小売店の人々


コルカタの街角にある小売店の一つ。右にある建物前で婆さんが
おもむろに小便を始め、写真奥のオッサンは口に含んだ水を吐き
捨てる。この店の下の部分に小さな空洞があり、そこに住む男もいた。



小売店の人々


インドの街角には、いや、インドのそこらじゅう、インド人ある所に必ずある小売店。

一畳もないようなスペースの高い所に店主は座り、客を見下ろす。

大きな街の目抜き通りなら、片側だけで10メートルに一軒という密度で同じようなものを売っている。

売っている品々はどこも似たり寄ったり。まず目に付くのが噛みタバコ。これが一つずつパックされて

数珠つなぎにずらっと数種類が吊り下げられている。そしてトイレットペーパー、水やジュース、洗剤、

タバコ等、日常インド人が消費する細かいものが並んでいる。

インドの殆どの都市にコンビニはないが、このような小売店が生活を支えている。



それにしても、こんだけ店があって同じようなものばかり売ってるというのはどうか。すこしはその店独特

の商品を置いてみるとか、店のスタイルを変えてみるとか、なんか特徴をつけて差別化せんのかインド人

は!と、思うのは先進国人の傲慢。インド庶民の生活はそこまでいってないという事をわかってない証拠。

店側は最も売れるものだけ売って少しでも利益を出さなければならないし、客は余計な物を買う金などない

のだ。しかも通りには小売店で扱っている商品の一種類を専門に扱う屋台がひしめいている。



インドを旅すると、旅行者もここで水買ったりタバコ買ったりする事がある。愛想のいい店主など稀だ。


「ドリンキングウォーターとトイレットペーパーくれ」

「・・・・・・・・・・・・・」(無言で商品を取り出し、積まれた商品の上に無造作に置く)

「いくら?」

「・・・・・・・・・・・・・Rs50」(無言で暗算し、ヒンディー語で値段を言う)

「やべ、100ルピーしかねえよ。ほい、100ルピー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(眉をしかめて100ルピー札を見て、めんどくさそうに釣りを用意する)


こんな調子の商取引だ。イラッシャイマセだのアリガトウゴザイマシタなどはない。

しかし、漏れはこの親父の自閉症的接客術の改善要求よりも、マックやコンビニの型どおりの接客

用語が、じつは余計な物のように思えて来た。日本の書店で見かける本で「バイト語はダメ」みたいな

のがある。漏れに言わせれば日本の接客など殆どがバイト語みたいなもんであり、接客用語というもの

を設定する時点で空虚な言葉の羅列で済まそうという魂胆が見えてしまう。接客用語は店員と客の間

のバリアになってしまってて、「それ以外の言葉は喋りませんよ、また、喋らせないでください」という

不文律に成り果てている。客も無言で商品を出したり指差したりで、やはり無言で金払って無言で帰る

のだ。これも自閉症的接客術であり、インド小売店ムッツリオヤジと大差ない。本質的には同じだ。


じゃあ自閉症的接客術が悪いから、もっとホスピタリティ溢れ人情に訴え、個体と個体の魂のぶつかり

合いで小売商取引を成立させねばならんのか?


そんな事をアイスとかジュースとかエロ雑誌買いに行く度にやるのは面倒だろう。客は商品が適正な

価格で手に入ればいいのだし、売り手はある程度の利益が手に入ればいいのだ。それでこと足りる

事だ。小売店のオヤジは市販価格Rs40のモノを40で売ればいいのだと考えてる。だから客が黙って

40払うならば、もはや何も言う事がないのだ。そこには付加価値を加える余地などなく、無理に加える

と商品価格が上がって庶民のサイフを直撃する。ポイントはここだ。


一方、しつこくて煩くてしつこくて、強引でしつこくて、それでいてウザイ事この上なくしつこい客引きが

溢れているのがインドだ。コイツらと小売店のオヤジの取引に対する姿勢は正反対だ。正反対という事

は、当然「市販価格Rs40のモノを40で売れればいいのだ」などとは考えてないわけだ。できれば

Rs4000とかRs1000とか、それがダメなら譲歩してRs500、無理ならRs200、最終的にはRs100、

最後の最後でRs80、最後の最後の最後でもRs60だゴルァ!!と、勝手な付加価値設定をつけるから

こそしつこいのであり、それこそ「サー」とか「マスタル」とか「ボス」とか言ってオベッカを使い、いきなり

商談もなんだからと「どこから来たの?」「どこいくの?」「チャイ飲んでかないか?」などと世間話をはじめる

のであり、「タクシー?カシミヤ?ガンジャ?ジキジキ?」と異種商品のバリエーションを大公開してサービス

精神をフル稼動させるのであり、ようやく本来の商品のビジネスの話になったと思えば「チープ」「グッド」

を連発する。それがどんな粗悪品でもグッドと言い張り、流通価格の何倍の価格であろうとチープと断言

する。こちらが適正極まりない料金を提示すると商品の良質さを訴え、商品の粗悪さを指摘すると低価格を

強調する。その矛盾に満ちたループを何周も繰り返して客を疲労させる。


ここで疑問が生じる。「それならば、最初から高品質なモノを取り扱えば付加価値も高まるのでは?」と。

しかし、金も足りなきゃモノも足りないインド。高品質なものを仕入れる金がなかったり、高品質なモノその

ものがなかったりするインド。適当に仕入れられるモノをいかに高く売るか、それしかないインド。そんな

インドでは付加価値を商品の品質に求められない。全てはセールストークとキャッチ。これに尽きるのだ。




無愛想な小売店のオヤジに腹を立て、しつこい客引きに翻弄される旅行者は口をそろえてインド商法を

なじる。そしてインド人全体へ不信感を持ち、「もうインド人なんて信じない」などと言う。

しかし、インド商法は、実はは簡単で明快、非常にわかりやすい法則があるのだ。


黙ってる奴=適正価格

しゃべくる奴=付加価値価格


更にこの法則は、犯罪者の見分け方にも応用できる。


ジロジロ見るが話しかけない奴=いい奴

見た瞬間話しかけてくる奴   =悪い奴


また、この法則をより正確にする項が


自分の目的を最初に話す奴=信用できる奴

自分の目的を最後に話す奴=信用できない奴


この三つの項目さえチェックすれば、ほぼ間違いなくインド人の腹の中が見えてくる。

下心がなく善人のインド人というのは、話しかけるきっかけを探したり、最初に自分が何者で何の用なのかを

明白にして警戒させまいとする。自分の要求と相手の迷惑をきちんと天秤にかける余裕がある。

コルカタの街角で小売店や客引きと接しながら、漏れはそのような事を考えていた。






コルカタのカーリーガート近くのジューススタンド。店名はジャパン
・クールバー。クールバーというよりクルクルパーな衛生状態の店
で、ジューサーを一目見ただけで飲む気は失せる。看板の絵は
彼なりの日本人の表現らしい。どうみてもベトナム人か中国人。




しかし、インドに完全勝利するには、明らかにカモに喰らいつこうとするタイプのインド人と、最終的に無二の

友人関係になるくらいの人間性を持たなければならない。

つまり、日本人とみるや「絶対離さへんでぇ!」と喰らいついてくる、なかなか自分の目的を話そうとしない

物売りと出会い、商売を忘れるほどの共感を引き出さねばならないし、更にこちらは全く出費せずに相手に

相当の出費をさせて、それを損したと絶対に思わせない信用を勝ち取らねばならないのだ。


これがインドに勝利する条件、と勝手に決め、漏れは到着地コルカタにウヨウヨいる狡賢いインド人物売りを

物色しはじめたのだった。



まず、こちらがいかにも「インド初めてで戸惑っています」という雰囲気を演出し、「小金ももってます」という

格好をせねばならない。コルカタのサダルストリートを歩いていると、5mおきに「コンニチワ!」と声がかかる。

普通は自分に用がないかぎり完全に無視して通り過ぎるのだが、これにいちいち反応し、挨拶を返す。

そして手招きされたらテレながら近づいて行き、「ミルダケタダ!」の商品を、相手が痺れを切らすまで

眺め続ける。しまってある商品をドンドン出され広げられても、全く躊躇せずにもっと出せと要求する。

日本人は相手に手間をかけさせては悪いと思い、物をドンドン出されると不安になってくるという心理を

利用したこの手の戦術は、今回サイフにRs12(水代)しか入れずに歩いている漏れには関係ない。

最初から買う気など全くなく、反対にソイツから金や物を搾取しようとしているのだ。


その内に料金交渉に入ろうとする商人。のらりくらりと具体的な額を提示しない漏れ。どれが気に入った

のか追求する商人。そもそもなにが欲しいのかもハッキリしない漏れ。更に他の商品を持ち出す商人。

タバコ(インドタバコのビディ。貧民タバコ)を吸い始める漏れ。アレコレ商品の説明をする商人。アクビを

しながら「喉かわいた」と言う漏れ。チャイを持ってくる様、使用人に指示する商人。チャイをチビチビ飲み

ながら、歩き方を広げて読み始める漏れ。どこに行くのか訊ねる商人。「適当に散歩」と答える漏れ。

市内観光をアレンジすると持ちかける商人。見所を聞いてみる漏れ。必死にコルカタ名所を語る商人。

「( ´_ゝ`)フーン」と答える漏れ。タクシーを一日チャーターして、なんとお得なRs3000とふっかける

商人。「3000かぁ・・・・」と言ったきり黙って俯く漏れ。いくらならいいのか問いただす商人。チャイのおかわり

を要求する漏れ。2000まで下げる商人。再び商品に目をやる漏れ。再度商品を大紹介する商人。

その説明を「聞いてんのかゴルァ!」と言われんばかりの態度で他の店などをキョロキョロ見渡す漏れ。


さすがにこの辺で商人も呆れ始めるも、簡単に諦めないのが奴らだ。


「チョコ(ハシシ)いらないか?」 心持ち小声で言う商人。

「チョコってなに?」 と素人丸出しの漏れ。

「ハシシ、ガンチャ、ハッパ」 と隠語で答える商人。

「ドレドレ?」 とブツを出すように要求する漏れ。

「アンタが欲しいのはソレかぁ!」 とばかりにイソイソと使用人にブツを手配するように指示する商人。


そして三杯目のチャイを飲んでる間にプッシャーがブツを持って来る。


「ホラ、これがチョコだ」

と、ラップでくるんだ黒い小さな塊を見せる商人。

「いいモノだよ」

と一言添えるのを忘れない商人。しかしその塊は硬くてザラザラした質感の安物。

商品を一目見るなり帰ろうとする漏れ。慌てる商人。

「もっとイイ物があるから待て!」

引き止める商人。だったら最初から出せw。次に出したのが柔らかくて黒色が薄い上物。それを無言で

ひったくり、先端に勝手に火をつけて嗅ぎ出す漏れ。それを見て複雑な表情のプッシャー。

「うーーん。上物だな」

いつまでも嗅いでる漏れ。

「もういいだろ、10gで$300だ」

黙って席を立つ漏れ。必死で漏れの手に縋る商人

「待て待て、いくらならいいんだ?」

・・・・・しばらく黙って考えるフリをし、おもむろに

「サダルのチョコは混ぜ物してあるからなぁ」

とつぶやく漏れ。そんな事はないと否定するプッシャーと商人。

「そんじゃあ1gもらって試してみるから、ヘロインとか混ぜ物がなかったら10gRs300で買う」

と言い放つ漏れ。300は安すぎると非難するプッシャー。

「なんにしろ試してみないと信用できん。ダメなら買わない。帰る。」

と言って席を立つ漏れ。

「わかった、10gで$100でいい」

「帰るわ」

「じゃあ$50、これがファイナルプライスだ」

「他所で買うわ」

「わかった、$20でどうだ」

「狂ってんのか?」

「$10。これ以上は無理だ」

「$5。ダメなら買わない」

「$8だ」

「帰る」

「よし、$5でいい」

「でも試さないとなぁ」

「わかった、1gだけ渡すから金を・・・」

「試してから全額払う。絶対先には払わない」


プッシャーとモメる商人。モタモタしてるので帰ろうとする漏れ。

「まてまて、じゃあホテルの場所を教えてくれれば渡すよ」

「そんなリスクを負うなら他所で買う」

「通報したりしない、こっちは売ってるんだから」

「とにかく無条件で渡さないならいらない。モノが良ければ他の日本人にもここを勧める」

またプッシャーとモメる商人。漏れは直接使用人にチャイのおかわりを持ってこさせる。

「・・・・・わかった、1gやるから、必ず買いに来てくれ」

「モノがよかったらな」



とりあえずインド人商人から搾取には成功した。お試しハシシはその辺の道路に投げ捨て、コルカタ

に無数にある甘物屋でケーキを物色する漏れだった。



しかし・・・・・と、宿でブリュを飲みながらケーキを頬張り、一人反省会に入る漏れ。

搾取には成功したものの、共感や信用を勝ち取れたわけではない。まだ完全勝利とはいかないようだ。










こうして、完全勝利を目指して漏れの二度目のインド旅行は本番に突入したのだった・・・・・・・








つづく