香港→桂林→貴陽→毘明


  最初この旅行は私ベロン、日本人女の子2人、アメリカ人一人(某会社の社長御曹司 元薬中、逮捕歴多々あり)の4人で出発した。 この3人は結構仲が良くマブダチだと私は思っていた(実は違う)。

 まぁこの話は後にしてアメリカ人が最初に出発し、10日後ほどに我々日本人チームは飛行機で香港入りした。しかしこの日は朝から体の具合が悪く、少し下痢気味・・・。 香港空港に着いてからも外に出ることかなわず廊下とトイレを行ったり来たり・・・、20分ほど経ってからようやく少し楽になったので外に出ると、先に出発したアメリカ人が哀しそうな顔をして突っ立っていた。 その顔はまるで無理矢理高い所に載せられた子猫のようだった。 

「何でこんなに遅かったんだ!! 最初は来ないかと心配したんだぞ!!!」
「ベロンがウンコしてたの」
「それは知っている!!そこのモニターに映ってた」
「はぁ?」←俺

 話を聞いてみると送迎者様に税関の有様が映るようになっているらしい、そして俺はそのカメラの真ん前で荷物を下ろし、カメラの前でトイレに行ったり来たりしてたとの事。 アメリカ人の隣には見た事無い女の子がクスクス笑ってた

「この人ね、貴方達がモニターに映ったらいきなり興奮してあれは俺の友人だ!!って騒ぎ出したのよ。 でも貴方トイレにずっと入ってるから・・・クスクスクス」

 ・・・香港デビューは下痢でした。


最初はWMCAに泊まっていたが、高いので何か良い所はないかと話になりアメリカ人がチョンキンが安い!!と言いだしたので、チョンキンマンション(ドミトリーホテルの集合体マンション)
  チョンキン・・・、怖かったです。 エレベーターに乗り10何階で降りると壁にが・・、

「おいおい・・・、いきなり殺されたりしないの? 俺、超怖いんだが」

とは言ってみるが、他の3人は大丈夫!!と言って僕の言うことを聞いてくれなく此処に泊まる事になった。 何故か僕だけ違う部屋・・・。 きっと下痢の仕返しだと思うが心の狭い奴等だ。

香港で3日ほど遊んでからマカオへ。 僕は賭け事好きじゃないけれど、カジノには凄く行きたかった!!なぜならばカジノにはバニーちゃんがいる!!バニーちゃんを見るために私はマカオへと旅立つ!!!!!!

フェリー乗り場でハンバーガーを食す。 食べ過ぎた為か気持ち悪くなり吐いてしまうがバニーちゃんの為気合いを入れてマカオへと出発。 マカオについてとりあずお粥を食べる、このお粥が絶品で一生忘れられない味となった。
 腹をくちくしカジノへ向かう。 門の前に

「銃器持ち込み禁止」

のマークを見たときは何故か感動した。 ボディチェックをくぐり抜け中に入る、バニーちゃんは・・・


いねぇ・・・・



何処にもバニーちゃんが居ない。 マカオカジノはバニーちゃん飼ってないようです・・・、哀しくてやり切れませんでした。ゲロまで吐いてきたのに、高い金出したのに・・・、

「バニーちゃん居ないから香港帰る!!!!!!!!!!」

ブチ切れた私は他の三人が止めるのを聞かずその脚で香港に帰る。 マカオ滞在5時間ぐらい

香港に帰ってきて又チョンキンへ・・・、数日間は一人でフラフラしてた。 友人が帰ってきたので
「俺桂林行って来るわ」
と言うと、アメリカ人が
「俺も一緒に行く!!」
と言いだしみんなで行くことになる

桂林からその脚でヤンショウへ向かう。 ヤンショウには1週間位居たがあまり好きな街じゃなく、自転車ばかり乗っていたので飽きたので団体行動のだの字も知らない俺は又
「俺、先に出るわ」
と言い放ち一人旅に出る

まず電車に乗り貴陽に向かう。 電車の中で見知らぬ中国人が
「酒好きか?」
と聞かれたので
「応、好きさ!!」
と答えてしまったので酒を大量に飲まされる。 その親爺達も先に降車し又一人となったので色々な事を考えた。 人間にとって一人旅とは大きな意味を持っていると思う、思考する時間は沢山有るので哲学的になる。 私も香港で買ってきた小説を読みながら色々な事を考えた。 


 貴陽に着いたのが朝の4時ぐらい。 とりあえず街に出るが結構都会なので少し食傷気味、すぐに安順に向かう。 安順は実に良い所で私は此処で一週間ほど滞在していた。 有名な物と言えば黄果樹が有る。 中国最大の滝、凄い迫力で僕はその滝を3時間ほど眺めていた。 きっと安順は僕が中国で一番好きな場所だと思う。 一週間もいれば少し飽きも来る、朝にチケットを買いに行って夕方に毘明へ出発。


毘明は一日滞在し、大里へゴー。 居る居る♪大麻吸ってハッピーになってる外国人達♪ こっちの部屋から甘酸っぱいにほいがする。 こっちからもする・・・。 大里は観光地と言うよりは保養地なので保養するのは良いが、大麻はね・・・良くないね。 
中国政府も本腰を入れて大麻を取り締まってはいるが、やはり蔓延してきているようだ。 偶に中国人学生が大麻を吸っているような会話をしているのを聞いたりすることがある。
大里で今風の若い日本人女性と知り合いよく遊んでいた。 話を聞くと北海道から来た旅行者で、友人と休暇を利用して来たとの事である。 仕事を聞くと ホステス と言う香ばしい答えが・・・ 

「子供が居るから大変なのよ・・・」
「あの・・・お年は?」
「私?21」
「旦那さん、居るんですか?」
「旦那? 逃げた」

実に香ばしい体験をした。 人生一期一会、チョコレートの箱を開けなければ甘いかどうかは解らないと言う生きた見本の様な女性だった・・・


そうして大里を後にし、毘明へ戻る。 やること無いので次の日には列車で大学へ帰った。
大学に帰って数日後例の日本人の女の子2人が帰ってきたが、アメリカ人の姿が見えないので聞いてみたら

「彼奴ベトナム行った」

と言われた。アメリカ人はそれから一ヶ月音信不通・・・。 待っても待っても連絡がない、一ヶ月半も過ぎた頃に電話があり

「ベトナムから出られない・・・。 税関で俺のパスポートにイチャモンをつけられ出国できない」

と泣かれた。 2ヶ月後には帰って来れたが、大変だったそうだ・・・ 何でもアメリカは世界でビッグパワーだが嫌がらせされるのもビッグなんだそうだ。 叩かれる杭は打たれるのですな。 可哀相にと同情してしまった。