鬼怒川の氾濫によってできた沼で、大田沼とも呼ばれていました。周囲25.5Km、面積3.5Kuの南北に広がる沼は、春から夏にかけてマコモ、ガマ、ショウブ等の水生植物が群落をつくります。又、1963年に皇后から譲り受けたつがいの白鳥が順調に育ち、今では70数羽が優雅に水面を泳ぎ、さながら「白鳥の湖」のようです。 天気の良い日は、釣り人もたくさんかけつけます。
牛久沼の由来 若柴の金龍寺に昔、知雲という大食いで怠け者の小坊主がおりました。住職の注意にも耳をかさず、勤めもおこたり毎日ゴロゴロ。大食いを続けるうちにまるまる太って、とうとう牛になってしまいました。牛になった小坊主は自分のしていたことが恥ずかしくなり、牛久沼に入水しようとします。それを哀れに思った住職は、牛の尻尾を引っ張って引き戻そうとしますが、ぷつんと切れてとうとう水底へ沈んでしまいました。住職は残った尻尾を持ち帰りねんごろに供養。その尻尾で払子をつくり、寺宝として残しました。 それからというもの、入水した沼は「牛を食った沼」として牛久沼と呼ばれるようになりました。「なまけて食べてばかりいると牛になってしまう」という教えも、今に語り継がれています。
・・・竜ヶ崎市役所発行「竜ヶ崎市勢要覧」より
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