3日目。朝起きたら晴天。
いったい、昨日の雨はどこへいったのだろう…。
午前中は『Piet Train』にのって市内観光であった。この『Piet Train』というのは、電車の形をした観光バスで、道路を電車のように連なって走っている。
この『Piet Train』は走っている途中で観光案内のアナウンステープが流れるのだが、それが、日本語・英語・フランス語の順番でながれるのである。いちおう、目的地にあわせて流しているのであろうが、同じことを3カ国語で順番に流しているので、場所によっては観光案内に時差が生じる。
日本語が最初なので、ふんふん、それは一体何処だ?ときょろきょろしていると、英語の説明の時にちょうどその前にきたり、日本語案内の時にちょうどその横を通りすぎると英語案内の時にオージーがきょろきょろしていたりとちょっと不思議な光景。
コースは、アンスバタ地区を出発して、ダウンタウン、見晴台、自然公園、そして外側を通りまたアンスバタ地区へと、くるっと1周。
普通はこれに乗って1日かけて、ダウンタウンで降りて散策したり、自然公園とかで降りたりするのだろうが、なにしろ私達は時間がない。ダウンタウンで15分ほど降りたのと、見晴台で写真を取ったくらいで、あとはほとんど乗りっぱなし。
市内観光3時間で終了…。ちーん。
私達一行は、そのあと、メリディアンホテルで降りて、ホテルのインスぺクションをする。このホテルはアンスバタ地区唯一の5つ星。
日本食レストラン『将軍』というのがあって、入り口入ってすぐ右側に松方弘樹と梅宮辰男の写真とサインが飾ってあった。
世界を釣る!ってやつであろう。カジキまぐろは釣れたんだろうか。
そこから、歩いてホテルへ帰るのだが、この日のランチは、唯一の自腹ランチであった なんだかんだと結局ホテル近くのレストランへほとんどみんなでなだれ込む。
メニューをみて先に飲み物をオーダーして、食べ物を選ぶ。物価が高い高いと言われていたので、私はそのつもりでメニューを見ていたので、こんなもんかと思ってハンバーガーをオーダー。しかし、ハンバーガーと言っても、実際はハンバーグステーキのことだった。これは注文を取りにきたウエイターが言ってくれたので、それで1900パシフィックフランは妥当な料金かなと思った。
しかし、しかしである。
オージーたちは、ハンバーガーごときに20ドルは払えんと言って、飲み物代をおいて次々に出ていってしまった。(ハンバーグステーキだっちゅーに。)
まあ、よくよく考えてみたら、オーストラリアでハンバーグステーキってレストランのメニューでみたことないな〜と思った。残った6人でそこで昼食をとった。1人のおばさんが、ハーフボトルのロゼワインを頼んでいて、飲んでみる?と勧められ、頂く。うまかった。
ファミレスのような感じではあったが、店員は親切だったし、食事もそこそこだったので、私的にはOKだったが、ほとんどの食事がツアーに含まれてるのだから、そのくらい払ってもいいんじゃないか、何もオーダーの途中で出なくても…と思わずにはいられなかった。
これって、日本人的感覚なのだろうか?
その後、ホテルへ戻りちょっと休憩をし、午後はチバウ文化センターに行った。ニューカレドニアの歴史やら、アートやら、昔住んでいた家が復元されていたりと、ちょっと勉強するところ。開拓村みたいなもんであろう。
『カナックへの道』という島人の歴史などを寸劇みたいな感じでやってくれる。当時の姿を披露してくれるわけだが(ほとんど裸に筒を着けているだけ)、これがオージーの若いお姉ちゃん達に大ウケ。どこの国のお姉ちゃんも一緒だねえ…と思った次第。
ホテルへ帰り夕食まで自由行動。会社の人たちに土産でも買うか、と思い立ち、レモン湾の近くにあるショピングセンターへぷらぷら歩いてでかけた。 日本人経営の『AQUA』というお土産もの屋さんがあり、そこでT-シャツとニアウリ・エッセンスを買う。(自分の土産あさりに専念)実はこのお店、ニューカレドニアへ行く前にネット検索でこの店にヒットし、ニューカレドニア情報をご提供頂き、お世話になったお店だったのだ。 掲示板にカキコして、返事まで書いて頂いたのだが、小心モノの私は名乗れず終い。たぶん店内でそわそわしていた私はとても怪しい姿に映ったに違いない。
海岸沿いをぷらぷら歩きながらホテルへ戻り、結局、自分の土産も買ったし(それで満足)、会社の人たちへのチョコレートは空港で買えばいいや、すっかり面倒になってしまっていた。
最後の晩餐は『NOVOTEL』というホテルのレストランだった。バスで迎えに来たが、3分で到着した。ホテル内のプールサイドにあるレストランで、ここでもメニューは3コースのチョイスで、しかも飲み物はフリーであった。
そして最後の最後でもオージーのわがままにでくわす。
『私、ダックが嫌いだからチキンがいい。』
(キライならビーフにすればいいのでは?)
『魚が食べたいけど、ホワイトフィッシュじゃなくて、サーモンがいい。』
(メニューにないだろ。)
『え?チキンがあるなら、私もチキンがいい。』
(てゆーか、あんたオーガナイザーだろ。)
メニューを知っていたはずのオーガナイザーのスタッフまで、こんなことを言う始末。しかし、レストラン側はリクエストに応えていた。チョイスメニューの場合、その中から自分の食べたいものを選ばなければならないという私の固定観念が覆された。メニューが1つしかなくて、どうしても食べられないというワケではないのである。キライだったら他にも選択メニューがあるにもかかわらず、載っていないものを注文する。しかも、1人ではなく、8人くらい。ほぼ半数である…。
ある意味、感心をせざるを得ない。
そして、食事とは無関係なのだが、これはギャグですか?というハプニングを目撃。
隣のテーブルに体格のいいオジさんを含む3人組が案内されていた。体格がいいというより、巨漢である。
つられて目がついついそのオジさんを追ってしまう。席についてしばらくすると、ミシッという音がし、そのオジさんの座っていた椅子が壊れ、しりもちを着く瞬間を見てしまった。すぐにウエイターが新しい椅子を持ってきてくれ、オジさんも照れ笑いをしながら座りなおした。
その瞬間、思わず私は『ブッ』と笑ってしまったのだが、しりもちの音を聞いたオージー達も一斉に振り返ったが、みんな『OH!』とか言って終わってしまった。
あれ?ここ笑うところじゃないの?
それで、心を入れ替えた私はみんな笑ってないんだし、私も笑ってはいけないと我慢しようとすればするほど、食事をしながら『ぷッ』『ぷッ』とふきだしてしまう。それを見た隣の席のおばさんに『大丈夫?』と言われてしまった。笑うツボが違うんだろうか…。
こうして、なんだかんだと食事を終え、この日もワインを注がれるだけ飲み、すっかりほろ酔いであった。
帰りはバスを帰してしまい、歩いて帰ることになった。NOVOTELにはカジノが併設されていたので、寄って行く人もあれば、その後さらに場所を換えて飲みに行く人もあったからである。歩いた所で10分くらいであった。
その時に、ニューカレドニア殺人事件で最初に殺される役のお兄ちゃんに声をかけられる。
『これから、みんなで飲みに行くけど、行く?』
ぎょっ!!日本語!!
なんとこのお兄ちゃん、日本語がペラペラだったのである。よかった日本語で変なこと口走らなくて…。飲みに参加しようかとも思ったのだが、翌朝の6時集合を考えると今の状態でも起きれるか心配だったので、丁重にお断りすると、
『ちっ、付き合いワリィな〜』
とこれまた日本語で舌打ちされた。
皆さん、日本語を話すオージーは何気にたくさんいるので、観光でオーストラリアに来た時は、くれぐれもご注意を…。
こうして最後の夜はふけていったのである。