シルクロード編
シルクロード編
出発
はまりまくりです。 シルクロード!! 出発する前日から興奮ハァハァです。 興奮しすぎたために全く眠れませんでした、ピコリンも一緒で
「僕も眠れなかったから朝の5時から走ってました」
この男飛びまくりです。 やはりアホなのか?! 列車に乗り込み上海に向かう、上海で何時買えるか解らないウルムチ行きのキップを購入するために・・・、運良く当日券が購入できたので上海で6時間ほど潰す事とする。 ウルムチ着は2日後、50時間も電車で揺られるのは初めてである。 金が有れば飛行機に乗れるが金がない・・、我慢する
列車内
実にやることがない。 同じ列になったのが口やかましい叔母さん、中学校の女教師(60ぐらい)、汚らしい親爺、俺、ピコリンである。
女教師とても真面目で僕がピコリンを虐めると凄い目で睨む。 でも暇だったのでピコリンが寝たから脚の親指をライターの直火で焼いてみた。
「あっっっっっっっつーーーーーーーーーーーーー!!!」
「何するんですか!!」
とピコリンが叫ぶ、「お前寝たら俺寂しいでしょ?」 と僕の心の叫びを彼に伝えた
「寂しかったら人の脚焼くんですか?!」
等とブツブツ言い出したのがうるさかったので無視する。
ボーっとしていたら向かいに座っていた叔母さんが話しかけてきた。 最初は普通に話していたが、この叔母さん話すのが好きなのかずーっと話しかけてきた。 一時間、二時間、三時間・・・。 切りがないので途中で 「寝ます」 と言い逃げるが叔母さん寂しいのか駅に着くたびにわざわざ起こしてくれる・・・
。
「ベロン起きろ!! 〜〜駅に着いたぞ!! 起きろー!!」
拷問でした・・。 一生懸命無視していたが、今度はピコリンを叩き起こし
「ベロンを起こせ!! 駅に着いたぞ!!」
と、とても親切w
「あの・・・・、ベロンさん寝ているんですけれど・・・」
「そうか、寝ているのか・・・。 起きろ!!!」
布団はがれた・・・。 ピコリンの悲しみが何となく解りました。
ウルムチ
ウルムチに到着。 体中がギシギシする・・・・、疲れ切っている・・・、下りる時に例の叔母さんに又捕まる。
「貴方達、お腹空いたでしょう? 奢ってあげるから付いてきなさい」
と誘われる。 丁寧にお断りしたが、オバタリアンパワーに負け浚われる。 何故か叔母さん超高級車の出迎えが来ており高級レストランに連れて行って貰いご馳走して貰った。 叔母さん恐るべし!!どうやら息子が石油会社の幹部らしい・・・。 お腹一杯食べさせて貰いホテルまで送ってもらった。
ホテルは人民解放軍の経営するボコダホテル。 ちょうどホテルで数日間に及ぶ人民解放軍の会議が開かれており、ホテルの中を兵士が
ザッザッザッザッザッザッザッ
っと歩いているのがとても特徴的でした。
夜はあまりにも疲れていたのでマッサージを頼むことにした。 電話して来て貰うと何故かセクシーな服を着ており
「どんなマッサージがお・こ・の・み?」
等と仰る。 「普通ので好いです」 と言うと舌打ちされた。 マッサージしながらも
「80元で好いのよ」
としつこいく聞いてくる。 ピコリンが
「ベロンさん、此奴何故か俺のチンコばかり揉むんですけれど・・・」
と不安がっていたので説明してやると少しビックリしてた。 気になったのは売春婦が
「今日はかきいれ時なのに・・・」
と呟いていたこと。まさかな・・・
二日目
街をブラブラする。 イスラム人街に入る。 彼等の黄色人種を見る目が痛い、まるで敵を見るような目で見る。 「日本人だよ」 と言うと態度がとても変わるので面白かった。 でも古本屋で知らずにコーランに触れてしまいえらい怒られた。
夜に入りピコリンがワールドカップの閉会式が見たいと言いだしたので見ることにする。 決勝戦が終わり待てども待てども始まらない・・・・。
「ふざけんな!!中国!!!!!!!!」
といきなり怒鳴りだし、ピコリンいきなりチンゲを燃やしだしたり、フルチンで部屋を走ったりしだし、最後には4階の窓からションベンをした・・・。
憂さ晴らしをさせるためにゲームセンターに連れて行く。 キック力を計るマシーンがあったのでピコリンに蹴らす。 最高記録は270kg、ピコリンが蹴る・・・
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
340kg?!
異常ですこの男・・・。 今までこんな恐ろしい男を虐めていたのかと思うとぞっとしました・・・、これからはあまり虐めないようにしようと決めました。
次の日の朝、僕が目を覚ますと何故かブルーになったピコリン・・・・。 ボソボソと話しだした
「ベロンさん・・・、なんかね閉会式試合の前にやったそうです。 俺何しているんでしょうかね・・」
この男自分の勘違いの所為で4階の部屋から立ちションベン噛ましていました。 超下品です
次の日は出発、此処でピコリンと別れて私はトルファンに渡ります。
ハッキリ言ってウルムチ最悪でした。 ウルムチの食事はとてもまずく、ウルムチに住んでいる人間はとても閉鎖的で自分達以外の人間を徹底的に見下し、中国人以外は一つ下の階級に属しているみたいな考え方を持っているようで僕もウルムチ滞在中に何回も嫌な思いをしました。 僕は中国の殆どの場所に行ったことがありますが、ウルムチほど排他的で人種差別をする人間を見たことがなかった。 もう二度といかねー!!。
おすすめホテル
博格達賓館 一泊120元(ツイン) ドミトリーはあるが二部屋
しかなく、客寄せ用のみ。 ドミトリーに泊まりた
ければ朝に行く必要がある
注 ウルムチ駅では当日券しか売っていないので2日
後以降のはホテルの斜め前有るキップ売り場
に行かなければならない。
トルファン
トルファンからは一人旅。 ウルムチが心の底から嫌いになっており、それどころかウイグル地方全てに対してかなりの反感を持ってしまった僕はトルファンに対しても不信感を持っしまっていた。
電車を降り、駅を出る。 バスに乗る為にキップ売り場に行くが5毛足りずにキップが買えなかった。 どうしようか考えていると横にいたお姉ちゃんが
「これを使いなさい。」
と言って5毛くれた!!
こんな事が僕は長期間中国にいるが初めてだ!! 感動してお姉ちゃんにお礼を言い、キップを買う。 バスに乗り駅から60km離れた街トルファン市に赴く。 洪水によって流されたのか道が無くなっており最悪のバス移動となった。
トルファン市に着き、オアシスホテルを探す。 さっきお金をくれたお姉ちゃんが心配して途中まで付いて来てくれた。 ウルムチで心底嫌になっていた僕だがこのお姉ちゃんのおかげでホッと出来た。 オアシスホテルに入ったが残念ながらドミトリーは無くなっており、何処に泊まろうか考えているとオアシスホテルのフロントが他のホテルに電話して僕のためにドミトリーを探してくれた。 トルファンの人はなんて良い人なんだろう!! ウルムチとは大違いだ。 ウルムチ人はトルファン人を少しは見習って欲しいものだ・・・。 天国と地獄ほどの差だ!!
オアシスホテルのフロントがトルファン大酒店を探してくれた。 一泊30元、良い感じだ。 フロントの人に心からお礼を言ってトルファン飯店に向かう。 見た感じは超高級ホテルだが、ちゃんとドミトリーはあった。 ドミトリーなのにTV、クーラーが付いており最高でした。 只残念なのは夜になるとホテルの庭でカラオケ大会が毎晩繰り広げられるので夜に部屋を買えて貰った。
2日目
石窟、火炎山(西遊記に出てくる奴)、高晶故城、交河故城、アスターナ古墳郡、葡萄溝、カレーズ楽園に赴く。
石窟---------1300年前の壁画が残っている洞窟。 芸術に全く興味が無く、理解も出来ない僕にとっては只の落書きにしか見えなかったです。
火炎山--------西遊記に出てくる火炎山のモデル。 石窟の帰りに横を通った。 確かに燃えている様には見える、でもそれだけ。 まぁ、話の種に見てみました。
高晶故城------1500年ほど前に三蔵法師が逗留し、此の城の国王に説法を行った実在の街の廃墟。 廃墟好きな僕としてはもう溜まらない!!。 3回は抜けそう ですw、入り口から入るともうそこは廃墟の街!!崩れた煙突や崩れた民家が沢山建ち並ぶ廃墟・・・、最高です!!廃墟の中心地が全く見えません・・・。 入り口の傍に馬車が停まっており一人10元で中心まで連れて行ってくれるそうです。 最初は歩いて行こうかと思っていましたが、余りにも遠いので馬車に乗り中心地まで行く。 もう堪りません!! 崩れた寺院や仏像が建ち並んでいました・・・、一時間ほど見て中心地を抜け歩いて煙突まで見に行こうとすると来た時に乗った馬車が何故か僕を待っており
「待っていたぞ。 さあ早く乗れ。」
と言ってきたので歩いて行きたいと丁寧にお断りしたら・・・
「なんだと?!じゃあ待っていた代金 50元払え!!」
等とのたまってきた。 「ふざけんなボケェ!!」 と言い合いになり無視して歩き出したら後ろから付いてきて金を払えととうとうと説いてくる・・・。 中国人がウイグル人を 野蛮 嘘つき と馬鹿にするのが解った。 僕は今までウイグル人を馬鹿にする中国人が許せなかったがこれじゃしょうがないな・・・。
ちなみに嘘つきウイグル人は 「お前の名前を言え、公安に連絡するからよ!!」 と言ったらいなくなった。危うくトルファンが嫌いになりそうになったが、お金をくれた女性とオアシスホテルのフロントの笑顔を思い出して危機を乗り越えました。
交河故城------怒り狂いながら交河故城に向かう。 此処は徒歩で歩くので好きに見られる。 将軍府や役所、民家が崩れた姿だが残っており民家には棚らしき物やトイレらしき物が残っていた。 当時の人々の姿を思い出しながら一人で歩く・・・。 何の音も聞こえない静寂の世界でした・・・、日本では絶対に体験できない貴重な体験をしました。 一時間ほど歩いていたら韓国人の老人ツアー客らしき人々が道端に座り込んでおりどうやらトルファンの熱気にやられ熱射病にやられたようでした。 一番奥まではいると一人の韓国人老婆が倒れており、よく見ると嘔吐までしている始末。 かなり悪化しているようなので持っていた凍った水を老婆に渡しゆっくりと休ませました。 草の根日韓友好運動しました
葡萄溝---------入場料20元を払い中に入るとそこには・・・
干し葡萄屋のみ
ふざけんな!!!!!
何で入場料払ってまで干し葡萄買わなきゃ成らないんだよ!!
責任者出てこいボケ!!!
カレーズ楽園---------天山山脈からトルファンに水を引くために数千年前地下に引かれた人口地下水脈。 大体一本60km、途中沢山の山の下を通りトルファンにたどり着く。それが数百本・・・。中国人と言うのは気合いが有るというか、勢いがあるというか、考え方がでかいというか・・・。 とりあえずスゲエの一言です。
おすすめホテル
トルファン飯店 一泊30元(ドミトリー) ドミの部屋数は沢山
あり、クーラーテレビ付き
注 庭園側の部屋は深夜カラオケが行われるので
庭の逆側に部屋を取る必要がある
3日目
この日は博物館を見てその脚でハミに向かう。 荷物を持って博物館へ・・・、博物館でボーっとしているとヨーロッパ人の老夫婦に話しかけられる。
「すみません、私達中国語が喋れないのですが通訳していただけないでしょうか?」
結構暇だったので通訳してあげた。 良い事をすると気持ちがいい、ご飯を奢って貰えるからもっと気持ちがいいw。
博物館を見終え駅に向かう、1時間かけて駅に着く、ハミ行きの列車は十二時間後だそうだ・・・、やること無いので駅で十二時間ボーっとしてました。 ハミ到着は朝の五時・・・暇だ・・・
ハミ
ハミは何も無い街。 旅で疲れた身体を癒すために訪れる、朝の五時に着いたのは良いがバスが止まっていたのでしょうがなくタクシーに乗る。 運ちゃんに交通飯店まで連れて行って貰うが残念ながら交通飯店のドミトリーはすでに潰されており無くなっていた。 するとタクシーの運ちゃん・・・
「早くこの人の為にドミトリーを探せ!! この人は中国の友人だぞ!! この所為で中国が嫌いになったらどうするんだ!!」
なんね〜よ。 と思いながらタクシーの運ちゃんに感謝する。 運ちゃんのおかげで商業賓館にドミトリーがあるのが解り、商業賓館に向かう。
この日はホテルでゆっくりして午後に博物館に向かう。 残念ながら博物館はお客が全く来ないせいか定休日でもないのに無理矢理休日にしてやがった・・・。 やること無いので博物館の前でうんざりしていると、とても可愛い女の子が 「貴方は日本人なの?」 と話しかけてきた。 女の子は二人連れで一人は超可愛いのだが、もう一人はゴリラみたいな顔をしていた。 とても可愛く、愛らしく、正に天使のような子です。 ずっと話していました、僕はこの子に会うためにハミに来たのだと思います!! 例えこの子が
小学四年生だとしても!!!
少しロリコンの気持ちが解ってしまいました・・・。
少女達と別れ長距離バスターミナルに向かう。 明日の朝に敦煌に向かうためである。
さようなら・・・・、ファハリンちゃん・・・・
おすすめホテル
商業賓館 一泊20元(ドミトリー) ドミの部屋数は沢山
ある。扇風機のみ
敦煌
バスで敦煌に向かう。 所要時間は十二時間・・・、とても疲れた。 基本的に美術品などに興味のない僕は敦煌の石窟にある壁画などはどうでもよいのだが、話の種に見ることにする。
敦煌に着いたときは上海から持ってきたウオッカが底をつき、危機的状況にあったので敦煌で洋酒を探すが、全く売っていない。 此処まで洋酒の売っていない地域は初めてだった・・・、探せど探せど洋酒は見つからず四時間探したが結局中国製スッコッチにした(結構美味しかった)。 のほほんとホテルを適当に決め中にはいると・・・・
ピコリンケンカしてたw
・・・・お前なにしてんの?!
我が問う・・・、
「あ!!ベロンさん!!!!お久し振りです!! 此奴等キップの手配明日には出来るって言ってもう五日も待っているンですよ!!!」
どうやら旅行社がいい加減な態度でピコリンに対応した所為で無駄に日にちを過ごしたようだ。 マァ怒っても仕方がない。 此処は中国である。 責任者を問いただしてみるとどうやら党幹部が数日分買い占めてしまい、民間人用のキップが回ってこないと言うこと・・・。 公僕 と言う単語を党幹部は知っているのだろうか?!
僕が頑張って交渉しその日の西安行きの鈍行列車のキップは買えたのでそれをピコリンに渡し出発させた。 ピコリン最後に
「俺二度と敦煌来ません!!最悪です、此処は!!!!」
だそうです。
僕はピコリンを送り出した後、マッタリすることにする。 疲れた身体を癒すのはこれが一番だ。 この部屋は七人部屋、やばそうなのが三人いる・・・。
ずっとブツブツ言って物をすりつぶしている日本人男性。
ずっと喋っている超ぶさいく日本人女性。
ずっとヘラヘラ笑っている韓国人男性。
此処は精神病院か?! 特にぶさいく女は俺のベットの横で何故か猫が伸びをする形で寝ている・・・。やはりこの女は○×ガイか・・・、とりあえず刺激しないために昼寝に入る。 寝ていて目が覚めるとそのぶさいく黒の下着で自分のベットの横に立っていた・・・・、勝負下着だ!!!、意味が解らない・・・、生まれて初めて恐怖感と言う物を味わった。
その替わりに良い事もあった。 Sちゃんと出会った。 とても面白い子で中国語が全く喋れないのに一人で敦煌をフラフラしている。 どうやって道とか中国人に聞くの? と聞くと・・
「日本語でね中国人に“私は此処に行きたいの、連れて行ってください”って地図を指しながら言うと連れて行ってくれるんですよ。 苦笑いしながら。 偶に無視して行こうとする人も居るんですけれど ガッ っと腕を掴むとため息付いて連れて行ってくれるんですよ。 中国人優しいですね」
と仰る。 それは恐らく日本語で “無理矢理” と言うのだが、彼女は中国人が “自発的” に助けてくれたと勘違いしている訳が分からない女の子でした。
次の日に石窟と砂漠へ向かう。 石窟の入場料はとても高く一人四十元、マァ話の種に見る。 つまんなかった。 その脚で砂漠に行く、何故か砂漠にはいるのに二十五元も取られた!!!砂漠を数kmの柵で覆い入れないようにしてやがる・・・。 共産党に対する怒りがこみ上げてきた、整備が全く必要ない場所なのにも関わらず入る事だけに25元もの入場料を取る・・・。 何を考えているんだか・・・。この二十五元は丸々国に入るわけだな。 インフラ整備費も何も要らないからね。
砂漠の中で砂丘を二つほど越えると同室の韓国人に出会った。 相変わらずヘラヘラ笑っていたので彼の怒り狂う顔が見たくて、もうすぐ集合時間なのに秘密にして置いてもっと奥の方に砂丘に進むのを止めなかった。ドンドン小さくなっていく彼・・・、どんどんやって来る集合時間・・・。 僕は砂漠を出、集合場所に着く、やはり韓国人の彼は来ていない・・・。 みんな彼を忘れたのか
「よーしみんなあつまったな。 帰るぞー」
と言い彼だけを置いて出発。 ホテルについて一時間、二時間、三時間待っても帰ってこない。
Sちゃんに話すとえらい怒られた。 深夜十二時になって韓国人が帰った来た、フラフラになって・・・、でもやはりヘラヘラ笑ってた。 もしかして此奴は凄い奴かもしれない。
三日目
Sちゃんと2人で二十km離れた場所までサイクリングしに行く。 砂漠を横目に見ながら何も無いところを走るのはちょっとロマンチック。だったのは最初の30分、後は地獄のようでした。 延々と続く砂漠、地平線に向かうが到着地が全く見えてこない恐怖・・・。 帰りはトラックを止めて20元で街まで送ってもらいました。 そして長距離バスターミナルに向かい夏峪関行きのチケットを買う。
夜はウイグルワインを一本開けて悪酔いする。
おすすめホテル
飛天賓館 一泊20元(ドミトリー) ドミの部屋数は沢山
ある。7人部屋。 部屋の中はとても熱い、
扇風機のみ
夏峪関
6時間かけて夏峪関に入る。 バスターミナルから北に歩いた処にあるホテルに入る。 かなり良心的で安くしてくれた。夏峪関ものんびりとした良い街で、僕もゆっくりと楽しめた。第一日目はゆっくりと休養。 二日目から遊ぶ事とする。 この日はゆっくりと街見物、この街の面白いところは屋台と食糧市場が一体化されており(普通は別々)屋台の親爺も売る肉が無くなると直ぐに補給が出来るという実に実用的な作りとなっていた。
二日目
この日は夏峪関(要塞)、万里の長城西北端、魏晋墓を見に行った。
夏峪関------古代此処から先は蛮族の治める蛮地とされ、中原を護る重要地として歴代有能な将軍が護ってきた関所。シルクロードを通る商人、三蔵法師、マルコポーロは皆夏峪関を通って中国に入った。 何故か超感動した。
長城最西端------どんな処かというと100mほどの峡谷があり、深さ20mの処を激流が流れていました。 さすがの中国人もこれ以上は長城を延ばせなかったので此処までとしたそうです。 渓谷に向かって放つションベンは超快適でした。
魏晋墓------三国時代に作られた官僚の墓。 地下深くに建造し、蓋を閉める前に火の着いたランプを中に吊したので墓の内部は真空化し昔の壁画が現代になっても綺麗に残っていました。 この旅行で一番僕が感動した遺跡です。
3日目
列車で蘭州に向かう。 此処でアクシデント発生!! 僕がトルファンで購入したナイフが金属探知器に引っかかり(中国では列車に乗る前に金属探知器をくぐらなければならない)公安に拘留されました。
公安2人が走ってやって来ていきなり両腕を押さえられ派出所に連行・・・。 尋問の開始です。
公安「お前!!このナイフで何をする気だ!!」
僕「いや・・、何もしませんが・・、果物切るぐらいです。」
公安「人でも刺す気か?アン?」
僕「ご冗談を(お前アホか?)」
公安「ナイフ持ち込み厳禁という事を知らんのか!!」
僕「知りませんでした」
公安「じゃあ教えてやろう。 厳禁だ!罰金を払え!!!!! 後身分証明書を出せ」
僕「え?! 罰金はご勘弁を・・・、僕は外国人で知らなかったのです。」
と言った途端公安の態度が優しくなって、笑いながら許してくれた。 無論罰金も許してくれた、でもナイフは没収・・・。 哀しかったです。 半泣きになりながら列車に乗る、10時間で蘭州に到着です
おすすめホテル
雄関賓館 一泊30元(ドミトリー) ドミの部屋数は沢山
ある。3人部屋。 クーラーテレビ付き
夏河
10時間列車に揺られ、蘭州到着。 到着と同時に夏河に向かうために長距離バスターミナルに向かう。 3時間後に夏河行きのバスがあったのでそれに乗り込むことにする。 大体3時間ぐらいかと思っていたのだが、実は十時間も揺られてしまい心体共に疲れ果ててしまう。 着いた夏河は全く観光地化されておらず、片田舎にあるチベット族の街であった
死ぬほど宗教の嫌いな僕ではあるが、チベットのラサで見たチベット仏教和尚の質素で友好的な姿を見てチベット仏教は心から感心しています。 又チベット仏教に出会えるなんて!! 感動でした!! 疲れた身体も和尚達を見れば元気になるだろう、と思い街に出る。 そこには・・・・
喫茶店に入り浸る大量の和尚。
携帯で友人と話しをしているのかとても楽しげに携帯を使用する和尚。
お会計の時にポケットから札束を出す和尚・・・
失望してしまった・・・、ラサの和尚とは大違いだ・・・、乞食を見ても 「シッシッ」 と言って追い払う姿はとても聖職者には見えなかった。 こんなのを見てしまうと
「ラサの和尚ももしかしたら表向きのみで、裏に回るとこんなのかな?」
と疑ってしまう。 気を取り直してお寺を見に行く・・・
ガムを噛みながらクチャクチャ歩く和尚、コーラのボトルをポイ捨てする和尚。
どこら辺が聖職者なの?!
夏河は確かに良い街で、夜になると星が空一面に広がる美しい街。
車もそんなに走っておらずに空気の澄んだ街。 だから逆に和尚達のすれた態度が嫌だった。 もしチベット仏教関連者が僕のHPを見たんで有れば少し考えて欲しい、外国人の目にどういう風にうつっているのかを・・・
二日目
気を取り直して大草原へ行く。 乗り合いタクシーを乗り継ぎ一時間ほどで着くそこはまさしく大地の大海原!! 一面草原で空気が澄んでいる・・・、そこで僕は
グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!! グシャン!!グシャン!!
花粉症が出た・・・。 10年ぶりに花粉症を体験しました、余りにも苦しく大草原は10分で退却。
残念です・・・。
夏河は良い街だったのですが、僕のチベット仏教に対する好印象を破壊する恐れがあったので直ぐに退却。 3日目の朝には蘭州へ帰る。
帰りのバスの中で今までの薄着がたたって下痢になる。 3時間ほどは我慢できたが漏らす一歩手前(後5分遅れたならば間違いなくバスはパニックに陥っていた)無理矢理バスを止めてトウモロコシ畑でンコする。 下品な音をぶちかましつつパーフェクトワールドを思い出す。 凄く気持ちが良かった。
おすすめホテル
華僑飯店 一泊20元(ドミトリー) ドミの部屋数は沢山
ある。3人部屋。 部屋はボロイ。
まとめ
西北地方は基本的に良い人が多い。 素朴で友好的であった。しかし例に漏れず観光地化された場所は 「いかに外国人から金をぼるか」 という事を考えている人間が多いので不愉快な思いをすることがあった。 もう少しリピーターを呼び込むことを考えた方がよい、とりあえず僕は二度とウルムチ、敦煌には行かないし、行こうとする人が居たら注意する。