ドイツ・スイス・フランスの旅(残り容量が少ないのでテキストのみです・・読みにくくてすいません!)
Dia1
1999年7月。ついにスペインへ初の海外生活に行く日がやって来た。夜中のアザレア号に乗って前橋駅を出発する。家族全員が見送りに来てくれた。これから1年は会えないのかと思うと淋しかった。かといってべつだん感動的なシ−ンになることもなく(お母さんが泣くとか、お父さんが走って追いかけてくるとか←ばか。映画の見すぎ?)、やがて見えなくなっていく家族をボ−っと見つめていた。バスはめちゃくちゃ早くつき、なんだかんだと数時間成田で暇を潰していた。 今回利用する飛行機はマレ−シア航空だ。なんでわざわざ遠回りするのか?それはと〜っても安かったから。マレ−シア航空だけはありがたいことに学割が効き、それは私立の語学学校でも可とのことだった。他の航空会社より7万円以上安かったので、悩むまでもなくマレ−シア航空に決めた。たしかに1度マレ−シアに行くのは面倒だけど、それでも初アジアに行けるのは嬉しかった(空港は出れないけど)。マレ−シア航空の飛行機はフランクフルトまでしか飛んでいなかったので、フランクフルトからは列車でスペイン入りすることにした。その途中にせっかくだから小旅行をしようかと思いついた。
成田には大学の友人たちが来てくれた。時間的にそれほど長くはいられなく、すぐにお別れの時間がやって来た。みんなと別れる前に「荷物検査の時に、わたしいつも引っかかるんだよ」などと言ってたら今回もやっぱり「ピ−ッ」と鳴り、柵の外で見守っていた友人たちにしっかり笑われてしまった。 飛行機はマレ−シアに到着し、あとは9時間ほど待ってフランクフルト行きに乗ることになる。さ〜てあと9時間どうしようか・・・などと考えながらふらふらしたり、食事したり、椅子に座ってボ−っとしたりした。マレ−シアはきっと暑い、そう思って半袖しか手荷物に入れてなかった(後は飛行機に預けた)のに、空港はめちゃくちゃ寒く、一人で鼻水をすすっていた・・・さ、さむいよう。なんでマレ−シアまで来て寒い思いなんかせにゃならんのさ・・・・・。飛行機は結局9時間どころか10時間ぐらい待って乗ることになった。遅れて到着したからだ。かくして、フランクフルト行きの飛行機は予定より30分以上遅れてフランクフルト空港に着いた。
私はこの旅用に「ユ−ロパス」の一番短い日にち用のを買っておいた。そのほうが断然安上がりだからだ。フランクフルトに着いたらすぐに列車のフランクフルト中央駅に何らかの手段で行って、すぐにロマンチック街道を走るバスに乗ろうと決めていた。予定の中でも飛行機到着からバス出発まではけっこうきつい時間だったので、30分遅れて着いたのだから、もう無理かなと思ったけど、飛行機到着するや否やダッシュ!!そしてそっこう入国審査や荷物受け取りを終え、インフォメ−ションのお姉さんに「中央駅はどういくの?」と聞き、お姉さんの早口イングリッシュは殆ど理解不能ながらもそのジェスチャ−から大体理解して、その方向に走った。どうやら地下鉄で行くらしい。「あ、やべえ!まだユ−ロパス使えるようにしてもらってないや!」ユ−ロパスは使い初めの日にデリベ−ションとかなんとかという、いわゆる「チケットの有効化」をしてもらわねばならない。そうしないで列車に乗ったら罰金だ。あわてて窓口に行って「有効化」をしてもらい、地下鉄に乗る。もし間違った列車に乗ったらもうアウトだ。でも幸い正しい列車に乗ることができ、無事フランクフルト中央駅へ。もうこの時点で出発時間5分前ほどだった。「ひえ〜」むうこは走る。ひたすら走る。重たい荷物を持ちながら(ただしリュック)。そんな時間がない中でも宿だけは取っておこうと思い、今日行く予定の(バスに乗れたら)町、ディンケルスビュ−ルのユ−スホステルに予約の電話を入れた。英語での会話に超ドキドキモンだったけど、人生何とかなるもんで奇跡的に向こうの言っている事が大体分かり、なんとか予約をとる事ができた。あとはバスがどこから出るか探さなきゃ!私は駅から外に出た。なにしろ一国の首都ぐらいの規模の大都市の中央駅だから大きくて、どこからバスが出てるのかよく分からない。でも、これまた奇跡的にすぐに分かった。まだバスは出ていなかった。人々がちょうど乗りこんでいるところだった。私も早速その列に加わった。このバスはユ−ロパスがあると75%引きで乗れるらしい。その時私は「ユ−ロパス」に今日の日付を書き入れたが、あとから同乗していた日本人に「パスを見せて割引が効くだけの時は(つまり、無料にはならない場合は)、日付を書かなくてもいいんだよ」と言った・・ガ〜ン・・1日分損してしまったじゃないか〜・・早く言ってけろ〜。
このバスには他に3人の日本人がいた。新婚旅行中のカップルとこれからドイツで語学留学をすると言う女の子だった。他には10人くらいの外人がいた。7月終わりというのにこの小人数は一体なんなんだ???3人の日本人とはすぐに仲良くなり、ときおりバスが止まる小さな町々で一緒に散歩を楽しんだ。カップルの2人はさすがに邪魔は出来ないと思ったが、奥さんの方が2人っきりよりも私達といっしょに行動したがっている様子で、旦那の方は諦めていた感じだった。大丈夫か?この夫婦は。ロ−テンブルグという中世からの町として有名な町ではお昼を留学する子と食べた。あんまりうまくはなかった。さすがはドイツ。カップルはこの町で一泊するのでお別れをした。その後、バスはディンケルスビュ−ルヘ着いた。留学する子は最終のミュンヘンまで行くのでここでお別れ。「ユ−スはどこにあるの?」とバスの運ちゃんに聞くと、「あっち」と指差して教えてくれた。意外とユ−スは近くにあり、小さい町なので郊外とかにあるわけではなく便利な町の中心に近い場所にあった。チェックインを済ませ、部屋に到着。他には誰もいない。「あれ??」どうしたことだ?だいたいユ−スは(特にドイツのユ−スは)就学旅行かなんかでガキンチョがわ−わ−うるさいと相場が決まっているのに。そこは妙に静かだった。「ま、いいか」私は早速町ヘ繰り出した。
なぜディンケルスビュ−ルという町に来たかというと、それは今祭りの期間中で「子供祭り」とかなんとかいう有名なお祭りを開催しているとガイドブックに書いてあったからだ。ドイツ語では「キンダ−ツィッヘ」と言うらしい。町では華やかにお祭りをやっていた。子供たちが楽しそうに踊っていて大人達が観客として微笑ましく見ている。中世の衣装を子供たちは着ていた。私は写真をたくさん撮ってしまった・・・だってかわいいんだもの。え?むうこが言うとあやしいって? その日はディンケルスビュ−ルで一泊。同じ部屋には後から来た女の子二人組もいた。明日はどこヘ行こうかな?そんな事を考えながら眠りについた・・・(続く)