このサイトをくまなく読んでくれた方はもうわかってると思うんだけど、とにかく家は夫婦愛、親子愛と言うのがとても歪んでいた。2番目のオヤジもおかんも両方しょっちゅう浮気してたし(笑)、殴り合いの喧嘩してたし。親子間の愛で言えば『お前なんか生みたくて生んだんじゃないわ、馬鹿ヤロー!!』としょっちゅう殴られながら、髪の毛捕まれて机の角にガンガン頭ぶつけられながら言われたもんです(笑)。言葉のアヤというもんなんでしょうが、子供ながらにとっても傷ついていたのを覚えてるなぁ。そして今までの彼氏らとの関係も含めて、20年がけで『究極の人間不信』の出来上がり(笑)。
とにかく私は人間も、愛も信じちゃいなかった。どこの家族のおかぁさんとおとうさんも、きっと惰性で残りの人生共にしてるだけだとか勝手に思ってたし(笑)。
妹の家庭内暴力でボロボロ。って言うのも重なって、それまで幼稚園の先生になりたいなんて言ってた私が(現に白梅短大付属高校受けてんだよね)もう今ではすっかり子供嫌い(笑)。もー自分の子供がこんなになったらちょーーーーうざったい!とか思う(笑)。そんな育て方しなけりゃ良いじゃんとか思うけど、うちの家庭、うちの親の子供の育て方しか知らんのだから、私がちゃんと育てられるかなんて全然保証はないのだよ。自分の子供を殴らずに育て上げることが出来るか。と言ったらまず無理だな。絶対にとっさに手が出てしまうと思う。

アンディーはその点にはとっても厳しくて、と言うより、子供を殴るって言うのがわからんと。そりゃそうだよね。古風な日本の家庭では『愛のムチ』なんて言ってよくやってた(る)んだけど(私の子供のときは学校の先生もそうだったもんね)、やっぱり、それはいけないと思う。トラウマになるぞ。当分。私みたいに開き直って『殴りたきゃぁ殴りゃぁ良いだろうがこのやろぉ!(男だったら殴り返してやる!!)』ぐらいに思える子になれば良いけど(笑)、みんながみんなそうなる訳じゃないし。
自分の子がいつも殴られるのを恐れてとっても臆病な子になったらとってもかわいそうだと思う。

外人と付き合うと言うことは私にとっては逃げだったんじゃないかと思う。日本人じゃなかったら、もっとちゃんと愛してくれるんじゃないだろうか。もっと大事にしてくれるんじゃないだろうか。生まれも育ちも毛並みも違う人とだったら何かが変わるかもしれないと。
そして私の場合それがBingo!って奴だった、んじゃないかな。アンディーの事は心底信じてるし、とても大切にしてくれてると実感してるし、『いやぁ、世の中やな奴ばっかじゃないのね』と言うのを教えてもらった気がする。

完全にトラウマから解放されたって訳じゃないけど、それでも『やっぱり私の視野は狭かった』と気がつかせてくれた人だから、これからもこの関係を大切にしていきたいなと思うのでした。