Memoria de Espana

★ベヘ−ル・デ・ラ・フロンテ−ラのおやじさん

  カディスからベヘ−ル・デ・ラ・フロンテ−ラ行きのバスに乗った。乗客は先に一人乗っているだけだった。

  バスの出発時間を待っていると、出発ぎりぎりになって1人のおやじさんが乗ってきた。もう60になろうかというおやじさんだった。

 50人は乗れるこのバスで、2席以外は全部空いているのにおやじさんは私の隣りに座ってきた。ちょっとビックリする私。

 「どこから来たんだい?」興味津々に質問をしてくる。「どうしてスペインにいるの?」「年はいくつ?」「カディスは好きかい?」・・・

 私の返答にいちいち大げさに反応してくれる。「どこまで行くんだい?」「バルバ−テです」「それはこのバスの最終駅だよ」「はい」

 「わしはベヘ−ルまで行くんだ。そこに住んでるんだよ。店を持っててな、カディスに買出しに来たというわけだ。こんなにいいのが

 買えたよ」嬉しそうに私に買ってきた金物を見せてくれた。「結構安く買えたんだ」・・・得意げだ。「今日これから帰ってさっそく店を

 開けて・・」「ベヘ−ルは1度旅行しました。とても綺麗な町ですね。大好きです」おやじさんはまたまた大げさに喜んだ。それからは、

 おやじさん、ず〜っとベヘ−ルの歴史を話し始める。バスが動き出してからも、橋を通れば「この橋は何年に建てられてな・・」とか、

 歴史ある建物の前を通れば「この建物では昔こんな出来事があってな・・」とかず〜っと説明をしてくれる。やがておやじさんの降り

 るべきバス停に着き、おやじさんは席を立った。「あ・・もうお別れかあ・・ちょっと淋しいな」そう思ったらおやじさん、バスの車掌にお

 金を払って帰ってきて、にっこりと笑って・・・・・「わしもバルバ−テまで行くことにしたよ。そこで一緒にご飯を食べよう。今日は店閉めだ」。

 

★オルベラのおばあちゃんたち

  オルベラという町に旅行に行った。オルベラはアンダルシア地方、ロンダあるいはセビリヤの近くにあるオリ−ブ畑に囲まれた

 小さな町だ。バスを降りてさっそく近くのベンチに座っていたおばあちゃん二人組に話しかける。「あの、このホテルはどこにありま

 すか」手に持っていたガイドブックをおばあちゃんたちに見せながら、たずねる。おばあちゃんたちはすぐに「あっちだよ」と指を指し

 て教えてくれた。「ありがとう」そう言ってさようならを言おうとすると、1人のおばあちゃんが「どこから来たね?」と話しかけてくれた。

 「日本です」「へ〜、そんな遠いとこさから来たのかえ」おばあちゃんたちは二人して驚く。そして、なんでだか、いつのまにか「わしに

 は孫が九人いてのう」という話しになり、孫の話しをとくとくと聞かせ始める・・・・・こりゃあ長くなりそうかな。「今生きとるのはたった

 2人だけじゃよ」「おばあちゃんはお年はいくつなんですか?」失礼かな?と思いつつも聞いてみた。「92じゃよ」そうしたらもう1人の

 おばあちゃんが「お前は96じゃろ」と言う。「そうじゃったか?92じゃろう」「いや、96じゃよ」・・・・・どっちもあんまりかわんないよ〜、

 おばあちゃん。そのままおばあちゃんたちはしばらく「96」「92」とゆずらず話していた・・・。

(オルベラの町)

★オルベラの子供たち

  その後、おばあちゃんたちと別れ、公園で休んでいた。隣りは学校で、柵の向こうで子供たちが元気に遊んでいる。しばらくすると

 3人の子供たちが寄ってきた。なんだか話しかけたそうに、それでも恥ずかしそうにこっちを見ている。「こんにちは」と私は声をかけた。

 「こんにちは!」元気に返事をくれた。それがきっかけで子供たちはたくさん質問してきた。「どこから来たの?」「中国?」「日本だよ」

 「日本?」日本を知らない子供がいた。「日本だよ、日本」知っている子供が知らない子供に教えてあげようとしている。「日本は中国

 の東にある島国だよ」「ふ〜ん・・・日本かあ」目を輝かせる子供たち。だんだんと子供たちが増えだして、ついには20人ぐらいの子

 供たちが集まった。「年はいくつなの?」「24だよ。みんなは?」「僕8歳」「私10歳」「私も!」次次に答えてくれる。「名前はなんて言う

 の?」「MIKIKOだよ(本名です)」「MIKIKO!」「MIKIKOだって〜!」みんな口々にMIKIKOという名前を口に出す。「みんは?」「僕

 ホセ!」「私マリア!」「僕ペドロ!」また口々に答えてくれる・・・聞いて聞いて!というように。「カンフ−できるの?」「サッカ−はどこが

 好き?」「箸を使う国なんでしょ?どうやって使うの?」色んな質問が飛ぶ。私は落ちている棒っきれを使って箸に見たてて使い方をデモ

 ンストレ−ションしたり、ちょっとした空手のポ−ズをとった。「おお〜!!」みんな喜んでくれる。わたしはつい調子に乗って1人日本講座

 を開いていた。その後、彼らと別れ、その日の午後、今日はお祭りがあるということで、町の中心でカメラ片手にやってくるパレ−ドを見つめ

 ていた・・すると、さっきの小学校の生徒たちがパレ−ドの主役だったのだ。仮装してかわいい格好で歩いている。「あれ〜あ、あの子だ!」

 中には一緒に話した子供もいた。「MIKIKO〜!」私に気がついて手を振ってくれた。・・・本当にオルベラの思い出は一生の思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(オルベラの子供たち)                            (祭りで仮装行列をするオルベラの子供たち)

 

★カディスの少年たち

カディスの町を歩いていたら、2人の少年が広場でサッカ−をしていた。私はベンチに座って

彼らを見ていた。二人は私の方にやって来て、「僕の逆立ち見て!」といきなり逆立ちを始

めた(笑)・・・だけどあんまりできのいい逆立ちではない(笑)。「すごいでしょ?」「すごいね

〜」「ぼくのおじいちゃんはすごいんだよ。海の男だよ」1人が言うと、もう1人も「ぼくのおじ

いさんは闘牛士だったんだよ。もう死んじゃったけどね」と自慢そうに言う。その後、2人は

また何事もなかったかのようにサッカ−をし始めた。(カディスの海)

 

★ロンダのラファエルじいさん

  ロンダに行ったときのこと。私は街中を散歩してお腹が減ったのでとあるバルに入っ

た。そして、軽食を食べていると、一人のじいさんが私の隣りの椅子に座ってきた。じいさんはずっと無言で私の顔を見ている。「?」私は不思

議に思って「こんにちは」と言ってみた。「こんにちは」じいさんは短く答え、そしてまたじっと私の顔を見ている。・・恐いなあ・・・・・しばらくの無

言の後じいさんはやっと口を開いた。「ロンダは好きか?」「はい、好きです」「・・・・・」じいさんはまた無言で私の顔を見ている。「・・・・・それ

を食べたら一緒に散歩しよう」・・・え?・・・じいさんは真顔でこっちを見ている。・・じ、じいさんと散歩?・・・「それはわしがおごってやるよ」「い

え、いいです。自分で払います」「・・・わしが払うから心配せんでいい」。じいさんはさっさとカウンタ‐に行ってお金を払ってしまった。・・・しまっ

た〜こりゃ恩を売られてしまった・・こりゃ絶対一緒に散歩しなきゃだ〜(笑)・・・・・食べ終わるやいなや、じいさんは私を引っ張って外に連れ

出した。そして手をつないできた。・・・おいおい、じいさん・・・そう思いながらも、つい「じいさんだから」と拒みきれず、私はじいさんと手をつな

いで歩き出した。「わしはすごくいい家を持ってるんだぞ。嫁に来ないか?」・・・え?・・・ええ〜!?・・・・・「よし、今一緒に見に行こう」・・・お

いおい、まじかいな・・「わしはお金はいっぱいもっとるからな」・・私はいくらじいさんでも、なんとか家に行くことだけは避けたいと思い、じいさ

んを説き伏せた。その後、私はアルゴドナ−レス行きのバスに乗るため、じいさんと別れた。じいさんはバスが出るまでずっと窓の外から私の

方を見ていて、ときおり投げキッスを送るという強烈なじいさんだった(笑)・・・忘れられない、ラファエルじいさん。旅の思い出をありがとう。

(ロンダの町とオリ−ブ畑)

 

★グラナダの思いで

 グラナダには約1年間住んでいた。その結果、私のグラナダの感想は・・とってもいいところ。第二の故郷・・・です。

グラナダではたくさんの素敵な人達に出会うことができた。学校の先生たち、バルのおじさん、近所のおっちゃんとおばちゃん、お店のおねえ

さん・・・特にずっと担任をしてくれた学校の先生INMA(インマ)と出会えたことは、わたしの人生の中でもものすごく大きな財産となった。

インマには数えきれないほどの優しさをもらった・・ありがとう、インマ。あなたほど優しくしてくれた人いないよ。

それから、よく行ったバル、カラコルのCAMARERO(ウエイタ-)のCARLOS(カルロス)。あなたも楽しくていい人だった。面白い冗談をよく

言ってました。それから、まだスペインに住みはじめてまもない頃、言葉が話せないのでホ−ムステイをしていたんだけど、そこのアントニア

おばちゃんにもお世話になりました。おばちゃんが「トルコで地震があった」ことを私に伝えたくてTRREMOTO(地震)と言うのだけど、私には

なんの事だか分からなくて、おばちゃんは仕方なく地震のジェスチャ−をして、それを見た私は「え?ダンス?」・・・おばちゃん苦笑い。だって

さ、腰を振って踊ってるみたいだったんだよ。おばちゃんは揺れてるつもりだったんだろうけど、(笑)。