2度目のトルコ 99年9月
地中海リゾートでのんびり:Fethiyeへ
 今回の目的地は地中海リゾート・フェティエでした。正確にはフェティエから少し離れたオリュデニズというトルコ有数の美しいビーチです。前回カッパドキアで知り合ったA君の親戚が夏の間だけここでレストランを出しているというので、それを頼りにして行きました。親戚達というのはだいぶ年の離れたお兄さん2人とその息子さんたち(つまり甥っ子。といっても20歳近い青年達)で、甥っ子達とは冬にカッパドキアで会っていました。
 この旅行は99年の9月半ばで、まだトルコ大地震から1ヶ月ほどの時期でした。旅行を取りやめようかとも考えましたが、震災地からは地理的に遠い地中海沿岸ということと、カッパドキアなど観光地では観光客が激減して途方にくれているという話だったので行く事にしました。結果的には行って良かったと思います。フェティエでも、帰りに寄ったカッパドキアでもシーズン中なのにほとんど観光客がいなくて、観光業に就いている人々にとって大打撃なのは明らかでした。皆、観光客が早く戻ってきてくれることを願っていました。(ちなみに震災への援助は、信頼できる組織への寄付という形でしています。)
@フェティエ/オリュデニズまでの長い道のり

 東京からはアエロフロートを使い、東京-モスクワ(トランジット1泊)―アンタルヤというルートでトルコへ入国しました。こういう行き方があることはトルコ関係の友達から教わったのですが、モスクワ−アンタルヤ間は夏季の間だけ就航しているようでした。モスクワで泊まったホテルはおもったより豪華でしたが、私達トランジット客にとっては文字どおり"監禁ホテル"で、宿泊フロアまで誘導されて、他の階へ行くことは堅く禁じられていました。次の日の朝食は部屋まで運んでくれたのですが、酸っぱい黒パンなど、不味くて私はほとんど食べられませんでした。朝食が不味いということも友達から聞いていたので、東京から菓子パンとジュースを持参しておいて大正解。再び空港まで誘導され、アンタルヤ行きの便に乗り、無事にアンタルヤへ到着しました。この飛行機、すごかったです。ボロボロで。「アエロなんてもう2度と乗らない!」と半泣きで誓いました。アンタルヤ空港は欧米系の団体ツアー客ばかりで、アジア系の顔は私一人。入国審査では担当者が「ジャポン、ジャポン…」とリストから日本を探すのに苦労していたし、しかも私のパスポートは北京の日本領事館で発行したものだったので「あなたは中国人か?」とかいろいろ質問を受けました。ロシア経由で来ていたり、片言のトルコ語もしゃべったり、きっと怪しい人物に見られたにちがいありません。
 アンタルヤもとてもきれいなリゾート街ですが、私は翌朝すぐにフェティエを目指しました。フェティエまではバスで3-4時間の道のりです。ホテルのオーナーにオトガル(長距離バスターミナル)への行き方を聞いたら、よく理解できない私を見かねて車で送ってくれました。ただ、そこは確かにバス停でしたが、始発のオトガルではないので、目的地へ向かうバスが止まったら乗り込まなければなりません。とにかくフェティエへ行きたいことを周りの人にも訴え、ひたすら待ちました。客待ちしているタクシーの運転手が「ここに停まるバスはフェティエまで7時間くらいかかるぞ。タクシーにしたらどうだ?150ドルでいい。」と言ってきます。(またぁ、7時間なんて嘘言って。せいぜい4時間って知ってるんだから。だいたい誰が150ドルなんて出せるのよ。)少し不機嫌になりながら適当にあしらいました。
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