歴史でいっぷく

ボストン茶会事件:さあ、あなたも体験しよう!

 ボストン茶会事件、英語名はその名もずばり‘Boston Tea Party’といいます。植民地時代のアメリカに対し、イギリス政府がタバコからお茶からなんでもかんでも税金をかけようとしたので、怒った植民地住民がお茶の輸送船を襲いまして、お茶の入ったコンテナを片っ端から海に投げ込んだ、あんまり沢山のお茶が投げ込まれたんで、ボストン湾がお茶の色に染まってしまい、それを見た人間が「わーい、ティーパーティーだ!」と喜んだ(?)というお話・・・。

 一応、大学受験で世界史選択をした方は、これが独立運動の一つの流れの中での事件として頭に入れるわけですね。ボストンのその場所には現在「ボストン茶会事件記念館」ができています。

 実はある時、用事がありまして、ボストンに行ったのですが、その折、この「ボストン茶会事件記念館」のCMをボストンのローカルチャンネルでやってたんです。いかにもアメリカっぽい軽いノリでジーンズの男女が出てきまして、

男「記念館に行くとなにができるんだい?」

女「なんと!あなたもお茶投げを体験できるのよ!」

男「そりゃすげーや!」

ということで、当時の輸送コンテナに似せた発泡スチロールかなにかが置いてありまして、それをボストン湾に投げ込む体験ができるらしいのです(ちなみに紐がついてまして、すぐに引き上げられるんですね)。で、そのCMは「さあ、あなたも体験しよう!」で終わるんですが・・・そんなので記念館に行こうと思うアメリカ人がいるのかな・・・?

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皇妃エリザベート:あんたってデブね

 最近、ミュージカルで注目されている皇妃エリザベート。ハプスブルグ家の一門であるオーストリア王家に嫁いだ女性なのですが、注目するほど魅力的だったのかなあ、と、思ってしまうことがあります。もともと、夫であるフランツ・ヨーゼフ2世はエリザベートの姉とお見合いしたのに、「妹の方がいい」ということになって、エリザベートと結婚することになったわけで、とりあえず、美人には美人です。美貌を守るべく、化粧や美容体操なんかも念入りだったそうで、年を取るとベールをかぶって顔を見せなくなる、という具合。

 で、彼女の息子、ユダヤ系の少女と恋愛して自殺してしまうのですが、この息子はいろんな女性と恋愛していたようで、ある女優とつきあっているときに、エリザベートと会うと、彼女、その女優さんに向かって「あんたってデブね」と言ったらしいんですね。うわー、って感じですよ。そういうこと、面と向かっていいます、普通?それを聞いてから、「この人って怖い・・・」と思うようになりました。

 もっとも、こういう女性は実は結構いるのかもしれない。イギリスのエリザベス一世はスコットランド(当時は女王メアリースチュアートの治世)からの使者が来たとき、「わたしとそちらの女王とどっちがキレイ?」と言ったそうである。

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 実験かオバカか:ベーコン

 イギリスの論理学者、哲学者で帰納法を提唱したフランシス・ベーコンというのがいます。なんだかよく覚えてないんですが、小学校のときの道徳の教科書でも見た覚えがあるなあ・・・。

 この人、ある日、雪の道を歩いていたら、にわとりを見つけたんです。それで、ふと「鶏肉を雪の中に置いといたら長持ちするんじゃないかな」ということを思いつきました。で、すぐさま実行に移してしまったんです。つまり、道端でそのにわとりを殺して、むしって、雪を詰め込んで、「凍ったらどうなるのか様子を見てみよう」と・・・。ところが、雪の中で年寄りがそんなことをしたら当然体に悪いわけで、彼はそれがもとで風邪をひいてあっけなく死んでしまいます。

 で、ですね、これ自体、お馬鹿な死に方だと思うんですが、哲学の本の中には偉い哲学者がそんなかっこ悪い死に方をするのはまずいというので、「冷凍実験をしていたところ・・・」とか書いてあるんですが、これって「実験」なんですかー?偉い人がやればそういう呼ばれ方するのー?という疑問を私はいまだに持っています。

 ちなみに哲学者でもう一人私が好きな死に方をしたのがフランスのデカルトです。彼、スウェーデンの女王に招かれてたのですが、「年だから嫌だ」と断わってたんですね。そうしたら、女王はでかい船で迎えに来て、かなり強制的に彼を冬のスウェーデンに連れて行ったんです。で、彼、風邪ひいて、やっぱりあっけなく死んでしまいました。

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死んでも許してもらえなかった人:ミュンツァー

 宗教改革史ってやつはすごいと思いますね。フス戦争なんて、当時のボヘミアの大学総長がバチカンに呼ばれていったら火あぶりにされちゃった、というのがきっかけですし、フランスでもイギリスでもいっぱい人間が殺されてます。当時、カトリック教会に逆らうのってほんとに命がけだったんですね。ドイツ農民戦争にまきこまれて死んだミュンツァーなんてまだましな方・・・。

 なんですがね、この人、死んでから死体が教会の手に渡って、死体のまんま異端審問が行われたらしいんですよ。当時のことですから、死体なんて数日経ったら腐っちゃうと思うんですけど・・・。(この当時、死体の裁判とか動物の裁判とかよくわからない裁判が結構行われてたらしい)結果は有罪で八つ裂きの刑に処す、とのこと・・・。んで、執行人はミュンツァーの死体を八つ裂きにして「ざまあみろ」と言ったとか言わないとか・・・。

 似たような目に受けたのが神聖ローマ帝国のフィリップ1世。若い頃は女たらしだったので「美男王」と呼ばれていました(フランスのフィリップ4世美男王とは別人です)。ですが、妻ファナがちょっといかれちゃった人でして、彼があっけなく病死するとその死体を連れて何ヶ月も荒野をさまよい歩き、死体に触れては嘆いてたそうな。その頃には美男王も・・・。

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