戻る

私は、「エルミタ嫌い」ではない

 最近、よく言われるんです、「あなたはどうしてエルミタを嫌い、マカティばかりなんですか?」。

 別にエルミタを嫌っているわけではないんです。 何かと便利なマカティに泊まることが多くなっただけなんです。

 初めてマニラへ行ったのは、と言うより、初めてフィリピンへ行ったのは約10年前、1991年の元旦でした。 以後、100回位はマニラへ行っているのですが、TOTALの回数は分からないし、意味がないので正確にはカウントしていません。

 1991年当時のエルミタは、デルピラール、マビニの両ストリートを中心に、一大歓楽街を形成していました。GOGOバーのババエもみな若く、とにかく活気に満ちた「天国」のようでした。 いったい何十軒のGOGOバーがあったんでしょうか。
 国際線航空会社の多くが、かつてはエルミタ周辺に発券カウンターを構えていました。 必要なものが全て揃うような、そんな感じの街でした。

 私がよく利用した「ホリデーイン」(現在のトレーダースホテル)は、住所はパサイ市ですが、エルミタまでも近く、ハリソンプラザへも歩けますし、値段も手ごろでした。

 それが、リム市長になり、GOGOがなくなりました。 辛うじて「KTV」とか「ミュージック・ラウンジ」というのが残りました。
 
 そして、GOGOとカラオケの一部は「ホリデーイン」の隣に引っ越して来たわけです。 「パサイ・インターナショナル・フード・コンプレックス」と言いました。
 GOGOでは、 マイフェアハウス、オーストラリアン・クラブ(現在のコットンクラブ)、ファイアーハウス、ビジョン。
 カラオケでは、 平成、ロイアルサルーン、プラスワン、先生。
 記憶に頼っているんで、他にもあったかもしれませんが、思い出せません。懐かしい名前だね、と思われる方もいらっしゃるんでしょうね。
 ここも、まもなく契約上の紛争で、クローズとなり、現在のEIECへ移転するわけです。

 その頃、私の宿泊先は、NAIA(マニラ空港)のホテル・カウンターで、備え付けのホテル・リストを見て決めていました。 そんな時、知人からマカティにある「ディスカバリー・ツアー」を紹介されたのでした。 最初は、フィリピン発の国際線航空券や国内線の航空券を買い求めるために、お世話になっていたんですが、そのうちマニラや他のフィリピン国内都市のホテルの手配までしていただけることが分かり、お願いするようになっていきました。 NAIAのホテル・カウンターで手配するより、ずっと安いですし、日本出発前に日本国内で支払いができるなど、大変助かる存在となっていきました。

 その後、APECのマニラ会議を経て、フィリピン・バブルは最高潮に達します。 ファイブスター(五星)ホテルは1泊あたり200米ドル位まで上がり、とても利用できないような状況になっていきました。  そんな中で、ディスカバリー・ツアーに紹介された、ミレニウム・ホテルは70米ドル位で宿泊でき、大変助かったものです。
 マカティのブルゴス界隈に、定宿をとるようになり、マカティへの傾斜が強まったわけです。

 私は決してエルミタを嫌ってはいません。 でも、かつてたくさんあった国際線の航空会社の発券カウンターの殆どは、エルミタから撤退してしまいました。 このように、ビジネスの中心地は完全にマカティに移動してしまった訳です。 夜遊びの安全性についても、マカティはエルミタよりは安全です。 第一、ポン引きが少ないです。
 ババエの値段についても、決してマカティが一方的に高いとは思いません。 要は、遊び方です。

 日中は渋滞が激しいので、エルミタまでは行きませんが、夜、マカティからエルミタまで、タクシーで10〜15分位しかかかりません。
 マカティに泊まり、エルミタで遊ぶ、十分可能です。

 マカティ、エルミタ、パサイ、これを「黄金の夜遊びトライアングル地帯」と呼んでいるのは、私だけです(笑)。


 チョッと、文章に筋が通っていない部分があります。
 後日、修正します。  とりあえずUP。

戻る