トルコでホームステイ 01年4月
高校でトルコ語の個人授業を受ける
○ スナ先生との出会い ○

 アンカラに1ヶ月滞在する間に、できればトルコ語のプライベートレッスンを受けたいと考えていました。トルコ国内で外国人がトルコ語を学ぶ機関としてTOMERという外国語スクールが有名ですが、私はステイ先のコネを伝って近所の職業高校のトルコ語(国語)の先生を紹介してもらいました。そのスナ先生は、30代はじめのとても綺麗な女性です。初対面のとき真顔で「トルコ語の他に英語はできるの?」と聞いてきました。(え?英語で授業するってこと〜?)思ってもみなかったので内心かなりあせりましたが、とりあえず「はい、なんとか…。」と答えました。すると、スナ先生はニッコリ。「まぁ、いいわね。でも、私はできないのよ。」そう、スナ先生流ユーモアなのでした。スナ先生と会ったことで、私のアンカラ滞在は数倍楽しいものになりました。
○ 高校にて ○

 校舎の中は基本的には日本の学校と似ていますが、入り口を入ったところに受付があり、生徒が交替で受付係をしていました。ここで面会簿に記入して、スナ先生の名前を言うと、生徒が先生を呼びに行ってくれます。職員室は普通の教室と同じ大きさで、共用のテーブルや各先生のロッカーなどがありますが、一人一人の机はありません。いつもここでお茶やコーヒーを入れて、それを持って空いている教室へ行き授業をしました。
 金曜日の午後、授業を終えてのみ残しのコーヒーを飲んでいると、スナ先生にせかされました。「istiklal marsi が始まるから、急いで。」と言うのですが、意味がわかりません。講堂のようなところへ行くと、もう始まっていて入れませんでした。何事かとゆっくり説明してもらうと、istiklal marsiとは、トルコ国歌「独立行進曲」で、毎週月曜日の始業前と金曜の午後、全員が集まってこの歌を合唱するのだとわかりました。日本の始業式、終業式が週単位である、という感じです。「独立行進曲」はトルコ共和国を建国したケマル・アタチュルクの演説文とともにすべての教科書のはじめに記載されています。
○ スナ先生との授業 ○

 授業では、文法や読解、発音/朗読練習などの他に、いろいろな話題で話をしました。例えば、軍隊の話もしました。トルコではむかしオスマン帝国が列強諸国の分断により滅亡の危機にさらされていた時に、アタチュルクがトルコ共和国を建国し、トルコ人の国を守ったという経緯があります。「自分たちの国は自分たちで守る」という意識が根付いており、「外敵から自分たちを守ってくれる」軍隊は人々の尊敬の対象になっています。徴兵制もあり、街のいたるところで兵士を見かけることができます。それが当たり前なので、日本が憲法で戦争放棄していることなどを話しても、なんとも理解しがたいようでした。(わたしの語学力不足のせいもありますが。)
 また、民族起源の話もでました。「トルコ人はアジアの東の方から、こうこうこうしてここまで移動してきたのよ。日本人はどこから来たの?」「え?(よく考えたことないけど)日本人は昔から日本にいるんです。(たぶん)」「じゃあ、日本にくる前は?」「いや、だから日本人は最初から日本という島に住んでいて…。」ちなみに、最近知ったのですが、今の日本人に直接つながる祖先というのは古来から日本本土に住んでいた縄文人と中国など大陸から渡ってきた渡来人が混ざって誕生したそうです。縄文人をさらに遡るとシベリアとか東南アジアに行きつくそうですが、まあ、日本人は最初から日本に住んでいた、と適当に言ったのも間違いではなかったようです。
○ 先生一家とお食事へ ○

 スナ先生は旦那さんと、7歳になる息子のクタイ君の3人家族です。クタイ君はこの頃まだ小学校に入る前でしたが、高校のなかに保育所みたいなところがあって、そこに預けられていました。一度先生一家と食事に行きましたが、クタイ君と一緒だと、スナ先生もすっかりお母さんの顔になります。年下の旦那さんともとても仲睦まじいようでした。旦那さんが、たばこを吸う前にわたしに許可を求めたら、スナ先生は「まあ、えらいわ。吸う前にちゃんと一言ことわれるのね。」と、姉さん女房ぶりも発揮。本当にほほえましいファミリーでした。
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