むうこ旅日記ポルトガル編

Dia1 1999年12月19日。私はグラナダからセビリヤへバスで行った。何となく今回はポルトガルを見て周ろうと決めていたが、やっぱりいつものように具体的な予定はゼロだった。とにかくセビリヤからポルトガル行きのバスがあるということなのでセビリヤへ行こうと思った。セビリヤの長距離バスのターミナルでポルトガル行きのバスの時間を調べた。毎日数便あるらしい。「よっし!」私は早速予約してバスに乗り込んだ。 バスに乗る時、座席は指定なのかどうかと運転手に聞いた。「好きなところに座っていいよ。この席でもいいよ」とおじさんは運転席を指差して笑った。「あんまりバスの運転は上手くないんだよ」と言ったらおじさんは大げさに笑った。さすがアンダルシアの人間、常に陽気。笑う事が大好きなのだ。このバスも他のスペインのバスの例に漏れず、出発時間がいい加減だ。一時に出発と言っていてもほとんどその通りにはならなかったりする。だいたいはちょっと遅れるのだ。しかも待たされる原因がただ単に運転手の人のお喋りが終わらなかったからということだってざら・・日本では考えられないがスペイン人のお客さんは別に気にもせず、乗って待っている。そう、スペインのバスの運転手と言えば、本当におしゃべり好きが多い。ひとたび知り合いが乗ってきようものなら、その乗客は一番前の席に座り、ずっと運転手と話している。運転手も楽しそうにときどき後ろを振り返ったり(おいおい!)、身振りをまじえて話している(手はハンドルから離れる・・おいおい!)。そしてバスの車内には「運転手に話しかけないで下さい」との断り書きが・・マジでっせ。
バスが出発した。乗客は私のほかに3、4人だけだった。50人以上は乗れるバスなのでポツンポツンとまばらに人が座っている。このバスはポルトガルへ行くバスなので国境を超えることになる。私は何となくドキドキした。セビリヤは確かにポルトガルに近いが、そうは言っても国境までは時間がかかる。4時間ほどして国境へ。「どんな審査があるんだろう・・」そう思っていたら、バスは何事もなかったように国境を通りすぎる。同じEU内なのでNO 審査だった。バスからの景色はスペインと変わる事もなくず〜っとおんなじ。そうだな〜、一言で言ったらちょっとサバンナっぽいかな。数少ない乗客が一人、また一人と降りて行く(でも乗って来ない)。しまいには私一人になってしまった。そして終点のラゴスへ。運転手にお別れを言ってバスを降りる。
ラゴスはポルトガルの南部、大西洋に面するアルガルヴェ地方の一都市だ。だから12月とはいえ、それほど寒くはなく、北欧からの避寒客たちがオ−プン・カフェで半袖で日光を浴びながらビ−ルを飲んでいた。私はさすがに半袖ではいられなかったけど・・。事前に良くこの町のことを調べたわけではないので、何があるとか何がおいしいとかどのへんに宿があるとかは全く分からなかったので小さな町のバスタ−ミナルのオバちゃんに聞いてみた。ポルトガルに行く前、グラナダの先生たちに「ポルトガル人はスペイン語が分かるよ」と聞いていたので、スペイン語で話しかけてみる。案の定、おばちゃんは理解してくれた。ただし、オバちゃんはポルトガル語で返す。・・聞いてねえぞ、そんなこと。ただし全神経をオバちゃんの発している言葉に集中すれば大体は理解できた。スペイン語とポルトガル語はとっても近い言語なのだ。「どのへんに宿はあるの?ユ−スホステルってあるの?」「そうね〜」そんな会話をしていたら、一人のオバちゃん(別の)がやって来た。「宿探してるの?」「はい」「私宿のオーナーなんだけどどう?すぐそこのアパートよ。使ってないから旅人用にしてるの。どう?」「じゃあ、とにかく見せてください」そしておばちゃんとアパートへ。ホントにバスタ−ミナルのすぐそばだった。なかなか素敵な部屋だった。しかもすごく安かった。「泊まらせてください」交渉はすぐに終わった。この宿には二泊することに。「あさってからはどこ行こうかな〜」そんなことを考えつつ床に入った・…続く。(ラゴスの街並み)
Dia2 ラゴス二日目、町の中心に遊びに出かけてみた。「メ−ルしたいなあ・・」なんて思って、インタ‐ネットカフェを探す。多分ないだろうなんて思ってたら一人の町人が、「ユ−スホステルにあるよ。そこが唯一のインタ‐ネットできるとこさよ」と教えてくれたので、早速教えられた通りに行ってみる。町が非常に小さいので、迷うことはない。こんな小さな町にまでユ−スがあることに感動しながらも、玄関から入った。早速メ−ルを見た。なにやら姉からのメ−ルが一通。そこには『チロ(我が家の犬)が亡くなりました』と・・・頭が真っ白になって、これは冗談かと思った。でも、冗談ではないとすぐに思いなおして、どうにも涙が止まらず(鼻水も止まらず)、それをおっさんに見られてしまった。おさんは優しかった。はんかちを貸してくれた。滝のように流れてくる鼻水を人様のハンカチではふけないと思うのは万人に共通する思い・・だがしかし、その時、私はそのハンカチで鼻水をふいた。「むこうにトイレがあるよ」とおっさんは教えてくれた。私は急いでかけこみ、鼻水を思いっきりかんだ。その時初めて「人様のハンカチが自分の鼻水でぐっしょり濡れている」という事実にはっと気付いた。おっさんは動揺することなく(あるいはしていたけど見せなかった)汚いハンカチを受け取ってくれた。「ごめんなさい」と言ったら「いいんだよ。」と言ってくれた。「実は・・家の犬が死んだと姉からメ−ルがあったんです」「そうか・・生きてるものはみんなそういう運命なんだよ。誰もそれをコントロ−ルすることは出来ないんだ。神のみぞ出来る事なんだよ。」おっさんは優しかった。
その後、家に電話をした。そこでチロの死は事実だとはっきりと分かった。その日はなんだかボ‐っとしてしまって今後どうしようか・・もうスペインに帰ろうかとも思った。ただでさえ淋しいのに、誰も知り合いのいない土地にいることがつらいと感じた。「とりあえず海に行ってみよう・・」なんとなくそう思った。そういえばここは港町。大西洋に面しているんだっだけ。なんて思いながら、海へと足を向けた。いかにも『こっちは砂浜だよ』と言いたげな看板があったのでその通りにしばらく歩ってみると・・・そこには青い海と白い砂浜・・・人は殆いなくて、静かだ。遠い向こうでは子ども達がサッカ−に熱中している。他にはおじいさんとおばあさんが仲良く散歩していたり。私も散歩してみた。ご主人様と楽しそうに走りまわる犬をみて「チロほんとに死んじゃったんだなあ・・。もうあんな風に一緒に散歩してあげられないんだ・・」なんて、どうしてもチロのことで頭がいっぱい。偶然にもこの町でチロの死を知って、偶然にもユ−スのおじさんと会って、おじさんに慰めてもらった事に奇妙な縁というか、特別な偶然性をも感じた。 「もう町に帰ろう・・」しばらく海を眺めた後、町に帰ることに決めた。町で適当な食堂に入った。テレビで、なんだかアジアらしい風景が映っていた。「なんだろう・・」と思ってみていたら、そこはマカオだった。「そうか、今日はマカオがポルトガル領から中国に返還される歴史的な日だったんだ・・」食堂のおじさんおばさんはテレビに見入っていた。 夜、宿で明日の予定を考えた。スペインに帰るか、もっとポルトガルを見ようか・・・よし!リスボンへ行こう!スペインへ帰るのはやめた!!チロのことは悲しいけど・・。 明日はリスボン。大都市だ・・。

(ラゴスの海)