☆中国縦断出張編☆

10月19日〜30日まで、親父の仕事について、北から南へ出張してきました。

 おおまかな日程
      19日 厦門―大連  大連泊
      20日 朝工場の社長と会ったあと、空港で親父と合流  大連―丹東  丹東泊
      21日 現地の日本の人と長城、朝鮮との国境などを観光した後、仕事の話  丹東泊
      22日 丹東―鳳城  検品、商談  夜偉い人たちと食事  鳳城泊
      23日 建設中の工場や、高速道路を見学した後、鳳城―丹東  丹東―上海  上海泊
      24日 外灘、東方明珠、豫園などを見学  取引先の会社へ  外国系の大型デパートを見学  上海泊
      25日 朝また違う外国系の大型デパートを見学したあと上海―杭州  すぐに杭州―徳清 徳清泊
      26日 取引先の会社へいって工場見学  検品  徳清―杭州  杭州泊
      27日 雨のなか西湖を散歩したあと杭州―厦門
      28日 取引先の会社へ検品、商談
      29日 予定外の工場へ
      30日 朝商談後、親父帰国

    訪れた場所  大連、丹東、鳳城、上海、杭州、徳清、厦門、同安

第2部 丹東 鳳城22日,23日

22日

8:30呂さんと待ち合わせ。
おなかがあまり減ってないから朝飯を食べずに行くつもりが、呂さんの好意でわざわざ一人20元のホテルのバイキングで食事。
ホント恐縮。
そのあと車で1時間かけて呂さんの工場のある鳳城へ。

工場へつくと、まずとなりの事務所でコーヒーを飲みながら商談。
そのあと工場へいって検品。
厦門でもここでもそうだが、こっちの工場はとにかく人が多い。
日本では機械化が進み、大きな工場でも人が少ないのに、こっちは狭いところに人がたくさんいて、おしゃべりしながら作業してる。
機械でしかできない部分は数人が機械で作業するが、手作業が多い。
ここでは日本産、台湾産の機械が高級と位置付けられているなかで、日本産、台湾産の機械を多く取り入れている。
だが、手のあいてる人が多く正直いって効率悪い。
人件費が安いからこそできる仕組みである。
この辺の仕組みは日本とは大きく異なっている。
でもみんなおしゃべりしながらその片手間に作業してるって感じで、ぜんぜんキツそうに見えない。
仕組みと同様に仕事中の気持ちも日本と違うかも。

中国では工場だけに関わらず、スーパー、レストランなど、とにかく店員が多い。
世界一の人口をかかえる大国の、失業率の増加を抑えるひとつの政策なのかも。
もし機械化が進んで日本と似たような道をたどったら中国の失業率はどうなるんだろう。

検品が終わると再び事務所に戻る。
品質はほぼ問題なく、親父はいままででいちばん楽な検品だったと満足してた。

食事に行く前に呂さんの奥さんがわざわざお土産をくれた。
緑のきれいな石(何かわからん)で出来た野球のボールくらいの玉と腕輪を2個ずつくれた。
けっこう高そう。

食事のあと鳳城の名前の由来でもある鳳凰山へ。
車でちょっといったあとロープウェイで高いところへ。
そこから山道を歩いて登っていくのだが、この山道がまた恐い。
ゴツゴツの岩の道には階段とは呼べないような階段と、ひざ上くらいの柵しかない。
慎重に行かないとマジで落ちてしまう。
っていうかこりゃ絶対何人も落ちてるって!
で、しばらく行ったところで、このまま行くのは危険と判断して半端ながら引き返すことに。
マジで恐かった。
日本では絶対「登山道」とは呼べん!

写真をいっぱいとりながら山を下り、ホテルへ。
このホテルは鳳城で最高級らしいのだがこれがまたなかなかなもので...
外観はそれなりに豪華なのだが部屋、床、布団、バスルーム、タオルetc何から何まで古くて汚い。
雰囲気は全体的に暗く、山小屋を想像させる...

でもメシはうまかった。
ここでのメシは思い出に残る食事となった。

22日 夕食

まず呂さんが部屋まで迎えにきてくれた。
そして呂さんに連れられて入った部屋には豪華な料理と市長、秘書長、経済科技主任などえらそうな方々がズラリ。
これにはけっこうビビった。
市長と秘書長の2人が日本語をしゃべれるのだが、特にこの市長さんは以前日本へ2年間留学したことがあるらしく、彼の日本語はマジですごかった。
おれは酒あんま強くないからちょっと遠慮してたら、「酒を飲まないで男といえるか!」とか「おれの酒が飲めんのか!」とか、最近日本でも見かけないようなコテコテの昔風親父タイプでおもろかった。
でも省長とか市民とかから相当支持されてる実力派らしく、すでに7年勤めてるのだが、これからも長く続いていくそうらしい。
特に建築と貿易に力を入れていて、工場や業者への指導も強化してるらしい。

真ん中の黒い人が市長さんで、周りの人はえらい人たちです。

この市長さんの経歴も聞いたのだが、これもまたなかなかなもので。
大連大学の英語科を卒業した後、ちょっと日本語を勉強して日本へ留学。
4年制大学を卒業するつもりだったが、2年後天安門事件の影響を受けて中国に呼び戻され、そのまま副市長へ。
で、1年後市長になり今にいたる。
といった感じで、どうやら若いころから上から目をつけられてたっぽい。

この食事ではけっこう酒を飲むハメになったのだが、すべてのメンバーみんな友好的で話もはずみ、いつものような「楽しい」とはまた違った「気持ちいい」って感じの感覚が残った。
最後にラストエンペラーに出てくる「傳傑(ふけつ)」さんがラベルを直筆で書いたという「鳳城老窖」っていう地元銘酒を2本もらった。
親父が中国で飲んだ酒で一番おいしかったと絶賛していた。

最後は気持ちよく乾杯で終わりました。

23日

朝っぱらから豪華な食事を食って、地元で有名といわれているケーキ屋でモーニングコーヒー。
そのあと建築中の新しい工場を見学して、まだ工事中の高速道路を通って空港へ。
この高速道路、ところどころ出来上がってなくて、しょっちゅうスピード緩めるから、かえって下道より遅かった。
でも山の中を通っていて、紅葉とか風景が絶景だった。

時間がいっぱいあるということで、海鮮を食いに行く。
っていうかさっき食い終わったばっかだからほんのちょっとでいいよっていったのに、でっかい皿に盛られた海鮮たちがぞろぞろと…。
どうやら最後の食事だからということで誠意を表してくれたらしい。
ここは地元でも有名らしく、確かにえびとかかにとか味は絶品だった。

空港につくと、親父が今になっていきなり仕事の話をはじめる。
で、時間も迫ってきて、最後の最後をあたふたした別れで丹東を離れることに。
うちの親父いっつもこんな感じ。

この丹東では、出会った人々みんながすごい歓迎してくれて、ほんとにありがたかった。
確かに仕事での関係ではあるが、心からの歓迎であったように感じました。
市長を中心に市をあげて発展へと努力してるのかも。
これからの発展を心から願いたいです。

ちなみにここでは一銭も使いませんでした...。
なんか申し訳ない...。