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クンストハウスウィーンの夥しい緑
10月6日
日曜日。土砂降りの雨。昨晩はさすがにビール500mlだけだったが、それまで1週間続けて毎日ワイン1本開けていたし寝不足もあって身体がぐったり。朝食は今一つ。ちょっとこのYHはよろしくないな。やはりドン・ボスコにすべきだったか? 西駅へ行って次の日の列車をチェック。インフォで地図求めると2.5ユーロと言われたのでやめる。クンストハウスウィーンはキオスクで地図を見て位置確認するにとどめる。
地下鉄でウィーンミッテ駅まで移動し、そこから北にあがってドナウ運河近くまでいったところにクンストハウスウィーンがある。フンデルトヴァッサーが大改築した曲面と様々な色彩と自然の緑にあふれた建造物である。少し通りを東に行くと実際にアパートとして人が居住しているフンデルトヴァッサーハウスがある。このクンストハウスはフンデルトヴァッサーの作品の常設展示と彼の作風に近いナイーブアート関連の特別展示から成り立つようだ。昨年秋にここを訪れた時はシュトットゥガルト近郊にあるというCharlotte Zanderコレクションによるナイーブアートを特別展示していたが、今回はウィーンのリアリティ・グループの6人を特集。68年に創設されたリアリティ・グループは特に統一コンセプトを持っているわけではないが、共通するのはプリミティヴアートやナイーブアート、アール・ブリュットの影響を強く受けた点であろう。6人のうち個人的に気に入ったのはフランツ・リンゲルFranz Ringel(1940-)とペーター・ポングラッツPeter Pongratz(1940-)。フランツ・リンゲルは1972-3年にデュビュッフェ(アール・ブリュットの名付け親)の招待でパリにも住んだことがある。『正午はいつもシュレーダー・ゾンネンシュターンについて考える』という作品名にも表れているように、作風はゾンネンシュターン・ミーツ・フランシス・ベーコンというところか。ペーター・ポングラッツはオセアニア美術に影響された画家。現在ダルマチアのコルキュラ島にスタジオを持っている。確かにオセアニア北部で見かけるレントゲンアートに似た絵を描いている。
さて、疲れたので一旦YHに帰ることにする。身体が重く喉が痛くなってきた。ブダペストのヘレナはまるで結核病棟であちこちから悪い咳が聞こえてきたので危ないとは思っていたが、案の定風邪を感染されたようだ。昨日実際にMQからブルガッセを歩いて気がついたが、ミルテンガッセのYHはノイバンガッセ駅よりフォルクスシアターの方がやや近い気がする。
少し休んでブルガッセを歩いてMQへ。本日のもう1件を美術史博物館とレオポルド美術館で迷った挙句レオポルド美術館にする。昨年来たときはMUMOK同様開館して間もなかったため、こちらも充実度を増したのでは?という期待からである。
レオポルド美術館では地下2階でアルフレッド・クビーンの特集を組んでいた。アルフレッド・クビーンは確かプリンツホルンによる精神病患者芸術作品のコレクション活動をパウル・クレーに教えた男ではなかっただろうか?
3階はココシュカ。ミュンヒェンの退廃芸術展では8枚が退廃芸術として展示され、結局400枚以上が没収された。ブリュッケ的表現主義的過ぎてあまり好きにはなれない。シ−レの作品が2部屋。『川辺の家(1915)』を見ているとフンデルトヴァッサーはクリムトからだけでなくシーレの影響も受けたことが分かる。『Seated
male nude(1910』『)Reclining woman 1917』『 Woman crouching(1918)』。
2階はAlbin Egger Lienz(1868-1926)やLeopold Haner(1896-1984)など。
地上階はクリムトの初期作品『盲人(1896)』、『Tranquil Pond(1899)』。 『Attersee(1901)』はマネ風なり。1903年の『Approacing
thunderstorm』あたりから、クリムトらしくなる。うねるような樹木や雷雨前の大気の感じなどがそう。
地下1階にはHans Canon(1829-1855)The cycle of Life(1885)ギュスタフ・クールベ(1819-1877)のCoastal
Landscape、少し気に入ったのはAnton Romako(1832-1889Wien)の『 Nike with wreath(1875)』『
Portrait of Isabella Reisser』 ウタマロの春画やクニヨシを置く部屋もある。
Koloman Moser(Wien 1868-1918)の存在が少々気になる。『Landscape in Black and White
with cloudy sky』マーブル模様というかアンフォルメルというか。
地下2階にはコンゴやヨルバ、ドゴン、ニューギニアの木彫。
なんとウィーンアクショニズムの部屋も用意されている。ギュンター・ブルスやヘルマン・ニッチらの比較的おとなしめの絵画作品が展示されており、同じMQ内にあるMUMOKの地獄巡りにいざなうように出来ている。
最後にクビーンの特集を覗く。まずは略歴。クビーンは1877年4月にボヘミアの村に生まれ14歳でザルツブルグに出て応用芸術を学び、1898年ミュンヒェンへ。1908年に小説『裏面』を書く。1909年〜13年に青騎士会の創設に加わり、クレーらとつきあうとともにカフカとも知り合う。彼の暗い作風はフランス象徴主義あたりから来たのだろうとは思っていたが、ルドンの影響が大きかったようだ。
外に出るとだいぶ暗くなっていた。MQ全体が整備され昨年は内装工事をしていた細長い正面棟も今年はアーティなカフェになっているし、MUMOKの裏手は洒落た内装のレストランになっている。美術とファッションと一般大衆がしっかり連結したウィーンは東京とは一味違う。頑張れインファス!
日曜日でほとんどの店が閉店しているためわざわざ西駅に行ってキオスクスーパーでヨーグルトドリンクとオイルサーディンの缶詰を購入して再びフォルクスシアター駅に戻る。ブルガッセを通ってYHに帰る途中、日本食の「朝日レストラン」が開いていることに気づく。部屋でブランデー小瓶の残りをあおり『朝日レストラン』へ。日本語メニューを出してくれたが、「セット」が「せと」になるなどひらがなとカタカナがでたらめにミックス。ニセ日本メシ屋というわけだ。(内装は完璧なまでに和風ではあるが) 豚肉ラーメン6.2ユーロ。日本のラーメンというより中華風麺だがとろみのあるスープに小さく刻んだ排骨(パイコー)やシイタケなどが浮いていて美味い。2晩続けて外食だが仕方あるまい。
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