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インドで見聞きしたり体験したりのウラ話
キタナイ系&H系の話が多いです
これが私の本性かも…
頭に焼き付いて離れない光景 特にトイレ
☆ある夏、私は当時まだ幼かった息子を連れてデリーのとある大きな郵便局へ行った。並ばないインド人たちの間をかき分けてやっと用事を済ませ、外へ出た。最初入って来たのとは別のドアから出てしまったらしく、道がわからない。そこで、郵便局の回りをぐるっと回って来た道を探すことにした。郵便局のちょうど裏側はコンクリートの広場になっていて、そこには何かが規則正しく並んでいる。最初はことの重大さに気がつかず、その広場を通れば家に帰る道に出るのが見えたので、息子の手を引いて踏み込んだ。そして『ギャー!』。碁盤の目のように並んでいるのは紛れもなく人間のウ○○…。一つに付き最低5〜6匹の蠅が群がるこんもりとした数百もの小山。
私は何故か、何の非もない息子を叱りとばしながら、(「ほら、踏むんじゃないよ!もたもたしない!」なんて、ひどい親なんでしょう)勇敢にもその広場を抜け、家に帰り着いたのでした。
今でも時々夢に出て来る強烈な光景です。コンクリートの広場でウ○○するのはやめてください。
☆初めて夫の実家を訪れたときのこと。家族との談笑中に、トイレに行きたくなった私は、『バスルーム』はどこか、と傍らの一人に聞いた。そして連れて行かれたのは、ガランとした3畳ほどの個室。全体がコンクリートで出来ていて、水道の蛇口と、床のすみに小さな丸い穴があいている。『どうしろっていうんだ?』と一瞬たじろいだのだけれど、まあ、郷に入っては郷に従えだわ、なんて果敢にもそこで用を足した。初めての一般家庭だし、何があっても驚くものか、と意気込んでいたこともある。
そして後で気付くことになるのだが、そこは『バスルーム』であって、トイレではなかった。ああ、恥ずかしい!あの時の私をみんながどう思ったか、ついに尋ねる勇気はなかった。
でもねインドのみなさん、話の途中で急にお風呂に行きたがる客がいたら変だと思って察してください。
☆娘がよちよち歩きの頃、ネパールのルンビニに、釈迦の生誕地を訪ねた。同行の詩人・Rさんの話してくれる仏陀の話など聞きながら、哲学的な気分に浸っていると、娘が『オシッコ』。嫌な予感が駆け抜ける。だからホテルでしてきなさいっていったでしょ、なんて文句を言っても始まらない。探し回って現地のお坊さんたちが使用するトイレを使わせてもらうことにした。お坊さんが使うんだから、キレイだろう、という私の淡い期待は、便器の中に堆くそそり立つウ○○を見たときに脆くも崩れ去ってしまった。
こういうときに限って、「それだけはカンベン」ということが起きるもので、娘は何を思ったか足をブルンと振って、キリン模様の赤い靴を、そのこんもりの頂上に突き立てたのだ。もうそれからの私ときたら…。靴の替えはないし、かといって娘を旅の間中裸足にしておくことも出来ず、同行の者みんなに一歩引かれながら、ウ○○靴を洗ったのでした。お寺のみなさん、外のトイレも掃除してください。
☆インドでは至る所で壁際に立つ男たちの姿が。最初に目撃した時には『まさか』と思ったものだったが、最近では風景にとけ込んで気にもならなくなった。みなさん、壁に向かって仲良く、多いときは一度に5人も立ちショ○しているのです。
インドでは男の人が腰に布(ドーティもしくはルンギ)を巻いただけというスタイルが多いので、彼らの好んでするスクワット・ポーズ(つまりはしゃがんでいる)の時などは、『さぞかし上手に防衛しているんだろうなあ』、『よくまあ、きわどいところで』といつも感心しておりました。ところが、どっこい、時々ポロリというアクシデントも…。お願いだから、見たくないモノ見せないでください!
☆一般にインドの人は、外を汚すことに罪悪感がないように見受けられます。窓から平気でゴミを投げ捨てたりします。しかし、平気で他人の敷地内でウ○○だのオシ○○だのするのに、自分の家をキレイに保つことには偏執狂的に見える時さえあります。床はほぼ毎日、消毒薬を加えた水で拭き清められ、乱雑に散らかっている家を見たことがありません。もともとモノがない、という見方もできますが、モノで溢れかえっている日本の家に比べると、インドの家はとても整然としています。片付けの才能はあるんだから、もう少し、他人の目を気にしましょう。そうすれば、インドの街もキレイになるのになぁ、ともったいない気がします。
言ってはイケナイ言葉があります
☆ヒンディー語には日本語のように敬語があります。彼の(彼に)と言うとき、ウス・コと言いますが、(例えば『彼にリンゴを渡してください』なら『ウス・コ・セブ・デ・ディージエ』のように。)相手が目上の場合にはこのウスがウンに変わります。
夫の故郷へ行くと、『髪の分け目にシンドゥールを付けなさい』や『夫の名前を口にしてはいけない』などに並んで、よく、『夫のことを第三者に話すときウン・コと言いなさい』と注意されます。(外国語だけどなんか抵抗があってなかなか口にできない…)
私は常日頃、子どもたちが汚い言葉を口にすると注意します。なので、うちの子どもたちはママがインド滞在中に連発する『ウン・コ〜』に大はしゃぎ。
余談ですが、有名なインド映画の歌の歌詞に『あの方の、心の〜』というのがあって、とても感動的に歌われる場面であるにも関わらず、観客の日本人はうつむいてしまった、というのがありました。『心』はヒンディー語で『マン』。
☆そうかと思えば、また逆も…。
ある日本在住のインド人女性が、知り合ってから2年ほど経った頃、思い切ったように告白してくれました。なんでも彼女が日本に来て衝撃を受けたのは、幼い子どもまでが大きな声で『チョウダイ!』と言っていることだったというのです。その時初めて知ったのですが、この『チョウダイ』、ヒンディー語では最上級に卑猥な言葉なのだそうです。(一説には『ちょうだい』だけでなく、『ちょうど〜』みたいな日本語もかなり危なく聞こえるらしいです。)
それを知るまでは、私はインド滞在中、子どもたちに向かって『やめてチョウダイ』『それチョウダイ』『こっちに来てチョウダイ』連発していました。周りのインド人たちは私のことどんな人間だと思っていたのでしょう?でも知ったからって、そうそうやめられるものでもない。子どもに『やめてください』って言うのもヘンだし。
それからの私は子どもや私自身が『チョウダイ』と言ってしまってから、ハッとして周りの反応をうかがい、にやついている人を見つけるたびうつむいてしまうのです。あ〜はずかしい!
ネパールでもそうかなと、ネパールに行ったとき友人の男性に聞いてみました。彼は顔を赤らめて、小さな声で、『言わない方がいいですよ』だって。
インドやネパールから初めて日本に来た人たち、『ピアノ売ってチョ〜ダイ』とか『まかせてチョ〜ダイ』などTVの中から大声で聞こえてくるんで、さぞかし恥ずかしいだろうな、と思います。
喧嘩のときの言葉は…
☆前章『そして…』の文で紹介した言葉「ちょうだい」の後日談です。チョウダイという言葉の「チョウド」までの部分が危ないことが判明しました。勇気をふりしぼって(そうでもないか?)夫に聞いてみました。
ヒンディー語でチューナーは「触る」、デーナーは「あげる・渡す」という意味。つまりチョードーは「触って!」または「して!」というかなり積極的な(エッチな)意味になってしまうのだそうです。来日した当時のSさんのとまどう顔が目に浮かびました。旅行者のみなさん、うっかり使って大変なことにならないように気を付けましょう。
☆ついでに、インド人の使うなじり言葉をふたつ。
インド人がいらいらしているとき、物事がうまく運ばないとき、または相手を叱るとき、「バヘンチュー!」と言う姿をよくみかけます。意味を知るまで私は、これはせいぜい英語で言うところの「Shit!」(これでもかなり汚いけどネ)くらいの意味だろうと思っていました。
でも、意味を聞いてみて驚いた。これは、「バヒン」(←こう書くと正確な発音が難しい…)つまり「妹・姉」と先ほどの「チューナー」つまり「触る」で「姉妹と寝るヤツ」という凄い意味になるのです。それにしても、このバヘンチュー、口癖のように連発する人も大勢います。本来の意味からは離れて使われているのだとは思いますが、日常会話に昼間っから登場する言葉じゃないでしょ?普通。(英語でも「F…」を連発する人いるけど。)
また、挑発の言葉に「サーラー」というのがあります。意味は、「(自分の)奥さんのお兄さん」。ん?と思ってよく考えてみると、これは、「お前の妹とヤったゾ!」という、とんでもないもの。男の人の口から発せられれば、確実に喧嘩になるそうです。くれぐれも使わないように。
☆他にも現地調査(笑)したときにいくつかのことばを聞きました。(大半は忘れてしまった。)H系の言葉が圧倒的に多いのは何故でしょう?日本語の「おまえの母さんでべそ」なんてかわいい方ですよね。
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