朝、出掛けに旅行代理店に寄ってみた。グラナダでホテルを探して欲しいと言ったら、グラナダはおろか、その周辺の都市を含めてアンダルシア地方のイースターは大混雑だから絶対にホテルは取れないと
断言されてしまった。もう次の代理店に行く意欲がなくなってしまった。だって、そのお店の人は、
私がイースターのグラナダと言うまではやる気満々だったから。次に旅行する時は頼んでもいいかなと思った
対応だっただけに、かなりショックだった。
他の街に行こう。グラナダはいつか必ず征服してみせる。レコンキスタ(国土回復戦争)だ。
と言うわけで、次のターゲットは北になった。へんな想像をしないように。バスク地方のことである。
どうも私は、スコットランドとかカタルーニャとか少数民族の地に縁があるようなので、この際、
スペインで最も過激な活動拠点に行ってみようというわけだ。というのは、半分ウソで、じつはバスクの港町
サン・セバスチャンは食べ物がうまいらしい。ほほほ。海に面しているから毎日新鮮な魚介が安価で手に入る。うほほほ。
でも、ETAの活動が盛んなのは有名だから、生きて帰れないかもしれない。まぁそれでもいいかな、と思っている。
12時ごろ、オフィスで仕事していると、遠くのほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。「オーラァー」と大きな声で
挨拶している。Teressaさんだ。パリから戻ってきたらしい。それにしても陽気な人だ。さすがリオデジャネイロ人だ。
私のオフィスにも来て「マサァ、コメスタァ」(元気かマサ)と上機嫌だ。
よく分からんが、こっちも嬉しくなった。いや、たいした人だ。
それで、いきなりグラナダの話になった。前に話したことがあったからだが、グラナダ行きを諦めてバスクにしたと、
話したら、そうか、でもバスクもいいところだ、と慰めてくれた。
今日の仕事は、ぼちぼちだった。
先週、ようやくハラも決まったので、すこしずつ論文を書いている。論文を書くというのは、油絵を描くのに似ている。
あるいはデッサンと言ったほうがいいかな。
構図を取って、軽く色をつける。乾いたら大きく色を置いていき、また乾いてから細部を書き込んでいく。気の長い仕事だ。
でも、私は油絵は苦手だ。気が短いから。だから論文も苦手。
とは言ってられない。
今の論文は構図がやっと決まった段階だ。
さて今日の表現と行こう。
Como hay mucha gente en Granada, voy a viajer vasco durante la semana santa.
イースター週間は、グラナダは混雑するので、バスクに旅行します。もひとつおまけだ。
Tanya es un quimica de Rusia.
ターニャさんはロシア出身の化学者だ。辞書を引いて驚いたので駄目押し。
Mi madre se llama Kimiko, pero ella no es un quimica.
私の母の名前はキミコですが、彼女は化学者(キミカ)ではありません。註)男性化学者ならキミコとなる。
朝、食堂でターニャさんとコニーに会った。別に待ち合わせているわけではないが昨日もターニャさんに会った。コニーになんの仕事しているのかと尋ねた。美術館の展示のコンサルタントだそうだ。そんな仕事があったのかと驚いた。
それに音楽の研究もしているらしい。「パブロ・カザルスを知っているか?」と聞かれた。最初、聞き取れなくて
何回も聞き直したが、カザルスホールのカザルスだ。確か御茶ノ水にあったと思う。ちょっと自信ないが。
カタルーニャ人でチェリスト、アメリカの原爆実験に対して激しく抗議して、日本人からは慕われていると話していた。
知らなかったよ。さらに驚いたのはSJの最寄の大交差点に面した小さなスクエアがカザルス・スクエアだということ。
そのカザルスの研究をしていると話していた。
感心ばかりしていてまともな返事が出来なくなってしまった。いかんな。
仕事のほうは論文を書き進めている状況だ。
昨日パリから戻ってきたTeressaさんは昼間暫く仕事をして、夜、発った。
賑やかな人の出発なのでちょっと寂しい。
ばいばいTeressaさん。
今日の表現だ
Buenas viajes (ブエナス・ビアーヘス)
良いご旅行を
ようやく来週のホテルを予約した。しかも、サン・セバスチャンのホテルは高かったので(80ユーロ)、パンプローナに決めた。そこでも50ユーロかかる。
とにかくなんでもイースターのせいらしい。スペインではセマナ・サンタと呼ぶ。直訳すれば、聖週間だ。ところで、パンプローナだが、ガイドブックに載ってた写真が美しいので、期待している。歴史にはあまり詳しくない私であるが、日本でいえばゴールデンウィークと言ったところか。こちらの3大バカンスは夏休みとセマナ・サンタとクリスマス。
時期的にはお盆とゴールデンウィークと正月。なんだか日本と変わんないね。
15世紀のチェーザレ・ボルジア、バレンシア卿が果てた地として知っていた。でもちょっと自信ない。
それで、このページのアップデートの周期が乱れる予定だ。パンプローナ出発前の金曜に、
つまり日本時間の土曜朝に次のアップデートをして、その次は未定。そのうち正常化だ。
さて、今日の仕事は、論文をすこし進めただけで、一日の大半をスペイン語勉強にかけてしまった。
午前中にJosepさんにメールしたのが災い(?)した。スペイン語で書いたのである。
「最近メールの読み書きぐらいならスペイン語でも」と、タカをくくっていたのが間違いだったのである。
返事はスペイン語で来た。やぁ、スペイン語上達したじゃないか、ところで、、、
と色々話が出てきた。いやぁ、生のスペイン語はわからん。文法が自由自在だからだ。
日本人でもそうだが、文法どおりに正確に話したり書いたりする人はめったにいない。
だから、私の拙いスペイン語でも理解してもらっているわけだが、Josepさんの普通感覚のスペイン語を
辞書を引きながら読んでいくのは骨が折れる。全身複雑骨折、頭蓋骨陥没って感じだ。
途中、居眠りまでしてしまったが、なんとか2時間かかって解読して返事を書いて送った。
どういうタイミングだったのか、5分で返事がきた。こんどはメッセージが短かったせいもあって、すぐに解読。
だが返事の編集に手間取った。結局1時間かかって返事を書いて送ったら、また5分で返事が来た。
Josepさん、今日は何してたのかな?あっ、それは私に向けられた疑問ですね、耳が痛い。で、また返事を書いて
送った。今度は2時間かかってしまったので、もう返事はこなかった。やれやれ、やっと論文書きに専念できる。
いや、なに、Josepさんちで行うことになった茶会の相談をしたんですね。
ところで、茶会を営むとなると、黙って、つまり説明ナシでやるわけには行かない。いや、うっかり自分を
追い込む羽目になってしまった。だいたい、茶の湯なんて日本人相手に説明するのも困難と言うか
自分でも良く分かってないことが沢山あるからだ。でも、自分でも一応10年も先生の下に通ったことがあるし
自分の一面として位置付けてあるから、紹介するのが筋かなぁ、なんてぼんやり考えたのが仇になった。
ぼんやりはいかん。どうせ考えるならしっかり考えないとイカン。
花も習った、というか「門前の小僧」状態だが、正確には「門前のじじい」かな?
まぁ、そういう細かいことは置いておいて、というかそもそも話がそれているので、元に戻すと
茶会を営むのに最も重要なのは茶筅でも茶碗でもなくて説明であった。
気が付いていたのだが、目をつぶっていた。なぜか。しんどすぎるからだ。
実は、英語のウェブページの方は準備を始めていたのだが、それも挫折。
とにかく背景にある禅の精神を、説明?、どうやって?、自分でもわからないのに、でもかいつまんで?
どうやって?だいたい侘びと寂びの違いも説明できないぞ、えっ、弱った、、、Zzzzzzzと寝てしまったからだ。
パンプローナで山ごもりですな。
今日の表現だ。
Todos hotels estan muy caro durante la semana santa, mismo durante la semana dorada en Japon.
イースターのときはどこのホテルも高くなります。日本のゴールデンウィークと同じです。
久しぶりに今日は心地よい疲れが残った。ほぼ、一日論文書き、気分転換にカフェ、そう、今日久しぶりにカフェ・コン・イエロを飲んだ。
エスプレッソと氷の入ったコップを一緒に出してくれるもので、自分で氷の上にカフェを注ぐのである
私のお気に入りの一つだ。このシンプルさがたまらない。
論文のほうは一日かかって2ページしか進まなかったが、充実感があった。
今までノートに書きとめた雑多なことを、改めてタイプしていくと、これまで見えなかったものが見えてくる。
そのために多少変更が必要になってくるが、それも楽しい。
調子がいいときの論文書きほど楽しいものはないね。調子が悪い時は最悪だけど。はっきり言って地獄。
ところで、昼時、Quimさん(教官のほう)が言うに、昨日から春だよ、昨日の9時からね。
ウッカリしていた。昨日は春分だったらしい。
そう、もう春なんだ。バルセロナは今週からとても暖かい。すごくはっきりと切り替わる。ウッカリと言うのは、実は自分は天文学者だったっていうことをすっかり忘れてたと言うことだ。それも天体物理のような暦と関係ない分野ではなくて、ずばり暦を真部分集合として含むような分野の人間である。
数学に関しては似非数学者を標榜してきた私だが、天文学に関してもセミプロ、と遠慮しなければならない。
そしたら一体私はなんのプロなの?あな恥ずかしや。このまま死んでしまいたい、日本に帰る前に。誰か殺して!
今日の表現。
Mi padre ha muerto de cancer
私の父はガンで亡くなりました。
どうもいかんな。頭が悪い。今日は思うように進まなかった。なんだか悲しい。だめだ。数学も出来ない。スペイン語もできない。英語も怪しい。憂鬱。自分の無能さを日本の社会の特質に帰着させたり、自らの出自のせいにしたくなる、そんな自分があまりにも
情けない。私は私でしかない。例えば言語である。日本語は特異だ。言語の背景にある価値観がヨーロッパ的な価値観と
あまりにも違いすぎる。それを外国語が出来ない言い訳にする自分が悲しい。どのように出自を言い訳をするかなどは口に
したくもない。醜悪にもほどがある。私は私、ただそれだけだ。戦うのを止めたくなるが、止めれば敗者でしかない。それが真理だ。
日本では敗者には判官びいきがある。ここでは嘲笑さえもない。そんな比較をする自分がまた情けない。選択肢はない。
私は流暢なスペイン語で気の効いたジョークを言いながら一方で3ヶ月に一本は論文の掲載を決める、それで初めて普通の
人間になれるのだ。だから、なる。
今日の表現だ
Se tarda seis horas en ir a Pamplona en tren
パンプローナまで電車で6時間かかります。
朝、9時55分の電車に乗ってパンプローナに行くつもりだった。駅で切符を買おうとしたら、もう席はないよ、なんてことで、電車は諦めた。他の手段はバスだけ。北バスターミナルに行ってみるか、ちょっと遠いけど。えぇーっ普通の切符でいいのに、
ないったらないのっ、
やだやだ、なんかあるでしょ、
パンプローナでしょ、9時55分の電車でしょ、ん〜、やっぱりないね。あしたは?あさっては?
だめ、今日じゃなきゃダメ。
じゃぁ、ないよ。
その前に帰りの切符を買っておこう、と言うわけで帰りの切符を買った。簡易寝台も予約した。これは大丈夫だった。よかった。
北バスターミナルへ行く。切符を買おうと並んだ。自分の順番がきたので
パンプローナまで一枚、北バスターミナルにはいくつも売り場があるのである。で、その「あっち」に行った。空いている窓口に行って、パンプローナ?あっちだよ。ここじゃないよ
えぇ、あっち?
パンプローナまで一枚、隣の窓口のお兄ちゃんは電話中。疲れた。電話が済んだらしいので、パンプローナ?隣で買ってよ。
パンプローナ行きの切符はどこで買えるの?やっと切符が買えた。一時はどうなるかと思った。出発まで時間があるのでホテルに電話することにした。パンプローナ?ここだよ。いつだい?
もしもし、今夜泊まる予定のものなんですけど到着が遅くなるんですやれやれだ。そういえばお腹がすいた。朝から何も食べていなかった。今日はSJは朝食無しなのであった。はいはい、で、お名前は?はいはい、了解しました。いえ、どういたしまして。カチャン
15:00すぎ北バスターミナルを出た。いつのまにか眠っていたようだ。時計を見ると2時間が経っていた。
そとは見慣れぬ景色が広がる。緩やかな丘陵地帯は背の低い木々の間から地肌を太陽に向けて焦がしている。
対照的な青い空。雲さえも隠れてしまった。人気がないばかりでなく小屋さえも見当たらない。もちろん羊もいない。
まもなくしてレストランの前に止まった。車内放送があってエンジンの音が消えた。
そばにいた男性に休憩かと尋ねると、そうだ、という。これをきっかけに話し始めた。
男性の名はMarkusさん奥方のEvaさんを伴ってSan Sebastianに旅行するらしい。
バルセロナ在住のドイツ人で、職業はビデオ取材をしてTV局に売り込むことだという。
Markusさんはスペイン人のメンタリティに関心があるようだ。日本人とはどう違うか、聞いてくる。
Evaさんがバルセロナ出身だから夫婦喧嘩の原因になっているのかな?
話の途中、Evaさんが、チーズは食べるかオレンジは好きか硬ゆで卵はどうだ、と聞いてくるが全部頂戴した。
かわりに今度ワインをご馳走しようと言って別れた。9時半、パンプローナに到着だ。
彼らはそのままバスに乗って11時半ごろにSan Sebastianにつくはずだ。
パンプローナの夜は早い。バルセロナだったらこれからという時刻なのに店はどんどん閉まっていく。
かろうじて見つけたカフェに入ってまずはビールを一杯、そして道を尋ねた。客の一人が教えてくれた。
何を言っているのか分からなかったが、指差したほうへ歩いていった。そこでまた人に尋ね、ということを
繰り返しているうちにホテルに着いた。そう、地図は持っていなかったのである。
今日の表現だ
?Me ensenya donde la praza de San Fransisco es, por favor?
サン・フランシスコ広場がどこにあるか教えていただけませんか?
ホテルのカフェで朝食を取って散歩に出かける。古くて静かな町並みだ。写真で見たとおりだが写真でみた以上に生活の匂いを感じる。初夏のサン・フェルミン祭で有名だそうだが、今は単に
セマナ・サンタ休暇の消化で訪れている観光客だけのようだ。
かつては旧市街をぐるりと取り囲んでいたであろう城壁も今は北側のArga河に面した部分だけしかない。
というのは、Arga河を見下ろす高台の上に旧市街が築かれているため、この部分は地勢的に城壁が必要なのである。
石垣と河の間には緑の美しい芝が植え込まれ、散歩には快適だ。日差しが強いが日陰に入れば肌寒いほどである。
2時間ほども歩いただろうか、旧市街を一周してしまった。小さな街だ。
カフェで一休みする。Claraと鶏胸肉のサンドイッチで昼食を取る。
街を歩いていて気が付いたことの一つは、通りの名前が2重表記になっていることである。
カスティーリャ語ともうひとつ。もちろんカタルーニャ語ではない。ここはナバラ(Navarra)州、カタルーニャ州の隣だ。
よく分からないが、バスク語かもしれない。誰かに聞いてみよう。
今日の表現だ
Espero que te gusta la ciuda de Pamplona.
君がパンプローナの街を気に入ることを期待しています。(Simo先生のメッセージ)