機内から1歩外にでると、『むわっ』という湿気というか、熱気というかに襲われた。空港は小さく、イミグレーションも6つくらいのブースがあるだけで、しかも飛行機もそんなに大きくなかったので、待つこともなく簡単に通過できた。荷物を受け取り、出口も1つだけなので迷うことなく、気づいたら外にでていたという感じである。
とりあえず、『Arc an Ciel』というバス会社のバスに乗って、目指すは宿泊予定のパークロイヤルホテルへ。このバスの中で初めて、今回の研修旅行の仲間たちと顔を会わす。
空港をでた瞬間思ったのは、なんとなくケアンズに似ているということだった。そんなには高くないが山があって、緑がうっそうと繁っている。ただ、この感想も街に近づくにつれ、訂正することになる。やはり全然違う国に来ていることを実感するのだ。空港をでてしばらくは、対向車もいなかったので気付かなかったのだが、街に近づくにつれ、対向車とすれ違う度に、違和感が生じる。なぜだろうと、思っていると、そう、左ハンドル、右側通行なのだ。
オーストラリアは日本と同じ右ハンドル左側通行なので、久々に海外に来たという感じを味わう。しかも、標識は、フランス語で(あたり前だが)何て書いてあるか、さっぱり読めなかった。
ヌメアの街の中心部にさしかかると、ケアンズと比べるのは申し訳ないくらいに、街は断然大きかった。ダウンタウンにはビーチは無く、マリーナになっていた。そしてそこから車をさらに10〜15分ほど走らせた街、アンスバタという地区に、私達が宿泊するパークロイヤルはあった。
今回の研修旅行は総勢17名。なんとも個性派揃いであった。例えば、『ニューカレドニア殺人事件』というドラマがあったとしたら、一番最初に殺されそうなちょっとおちゃらけた兄ちゃんや、ゴットファーザーにでてきそうな、体格のいいイタリア系のおじさん。ホームドラマにでてきそうな、おかあちゃんと呼ばれそうなおばさんやら、一人一人を全てなにかに例えられそうな感じの人ばかりであった。アジア人は、私を含めて2人のみであった。もう一人は、スタッフで、インドネシア人。年齢層も幅広く、私はどうやらちょうど中間くらいのようであった。
チェックインもスムーズに済み、鍵を渡されて驚いた。今回はオージーたちと相部屋かと思っていたのだが、なんと、全員がそれぞれシングルユースであった。これには、全員が喜んだ。
渡された鍵をもらい各自部屋に入る。私が今回泊まったのは、サンシャインタワーの2301号室。部屋的には、いちおうデラックスということであったので、バルコニーは広いし、一人で使うにはちょっと贅沢な部屋であった。テーブルの上や、ベッドサイドテーブルの上に、赤い生花がおいてあるのが、なんとも南国らしいと思った。
ホテルに入ると私は必ずテレビをつける癖がある。今回もそれは例外ではなく、早速スイッチをつける。パチパチ、リモコンを押していると日本語が聞こえてきた。なんとNHKが入っていたのである。オーストラリアの場合、ホテルでNHKは、有料チャンネルなので、これはやばいと慌ててチャンネルを変えたのだが、どうやら有料チャンネルでは無いことが判明し、後でゆっくり見ることになる。他のチャンネルはやはりフランス語。さっぱりわからん。さらにチャンネルをいじっていると、聞きなれた英語が聞こえてきたので、そこのチャンネルに合わせると、オーストラリアのチャンネル10が入っていた。
この日の予定は、夕方6時半に一つ視察の予定が入っていたが、それまで2時間ほど自由時間となっていたので、その前に、多少なりともパシフィックフランを持っていた方がいいと思い、ホテルのフロントで両替をした。今回の研修はほとんどの食事がついている上、予定も結構つまっていたので、あまりパシフィックフランは必要では無かったのだが、1回だけランチを自分たちで取らなければならなかったので、さしあたり、AU$150.00をフランに替えることにした。手元にきたのは、9900パシフィックフランだった。ホテルのフロントで両替する事体、レートがかなり悪かったに違いないが、まあたいした額の両替でもなかったし、時間もなかったので仕方がない。ただ、この9900パシフィックフランというのが、どのくらいの価値なのかがよくわからなかった。きっと、AU$150.00のオーストラリアでの価値とは違うのだろうなということだけは、感じることができた。そんなお金の価値もわからないまま、翌日の予定が島に行くことになっていたので、日焼け止めを買いにいったら、1080フランだった。
う〜む。 高いような気がする…。安くはない。やはり高いのだろう。一番安い、一番小さいものだったのに1080フランとは。
この日はこの後、6時半からの視察にそなえ、あまりにもの久しぶりの湿度にまいり、部屋に帰ってシャワーをあびて時間がくるまでごろごろしていた。
視察を終えるとそのまま7時半よりホテルのレストランで食事になっていた。
ホテルのジェネラル・マネージャーがオージーということもあり、一緒に食事をすることになっていたのだが、挨拶が長い上、声が小さいこともあり、私の集中力はかけ、途中からウエイターやウエイトレスのワインの注ぎ方や、皿を置いたりするサーブの仕方などに気がとられ、ちゃんと話しを聞いていなかった。しかし、食事の方はコースディナーで、しかも飲み物もただであった。こんなに優遇されてもいいのだろうかとも最初は思ったが、飲んでいるうちにそんなことはすっかり忘れてしまった。
オージーたちにまぎれ、ワインも注がれるだけ飲み、すっかり良い気分で部屋にもどったのは10時半を少しまわったくらいであった。この時にはすでに、朝のあのすさまじい出来事などすっかり忘れさっていたことは、言うまでもあるまい。