始めるTさん。
後ろからみると、ダフ屋とTさんは背中を丸めてひそひそ話している姿は、 いかにも怪しい感じをかもし出している。
くるりと私の方を見たTさんは、早口で言った。
「アリーナ席。2人で350ドル。1人175ドル。どう?」
「…おっ、OKです」
圧倒される私は、これを言うのがやっとだった。

 元値は、130ドルくらいのチケットだったので、ダフ屋の175ドルは決して 高いものではなかった。オーストラリアのダフ屋の相場がそのくらいなのか、 それとも、たまたまそのダフ屋が良心的だったのかは、いまだに謎ではあるが、 どちらにしても、思ったよりも安く、胸を撫で下ろした。

 会場に入って「おお。」と驚いた。なんと席は、前から15列目くらいのところだった。 当日買って、しかもアリーナで15列目が175ドルは安い!しかもリッキー・マーティン! 郷ひろみじゃないんだぞー!と思うと胸が高鳴った。 そして、なんと言っても、ライブが始まって、リッキーが出てきた時に、再度驚くことになる。 なんと、リッキーの顔が肉眼で見えるのである。リッキーはテレビで見るよりも背が高く感じた。
おお、こりゃ、凄いと思い、Tさんを見ると、なんと彼女は双眼鏡でリッキーを見ていた。 …一番凄いのは、Tさん、あんただよ。

 ライブの方は、暑い男「リッキー」チックな舞台装置、ノリノリ・ラテンソング、 腰フリフリ・ダンスと、1時間半が「あっ」という間に過ぎ去って行った。
もちろん、「LIVIN' LA VIDA LOCA」や「MARIA」といった歌も歌ってくれ、 すっかり、私達もノリノリになってしまったのだが…。 なんだかんだ言っても、生で見ると活気があっていいもんだと思った。 ダフ屋でのチケット購入、リッキーのライブともに、とても印象深い日となった。

後日、友人宅へ遊びに行くとTさんがいたので、話を聞くと、宣言通り、3日目も 行ったそうだ。
「そういえばね〜、あの時買ったダフ屋のオヤジ、ポリスに捕まってたわよ〜。」
…ダフ屋でのチケット購入は最初で最後にしようと、心の中で誓った私であった。




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