古典学習のてびき

古典とは、ひとまず古文・漢文のことを総称した言い方だ。
古文も漢文も語学ではないけれど、勉強には語学のようなノウハウが必要ではないかと思う。要するに文法だ。
文法を知っていることが必須条件である。
たいして覚えることは多くない、とは言わないが、順序立てて学んでいけば、かなり論理的に文を分析したり考えていけるのではないかと思う。
文学理論では「正しい読み方」というと、なにか眉唾といった感じで捉えられているように思うけれど、でもそれは正しい読解に基づいた「誤読」を前提としている。だから、文を正しく捉えることができなければ、面白い誤読も生まれないのではないか。

話がそれた。
文法を学ぶなら、口語文法から入るのが正当ではある。。中学参考書に口語文法の解説書がいっぱいある。「文の成分」「活用」「品詞」「用言」「体言」などの言葉は、中学文法の基礎事項だ。よって、口語文法テキストを一冊なんでも良いので購入しておくとよい。
次に古典文法のテキストについて。

『古典文法』(荻野文子、京都書房)
『マドンナ古文』(荻野文子、学研)

以上の2冊を必ず用意する。『マドンナ古文』はノートに項目ごとの要点をまとめながら読むこと。また項目ごとに見出しをつけ、本文のページ・行数が分かるようにメモをする。いつでもノートからテキストに戻れるようにしておくためだ。
ノートは大学ノートを用意する必要はない。ルーズ・リーフでよい。ただし3枚程度に収めなければならない。

文法をひととおり終えたら、読解の方法を学ぶ。
ただし最低限、動詞・形容詞・形容動詞の活用については知っていなければならない。たとえば「あり」がラ変だとか、サ変は「す」「おはす」の二語だとかいうことを暗記していなければ、次に進むべきではない。市販のドリルを使うなどして確実に覚えることが必要だ。
さて、読解のテキストとしては、

『マドンナ解法』(荻野文子、学研)
『マドンナ古文レッスン 上・下』(荻野文子、東進ブックス)

マドンナ続きで誤解されるかもしれないが、別に私は荻野の回しものでも、東進の関係者でもない。
書店の学参書コーナーに行けば分かるが、これらの参考書はどの書店でも山積みになっている。受験界のベストセラーなのだ。

何事も雑に早くやっても効果は薄い。丁寧に納得するまで、ゆっくりと進むことが肝要である。勉強の仕方ということが分かっていないとダメだ。私はあの赤い下敷きで隠しながら、機械的に暗記する勉強が大嫌いだ。教員採用試験でも、あれをやっている人が結構多い。中学・高校生はあれをしきりにやる。他の方法を知らない。理解する快楽を知らずに、暗記の苦痛ばかり舐めている。教師も同じ勉強方法しか知らないとしたら、かなり不幸なんじゃないかと思うのだけど。
というわけで、勉強というのは、ただの苦行とは違うので、「え、何で?」と「そうか、なるほど!」が連鎖しないとダメである。
そりゃ、楽しいばかりではないことは事実だけど。

古文は、ここにある材料だけで、相当な力をつけることができることを保証します。


次に漢文について。

漢文は、
古典文法の基礎的理解の上に成り立っている。よって、古文をひととおり理解してから本格的に勉強するのがよろしい。といっても高校生は状況がそうなっていないので、並行してやることになるけれど。
だから、最低限の文法理解(つまり用言の活用と助動詞の種類、接続くらいが分かっている)をしてから、漢文の学習に進んでください。
漢文のテキストとしては、

『漢文必携』(京都書房)
『早覚え速答法』(田中雄ニ、学研)

の2冊を用意する。
『早覚え〜』は、漢字以外の読みに注目して「句形」を学ぶ方式で、今後の漢文学習のスタンダードを打ち立てたテキストと言える。(要するに、似たような本がこれからもっと増えるだろう、ということ)

いろいろ覚えることがあるにしても、ただの丸暗記ではなく、「え、どうして?」と思いながら学習しないとダメです。「え、どうして?」と思えるためには、最低限の知識が必要で、その知識では対応できていないから、「どうして?」となるわけだ。その「最低限の知識」が「文法の最低限の理解」に他ならない。ということは、高校一年レベルの文法学習が、すべての基本ということ。

この文章は、何も高校生対象に書かれているわけではありません。
『源氏』も『徒然草』も『折りたく柴の記』も、自分には無関係と思っている大人に向けて書きました。15歳が理解するんです。だから大人は、もっと理解できるはずです。