クール・ライディング
10月29日(月) 気持ちいいぐらいの晴れ
朝、目覚めると気持ちいいぐらいの晴れ。
足利を出て、まず国道50号線を前橋方面に向かう。
いよいよ、群馬県に突入である。
途中、岩宿の文字を見つける。
言わずと知れた、岩宿遺跡が発見された場所である。
発見者は相沢忠洋。
1949年、洪積世地層から、打製石器が発見され、
日本にも先土器文化が存在したことが明らかになった。
これにより、日本の旧石器文化の学術調査が、
本格化することになる。
50年後に、あのような事件が起こるとは、
誰も、予測し得なかったであろうが・・・。
例によって、月曜日なので博物館は閉まっていた。
山の方をちょっと上ると、稲荷神社があったので、
何だか分かんないけど、拝んでおきました。
さて、前橋駅に到着。
駅に置いてあるマップを見ると、
前橋文学館、萩原朔太郎記念館などがあった。
文学館の方は、休館日であったが、
記念館は開いているようなので行ってみる。
萩原朔太郎の生家は、元々前橋の別の場所にあったが、
後に、そこには彼の実妹である津久井幸子さんが入る。
昭和43年に撤去されることになるが、
後、土蔵や書斎、離れ座敷などが、
現在の地に復元され、記念館として公開されている。
「月に吠える」が一番有名かな?
建物や詩碑は敷島公園内にあり、
近くには、野球場や陸上競技場もある。
なかなか、まったりとできる場所でした。
前橋を出て、高崎へ向かう。
群馬県の県庁所在地は前橋だが、
見たところ、高崎の方が栄えているような気がする。
けど高崎には、何だか見るところがなさそうなので、
コンビニで地図を見て、軽井沢に向かうことにする。
国道18号線、いわゆる中山道である。
ここは走り屋で有名な碓氷峠があるところだ。
が、なぜか旧道は通行止め。
道が凍っているとは思えないので、
何か、工事でもやってるんだろうか。
この辺りは、寒くなるとすぐ通行止めになるらしい。
僕は最初、この旅を始めるに当たって、
雪が降り始めると、道が凍ってやばいと思っていた。
ところが、これは明日のYHで気付くことになるのだが、
雪が降らなくても、道は凍るのである。
雨が降った次の日の朝とかね。
とにかく、理由は分からないが、
旧道が通れないので、バイパスを走ることにする。
もちろん有料、30円取られた・・・。
幾重にも連なる九十九折れの道を、
ゆっくり、ゆっくりと上っていく。
何台もの大型トラックが、僕の横を走り抜けて行くが、
中には、時速30キロで走る原付を、
追い抜くことのできないトラックもいる。
それほど、傾斜が大きいのだ。
標高が高くなるに連れて、次第に寒さが増してくる。
時折、山間から垣間見える村々は、
すっかり、秋色に染まっている。
軽井沢との距離が十分に近付いた頃、横川駅に着く。
横川と言えば、もっちろん「峠の釜飯」。
駅弁の基本である。
ところが、横川駅がどこにあるのかを知らなかった僕は、
偶然見つけたこの駅弁を、食することはできなかった。
ほんの15分程前、
コンビニで弁当を食べたばかりだったのだ。
横浜の中華街といい、タイミングの悪い僕である。
しばらくドライブインで休憩し、さらに走り続ける。
いよいよ着いた。ここが軽井沢だ!
少し駅近辺を走ってみるが、やはり人はまばらだ。
既にシーズン・オフに入った様相を呈している。
YHは北軽まで行かないとないので、
ここで、泊まるところを探すことにする。
「ちょっと遠いけど、安くてええとこあるよ」と、
おっちゃんが言うので、そこに決める。
ちょっとどころか、かなり遠かった。
西軽を過ぎて、追分まで来てしまった。
浅間神社を発見したのでお参りする。
もちろん浅間山が、すぐそこまで迫っている。
祭神は大山祀神と磐長姫神の2神。
室町時代に創建され、
軽井沢で最も古い木造建築である。
本宮の裏を廻る道を進むと、追分宿郷土館があった。
軽井沢にある7つの記念館、博物館の共通券が、
700円で売っていたので、それを買うことにする。
なかなか、お得である。
追分宿は沓掛・軽井沢と共に、
浅間根越の三宿と言われている。
中山道と北国街道の分岐点に当たり、
官道時代の昔から、交通の要衝の地となっていた。
建物は旅籠を模して造られており、
コンクリート壁に木造の出桁造りがめぐらされている。
峻しい山道を乗り越え、
苦難の末に辿り着いた、ホッと一息付ける場所。
そんな昔の旅人たちの笑い声が、
今も、聞こえてくるようである。
右の写真は神社にあった芭蕉の句碑。
ふきとばす 石も浅間の 野分かな
近くに、堀達雄記念館もあったが、
疲れたので、明日行くことにする。
残りの5館は、全部旧軽や中軽の方にあるようだ。
まだ明るい内に、旅館に着いて休むことにする。
一泊ニ食で6500円。
ちょい高いが、豪華な食事が出て来たので良しとする。