(壱)近くて近い国。飛行機で1時間半。色々な面で日本と韓国はよく似ている。韓国語もしかり(無理はムリ、感謝はカンサなどなど)
今回は同伴者付き。クサレ縁2号のY氏。Y氏にとって初めての処女飛行。彼は飛行機の中では明らかにキョドっていた。←トイレの流すやつでメッチャびびったらしい。
今回は明らかに俺自身なめていた部分があった。韓国は身近やし、何回かいったこともある。その慢心が最悪の事態を招いたといってもおかしくない。Y氏には本当に迷惑をかけました。この場を借りてお詫びします。
卒業旅行が韓国になったため俺にもうひとつ重大な仕事ができた。ソウルにいる親戚の人に挨拶することだった。その人は6年前に行ったときメッチャお世話になった人だ。車で色々連れてもらった。買い物に行き、俺の分のおみやげを買ってくれるのはいいが、友達の分のおみやげ代まで出してくれたのはさすがに焦った。
会いに行くことは最初の予定には無かった。第一、俺は韓国語が話せない。しかし、本人の了解ナシに親はおみやげを買っていたのである。なんと強引なことか。
けど俺が挨拶に行ってなければ、俺は死んでいたかもしれない。(つづく)
(弐)仁川国際空港に着き、バスに乗りソウル市街へ。以前行ったのが餓鬼の頃。今回は完全な個人旅行。平静を装いながらオレもドキドキしていた。
夕方なので道路は大渋滞。普通なら1時間かからないところが2時間かかった。バスに乗りいつも思うのが、アジアのバスの車内では、必ずといっていいほど運転手が自分のお気に入りの音楽をかけている。市バス的なものではかけないが、エアポートバスとか、長距離バスだったら結構な確率だ。
タイのバスでは向こうの演歌みたいなものを大音量でかけていたし、今回のソウルのバスでは一昔前のユーロビート調ポップといったところか。
ソウル一の繁華街、明洞(ミョンドン)で降りたが、ちょっと外れていたため宿まで歩くことに。とりあえず寒い。−6,7℃。日本の「メッチャ寒い」よりもうワンランク寒かった。今度は夏に行きたい。
ふと気づくと、店が全然開いてない。人もいない。まるでゴーストタウンのよう。よく考えてみると、2月12日は旧正月。そりゃ閉まってるわけです。20分ほどかかって最初の宿に到着。"ケリム荘旅館"という。漢字で書くと鶏林荘。"鶏林"は朝鮮の別名でもあるらしい。ここはかなり良かった。料金は2人2泊で30000ウォン。(3000円)1泊750円だ。部屋は韓国の伝統的なオンドル部屋←(床暖房)だった。これがあるから部屋ではエアコンナシでも全く寒さを感じないし、フトンは暖かいし、服も温まる。冬の韓国はキツイなぁ〜と思っていたけど、冬だとオンドルの恩恵を受けれるので、結構いいなぁと思った。一度お試しあれ。(02/04/04)
(参)旅館のおじさんにソウルの叔父さんに電話してもらい、会う手はずを整えてもらった。次の日の朝に迎えにきてもらうことに。とりあえず会えることになって良かったけど、友達はいるし、言葉通じないし、どうなんのかなぁって思ってたら、突然部屋の電話がぁ!!
「ももももしもしぃ」
「あ、私パクソンヨンさんの妹の旦那のユウと申します・・・」
バリバリ流暢。親戚の人の中に日本語ペラペラの人いんねやん!いるならいるで教えといて下さいよ(笑)ともあれ、百万の味方を得た気分で、その日は寝たハムニダ。
翌朝、時間になり宿の玄関を出たら叔父さんが立っていた。6年前と全然変わっていない。俺のこと覚えてはんのかな??って感じやったけど。挨拶を済ませ、車でソンヨンさんの家に。10分くらいだったけどメッチャ長く感じた。
家に入ると、亡くなったおばあちゃんの妹、(韓国語ではイモといいます。目上の人の呼称が父方・母方によって変わるからなかなかややこしい・・・)イモはどこかおばあちゃんの面影があり、抱き締められた時はちょっと泣きそうになった。外国に親戚がいるってのは素晴らしいと思えた。(02/04/09)
(四)その日は韓式の朝ゴハンを堪能し、叔父さんとユウさんとオレとYの4人で健康ランド(みたいなところ)に行った。ソウルから車で1時間程の利川(リチョン)という所です。サウナもあったんですが、日本のそれとはちょっと違う・・・
日本のは部屋がヒナ段みたいになっていて、裸で入るじゃないっすか。韓のは服着たまま入るんですよ!!部屋も普通に平面。真ん中に大きなミョウバン石が無数に置いてある。大体サウナってのは風呂といっしょにあんのが普通やのに、風呂上がってメシ食って、サウナですからねー。風呂で体洗ったのにまた汗かくのかい!って感じですわ。サウナから出た後は仮眠室へ。ここがもう最高。ベットが石のオンドルでできていて、最初は寝ててちょっと痛いんやけど、慣れてきたらちょうどいい感じで、温かいし。みんないびきかいてた(笑)風呂で思い出したけど、韓国の人は前隠さないみたいですな。隠してたのはオレとYだけでした。Yは隠しきれてなかったが・・・
(娯)健康ランドで疲れを癒し、郷土料理に舌鼓をうち、最高の1日だった。メインの板門店←JSAですな。38度線。は予約が一杯で行けないとのこと。残念だが仕方ない。最終日に北朝鮮が掘ったトンネルがあり、そこに行こうかという話になり、ひとまず別れた。
おじさんには「何で板門店なんか行きたがるのか?」と言われた。ちなみに、板門店は、外国籍の人間しか入ることはできない。しかし皆兵役があるので、「兵士」としては行っただろう。東京の人が東京タワーにあまり行かないような感覚とはちょっと違うのだろうか??韓国人からしたら、ただの境界線にしか過ぎないのかな。
韓国にいって驚いたことはいっぱいあったが、強烈に印象に残っているのが朝5時までやっているファッションビル。109みたいな。明洞にある「ミリオレ」というビル。12時過ぎても人メッチャいた。かなり値段は安い。向こうでもヒップホップが流行っているせいか、B系ショップが結構あった。スニーカーとか明らかにバッタもんやろ!ていうのもあれば、最新のジョーダンもあり、楽しかった。全国からバイヤーが集まるらしく、アパレル系みたいな人が多かったすね。日本のそれも結構いた。値段は安いのはいいけど、持って帰るのが面倒くさいため、シルバーのネックレスで妥協。ちなみにこの前切れちゃいました。ちゃんちゃん。(02/04/30)
(六)次の日は宿を移動。といってもソウル市内だから歩く。旅のスタイルは歩く、これ大事です。バスとかもいいけど一番安いのは歩きですから。
バックパッカー御用達の宿だからやっぱ日本人がほとんど。料金は安い。けど設備は最悪でした。今までで一番キツイ。まずベッドが固すぎ。しかも2段ベッド。しかも下だった。でオレにとっても初めてのドミトリーだったんで。やっぱ2人部屋までですな。
この日はソウル観光。買い物をかねて明洞から南大門市場に。ここは活気が凄かった。アジアの市場はホント活気がある。商品もこれでもかというくらい積んでる。
やっぱ市場に行ったら屋台に行かんとってことで屋台に。ここで食べた貝が後の大事件につながる原因になるとは夢にも思ってませんでした。その時撮った写真みてみたらまぁマヌケな面!しかもボラれたから全くツイてない・・・(02/05/19)
(七)次の日起きたらかなりの高熱。水原(スウォン)の城←世界遺産。に行く予だったがさすがに無理。Y氏は一人で行った。後から写真を見せてもらったんですが、かなり歴史ロマン溢れてましたね〜。万里の長城に似てた。
その日はクソ固いベッドの上でずっと寝ていた。風邪薬を飲んで熱はだいぶ下がったが、お腹がおかしくなった。1時間に5、6回トイレに行く始末。おまけに食欲も無い。熱が出たのは前の晩、シャワー上がった後に広間でタイ人留学生と話が盛り上がった。そこで体が冷えたみたいだ。
全然話は変わるが、外国人はハッパ好きですな〜。タバコみたいなもんなんですかねー。オレは全く興味が無いもんで、「体に悪いからほどほどにしときや」的なコトしか言えません(笑)
翌日は少し体調はマシだった。その日はチェックアウトだったので、宿を移動。それでも徒歩なんで、かなりしんどかった。依然食欲はない。微妙にお腹が痛い。やっぱ普通の下痢じゃなくて、食中毒かなーとはうすうす感じてたんですけど、あんま認めたくなかった(笑)
ホテルに入ってもピーピーは余計きつくなった。泊まったところがラブホテルみたいなとこだったので、トイレの音とか丸聞こえなんすよ。ここでもY氏には迷惑をかけてしまった。また熱もぶりかえし、さすがに顔も青白い。次の日に北朝鮮トンネルに行く予定だったのだが、これは無理ということでユウさんに電話し、来てもらうことになった。ソンヨンさんも来てくれた。そして近くの大学病院へ。
その時は自分がどういう病気かがわからないので、メチャ不安だった。言葉も通じないし。尿を採り、レントゲンを撮り、ベッドに横たわる。んでお医者さんの診察。
「Do you have a pain??」「a,a,little・・・」後はノーとかバッドフィールとか。それでもなんとなくは通じるもんですね。
ある程度診察も終わり、医者、ソンヨンさん、ユウさんと何か話している。最初はオレの前で話していたんだが、(ここではアレなんで、ちょっと向こうへ)みたいな感じでオレの前から3人が去った時は絶対ヤバイ病気が見つかったと思った。さすがに血の気が引いた。
人生で初めて点滴打って、こんな夜中に運ばれて、みんなに迷惑かけてオレは一体何をしてるんやろう?おまけに腕とケツにぶっとい注射されて。んで看護婦さんはキレイな人やったから妙に恥ずかしくなったりとか色々考えてたら急に吐き気が。周りには誰もいない!結構波があってちょっとガマンしてたけどこれはもうヤバイ!誰か呼ぼう!と思って置きあがった瞬間に、やってしまいました。
ユウさんらみんなが来て、「栗原さん、大丈夫!全部出そう、ガマンしなくていいよ!!」とかなり流暢な日本語で言われた。今から考えるとちょっと笑える。病院には5時間くらいいましたね。点滴でだいぶマシになり、その日はソンヨンさんのお宅に泊めてもらうことになった。ホンの挨拶のつもりがとんだ大騒動を巻き起こしてしまい、かなりヘコンだ夜だった・・・(02/05/28)