
日誌
日々のあれこれをざっくばらんに書きます。
きょくりょく仕事の愚痴はやめま〜す。
2003年5月29日
今年初の長期休暇が21日〜30日までもらえた。当初の予定では、長男の初の里帰り(名古屋)という
イベントがあったので、さすがに出港は無理かなぁ〜と思っていたが、、、名古屋から帰ったのが27日、
28日から1泊2日の航海を計画するも断念。・・・なぜか、僕の長期休暇って必ず沖縄に台風がいるんだ
よなぁ・・・。今回の台風4号は、上陸すれば歴代2番目に早い台風ということになるらしい。確かに、昨年の
日記をみると、昨年の台風4号は6月11日になってるから(おいおい、去年の夏から冬の日記は?笑)、
半月ほど早い台風上陸となる。しかも、今回は予想進路をきれいに中国地方をストライクゾーンに入れて
いるから、ちょっと不安。
今日は修理と点検をお願いしていた船外機を受け取りに行く。そして台風にむけた舫いの点検をした。
台風の上陸は明後日の早朝の予想だが、今日は既に海上は風が強く、とても出港するような日では
なかった。船外機はインペラの交換と、ギアオイルの交換、そしてなんと点火プラグにヒビが!最初は、
インペラの交換だけだったので「自分でやる」気だったが、里帰りを理由に点検依頼して正解!絶対、
自分がやったら点火プラグまでは点検しなかったと思う。
船外機を受け取り、愛艇のに戻り試運転・・・インペラ替えて冷却水の量は2倍ほどになり、順調だが、
誰かの船で見た勢いのあるジョーーーーーーーっていう小便小僧も真っ青な勢いはない。ジョボジョボ
ジョボジョーージョーーって感じである。(こんなもんだろう)インペラ交換前は、冷却水が熱湯になって
出てきた(循環する水量が少なかった為?)が、今回は常温の海水で一安心。かくして、冷却水の熱湯
でコックピットに湯船をはる野望は打ち消された・・・(船外機が焼けます。笑)。
舫いはバウ側はほぼ問題なし。スターン側がやや不安だが、急遽補強するほどでもないので、最悪の
事態に備えて、予備もやいを船体と、桟橋側にそれぞれ10メートルづつ用意した。まず大丈夫だと自信が
あるが、万が一の事態に備え、また誰かが発見された時に予備ロープがあれば、当座しのぎの補強が
できるかも、という淡い期待(甘えといわないで)もあって設置した。台風後すぐに点検に行ければ良いが
今回はそれが難しそうなので、他の空きクリートへ補助の舫いをとるなどの過剰な対策はしなかった。
その他、最悪の事態に備えて、自分用のライフジャケット、グローブ、予備ロープ(14mm)を20m、工具
一式、携帯電話の防水ケースを船からおろし、車のトランクへ入れた。
2003年1月19日
今年初の乗船。残念ながら昨年9月に転勤があり、愛艇から100kmも離れた土地に住んでいる。そして、
結婚もした。春には長男も産まれる予定だ。妊婦を家に残して遊びほうけるわけにもいかず、なかなか愛艇
にも寄れない。早く長男が成長して、ティラーを持っていてくれるよればと思う。
今日も、舫いの点検と久しぶりに船外機の暖気運転をした。春先に出港する際にエンジンすら不調では、
気分が悪いから、転ばぬ先のなんとやらだ。船外機の冷却ポンプのペラを交換する課題が残っているが、
冷却水の排出状態をチェックし、シーズンまではごまかせるかな・・・と勝手な素人判断。
2002年6月11日(火)
昨日、奄美大島沖に台風4号が接近、中心の風速が30mらしい。普段から舫いの点検は行っているので、
改めて行うことはなかったが、ブームを降ろして船体に予備の舫いで結びつけてきた。また、船内にあった
予備のロープを車に移した。これらは、昨年の台風で他の船のトラブルから学んだ。
荒天帆走というと、一番の感心事項だったが、先日不覚にも気象図を確認せずに出港し、前線の通過に
ぶちあたってしまった。ことが前線の通過だったので、荒天時間が限られていたから、結果的には反省を含め
て良い経験になったが、実際に荒天に遭うと様々な選択と覚悟をさせられた。
まず準備が不十分だった。メインのリーフ準備はおろか、観望天気を誤り、目的地へ急いだこともあり、より
によってジブも手持ちの中で一番面積のあるライトジェノアを使用していた。もちろん、ファーラーではないので
ジブをリーフすることもできず、セールチェンジもシングルハンドではできず、結果として見渡す限り近くに障害
がなかったこと、風向き、潮流からセールを全て下ろす選択をした。しかし、ジブを降ろした隙に風上に向けて
いたバウが下り、ランニングの体制になってしまった。こうなるとジャイブの選択を避けつつ、再度風上へ艇を
向けなければならなかった。ベテランの先輩方ならこのままランニングでも何の問題もないのだろうが、経験
のない自分にはジャイブの恐怖から逃れたい一心だった。また艇を風上に向けたまま維持するのも、シングル
ハンドでは耐久戦、体力・注意力の消耗戦となる危険を感じた。
2002年4月4日(木)
船外機をスターン付けから、本来のコックピット内へと移動させ、本日初テスト。船尾だと波によって船外機の
ペラが海面から出てしまうため、念願の改善のつもりが・・・自作した木製のブラケットが、ピシッとかわいい音を
あげて割れてしまった。おーい、うちの船外機は5馬力しかないんだぞっぉー。あっさり割れたので、余韻を楽し
むべく、船体にとりつけたまま帰ってきてしまった。
実はこのブラケット2作目。1作目はめでたく採寸ミスで取り付けすらままならず、お部屋で船名をマジックで
書いてオブジェとしての余生をすごしております。はっきり言って、誰が見ても「お、これってブルーウォーター21
の船外機用のブラケットだね」なんて気付く奴はいないだろう・・・(いたら怖いし、そんな人を部屋に招きたくは
ないなぁ)。
3作目をつくるのもなぁ・・・今度は少しは強度的に優れているだろう合板で再チャレンジかな。でも、また昼間
隣人が不在なのを確信してマンションの玄関で電気工具でウィンウィーン、ガガガガーとけたたましい音で作業
するのも、いいかげんどうかと思うので。・・・とりあえずヒビを何かで埋めて、2作目を再強化して再生させる
方向で考えたいと思う。
昨日は船中泊。チェーンロックを買ってきて船外機をコックピットに移動したので、キャビン内は少し広々。ただ
シンクの蛇口の改装も途中だし、船尾灯、両舷灯、オーパイなど数々の宿題をのっけたままなので、なんだか、
船内という優雅なイメージとは無縁の、作業場状態になっている。船外機も出したし、メインセールも今日ブーム
にのっけてきたし、足元すっきりしたから、次回は雑巾で磨きあげて土禁にしてしまおうか・・・なんて、しょうも
ないことばっか考えてます。夜の寒さも厚着ですごせるレベルだし、シュラフの中に居れば温かなので、そろそろ
ストーブも片付けようかな。
2002年4月1日(月)
本当に久しぶりに更新するなぁ。忘れていたわけでもなく、ネタがなかったわけでもなく、オフシーズンだった
からでもなく。なんとなく、なんとなくやってると、こうなっちゃうものだから。ま、自分の好きな時に好きなことを
書けばいいので、あんまりこだわらないでおこう。
海に親しむって、特に意識したわけでもなく、勿論、すてきだなぁと憧れはすれど海の男になるのに積極的な
わけでもなく、風をうけて海面をすべるヨットの気持ち良さにひかれて愛艇を手にし、それなりにいじって遊んで
満足している。時折、ヨット雑誌で海外のクルージングのことを読むけれど、それはそれ、世界一周のヨット冒険
のビデオも、それはそれ。僕はそこまで考えてないので、物足りないと言われても仕方ないかもしれない。まだ
目的地を決めて寄港するだけましかな。海岸で釣りをしている人や、レース中心にヨットを楽しまれている方には
もったいないとか言われてるけれど。楽しみかたは本当にそれぞれだから、許して。
最近出港してないので、そろそろ出ますか。ちょっと本職が不調なので、遊んでいる場合ではないかも知れま
せんが。何も考えず、風の吹くまま、帆を調整してすごすのも、時には良いじゃぁありませんか?
11月15日(木)
しばらくの間、船外機を取り外して自室にて整備…っていうより、やたらめったら分解して、オイルのスプレーを
かけまくっただけ(笑)。約半月にわたり、ただでさえ狭いワンルームマンションの玄関に、ドカッと横たわる船外
機…もともとマウンテンバイクも置いていたので、悲惨な狭さだった。
先日、船外機を船に戻した。舫いをきってないので、調子はまだ疑問だけど。玄関が広くなってほっとした。
それにしても最近はろくに休みがない。ろくに実力もないのに、不振店で主任を任されている。だから、常時
スランプを強要されている気分。それなりに自分のポリシーで働きかけるのだが、会社にはそれを打ち消す力
が働くみたい。期待されていないと思うと淋しいが、実績を残せないでいると、「諦められているのでは」とか、
「仕事してる?」とか言われる。限られた状況の中で、手足を縛られて、きっと最後は電話の先の上司たちの
ようになるのか…と思うと、不況にも関わらず退社する若年次が多いことにうなずける。もっとも、いきいきとし
た背中を先輩社員に見ないことが、この会社の現実だろうな、と思う。
先月末、不振店を多く抱える私の上司が、「来月予算をとらないと皆で一緒に辞表を書かないといけない」と
言った。勿論、言葉のあやだろうが、確かに僕はそんな厳しさが例え大きな会社でも絶対必要なのだと思う。
同時に予算をとっても、辞表を書かせてほしいよ、って気持ちも少なくないんだけど(笑)。まあまあ、そんな
思いにそのつどブレーキをかけながら、今に至っているわけで、多分将来的にこの不条理感は僕ナイズされて
活かされるのだろうなぁ、と思う。あーあ、私の上司がノイロウゼで退社して以来、僕をかばう人は同期や後輩
意外いないんだよなぁ、これ非常にやりずらい。先輩や上司に好かれることも仕事のひとつなんだけどさ。何も
かもが思い通りに行くのも怖いので、もう少し先でいいや。
10月17日(水)
ぬおぉ〜。久しぶりにHPを更新するなぁ。10−11日とインターポートの催しでM242(ヨット)で小豆島に行き、11日に高松で解散したあおり?で完全に息消沈してしまい・・・12日仕事してモチベーション回復させ、13日に
は実家の方で同窓会。忙しい週でした。本当に色々なことがあったぁ。
まず10日のインターポート。ニュージーランドからのメンバーが操船するために、日本の免許ユーザーが乗船
しなければならない、ということでお邪魔した。24フィート(約7メートル)のカナダ製ヨットはサイズ的には僕の
船と変わりないが、この日は前線の通過で海上は風速15mの荒れ模様。僕なら出港しないが、ニュージーの
メンバーはフルセールで何の気なしに爆走してしまう。安心安心・・・でも真似できないなぁ・・・癖になったら、
ヤバイなぁ〜なんて考えてヒール角を押さえるために風上舷に座り、膨大なスプレーをかぶりながら、ライフ
ラインにつかまっていたら・・・ぶちっ。切れたぁ〜!幸い、落水はしなかったけれど、さすがに驚いた。金属
疲労による当然の結末で、事故なく良かったと思う反面、自分の愛艇のライフラインなんてもっと年月経ってい
るはずなので、もう信用できない!(笑)。そのうち張り替えなければと思った。一見、壊れそうもないものが
やはり海上(塩にあたる場所)にあると壊れるんですね。ヨットの部品はほとんどが消耗品ですね。良かった、
愛艇が小さい古い船で。部品が安いし構造が単純だからなぁ。
12日は金毘羅さんに参り、お札をもらってきた。で、僕は翌日仕事の為、高松で帰る事に。しかし、高松は
僕にとってはちょっと辛い場所なので、かなり気持ちが押し黙ってしまった・・・。できるだけ立ち寄らないよう
にしてしまうのは、自分の気持ちに正直になれないからだろうな。そう、以前の彼女の所在地なのでした。
気をとり直して、13日は中学校の同窓会!幹事をやっていたばかりに・・・この半年で交通費だけでも10万
も注ぎ込んでしまった・・・。なんで地元にいない僕が幹事なんだぁ〜!!と叫びたい気持ちをぐぅ〜っと抑え
て。今回は特別な同窓会でした。なぜなら、私は10期目の卒業生でしたが、開校当時の1・2回生のが埋めた
タイムカプセルの開封を機に、全卒業生を対象に参加を募り、合同で行った為。もっとも、集まりすぎても幹事
の能力を超えてしまうので、結果として150人(卒業生は21期4000人を超える)ほどの参加者で終りましたが。
たぶん、タイムカプセルを埋めるときには予想もしなかったであろう、この世代を超えた集まりがすごく刺激的
で楽しいものでした。もう2度とこんな機会はないだろう・・・この機会がなければ他人でいただろう多くの年代
の方に会えて良かったです。10万円の交通費はやっぱり高くなかったなぁ、と満足満足。そうそう、9年後の
2010年2月1日には私たちが小学校に埋めたタイムカプセルの開封があるのです。それが楽しみで楽しみで。
さて、もうちょっと最近の話へ。愛艇の雨漏りが深刻だったので、おとつい仕事のあとに泊まって修理した。
パテで埋めただけなので、修理というほどではないけれど。そしたら翌日(昨日)、雨が降り・・・パテが乾くの
が早いか、浸水が早いか・・・心配でしたが雨漏りはありませんでした(ホッ)。ということで、雨漏りのチェック
で昨晩もヨットへ。昨日は船内の整理を少しして。着替え置き場だったスターン側のバースに寝てみました。
狭いだろうと思って寝たことないのですが・・・意外と広くて驚き・・・と思ったら蚊があの狭いキャビンに5匹も
入り込み、さすがに身動きの制約されたバースで大格闘!おまけにひとりで寝ると片舷が下がるため、昨日
のようなウネリのある時は、揺れまくりで決して快適ではなかった・・・ということでゲストバースにしよう!笑。
10月8日(月)
この数日はこれといった変化のない日々。子どもの頃には想像もしなかったほど、社会人ってのは仕事(会社)
に長時間拘束されるよな。朝起きたら出社の為の準備に始まり、家に帰れば、翌日に備えて寝るだけ。なんだ
か、虚しいよな。最近本当に思うけれど、1日24時間は短すぎる。2日連続で寝ずに動いて、まる1日寝て過ごす
っていうサイクルが僕には最適なのだが…会社が許さんだろうな(笑)。1日4〜10時間の勤務なんて、生産性
って面で言えば、ままごとに等しい。(あ、やば〜本音だったりして…笑)
そうそう、昨日、ヨットに乗りはじめて、はじめて落水した(笑)。落水と言っても、お尻だけだけど(笑)。昨晩、
仕事のあとにヨットに寄った。昨日は夜遅かったので、出港予定はなく、係留地を少し散歩…久しぶりに他の
船をゆっくりと観察…あいかわらず放置艇が多いけれど、夜は様々な醜さを覆い隠すので、どの船もそれなり
にかっこ良く見える。少し歩いたところに、唯一、同じ型、同じサイズのヨットがある。あろうことかそのヨットの
ブーム(マストの横棒)が留めていたひもを切って風にあおられ暴れていた。これはまずい!っと思い、ブーム
を降ろすことに…が、このヨット、桟橋から乗り移るのに一苦労。もちろん乗ったら降りるのは更に困難だが。
一通り作業を終えて…やっぱり降りられない(笑)。で、あれこれしているうちに…ああ〜桟橋に足が届かな
い〜(笑)。これは僕の足の短さとは関係ないぞぉ!で、足が届かないうちに船が戻されたので大変なことに。
船首にぶら下がったまま腕力だけでぶら下がってしまった。ぬお〜ファイト〜いっぱ〜つ!で、水面につく前に
両足を船上に上げたまでは良かったが…大きなお尻は無事着水。…この尻は俺のせいか…?
あの時、諦めていたら、ネクタイしたまま、携帯も財布も水没して泳いでたんやろなぁ〜気をつけよぉ〜。
10月4日(木)
船外機の調子がメチャ悪い!あ〜どうしてよ〜ん。まだすねているのかい。今日は出港予定ながら、風もない
ので、万が一、船外機が動かなくなったら…漂流→座礁→船体放棄→涙→笑いもの〜じゃん。ヨッティーとして
は、海況はシビアにみないとなぁ(笑)。まだ風があれば出港したんだけど(強気〜:笑)。
ま、最悪、何年かはごまかしごまかし使って、いつか新しい船外機に替えちゃおう。う〜ん、今からへそくりして
おかねばぁ…理解のない嫁だったらアウトだ…。
理想の夫婦像…旦那(私)が仕事で丘にいる間は、嫁はのんきにどっかの入り江でアンカリングして読書でも
…で、僕が家に帰ると電気もついていないわけ、もう〜!っとか何とか言いながら、ちっちゃなモーターボートで
嫁の行きつけの入り江へ…で昼寝で爆睡している嫁を起こして、そのままお船で食事をすませて…。ふふ〜ん
夢をみるのは自由や(笑)。
今日、久しぶりに学生時代の友人と長電話。どうしても結婚の話題になる。もう、みんな俺をおいて幸せに
なっちまえぃ!(プイプイ)
今日はヨットでお泊りしてたけど、明日(5日)は仕事の延長で岡山に早朝行かねばならねばで、さっき部屋
に帰ってきた(だから本当は今は5日の午前5時なのさ)。
夜2時、ふと目がさめて、おトイレ行こうとキャビンから出ると海面に小さな灯りが…なんだ、こんな時間に
夜釣りか?っと思いつつ…ん?にしては灯りがチラチラまたたいているではないか…げ、出た。見ちゃった
よぉ〜まじかよぉ〜…ふと船魂の話を思い出した。…うそ?夢じゃない?…テレビでおなじみの大槻教授の
顔が一瞬頭にうかび(笑)…そうだ超常現象なんてありえない!気を確かに懐中電灯で釣り人を探すがいな
い。仕方がない。船を動かして確かめに行こうか…おお、そんなことして不自然死でもしたら、なんかミステリー
好きの作家に感謝されかねないや…灯りに導かれて離岸して帰らぬ人に…あかんあかん、気を確かに!
などと一人闇夜にジタバタ。結局、海水の流れで灯りが岸に近づいたので、ライフジャケットを着て(やっぱり
どこか不自然死を警戒:笑)、タモをもって灯りを追いかける。すると、どうやら小さなアクリルカップに入った
ロウソクのようだ。しかし不気味だぁ〜。しばらくすると係留してあるクルーザーの舫いに阻まれて、灯りは行き
場を失っていた。タモも届かず、舫いでバサバサ海面をたたいていると…あ、舫いを思いっきりその灯りにぶつ
けてしまった(汗)。ロウソク沈没…ごめんちゃい。
しかし、あんな時間に誰だろう。ロウソク灯して流すなんて。ラブラブカップルか?それとも誰かの弔いか?
だとしたら…いや、どっちにしても…消しちゃってごめんなさ〜い。とっても幻想的なキレイな灯りでした。
10月3日(水)
明日から連休パート1。今月は、なんと連休が3回もある!本当は明日から1泊2日で組合の会合に参加する
ように言われていたのだが、天気いいし、風もよさそうだし、…明日はキャンセルして出港しよう。船外機の調子
も気になるしなぁ。ちなみに、おとつい、船外機がすねてから、夜な夜なスティの調整をした。ヨットにとって大切
なマストを支える前後左右の4本のワイヤーのこと。実は愛艇はひとつ気がかりなことがあって、それは昔一度
マストを折り、その後、補修したがマストが逆ベンド(少し前方向に傾倒)しているのだ。これを4本のステイと、
3本のインナースティで調整してごまかしごまかしやっていた。今回の調整でかなり良くなったから、明日は思
いっきりセーリングしたい。小さめの帆も補修したし、多少の風では欠航しないぞっ!
今日、少し考えていたことを例のごとくここに書いておこう。今、中古のヨットを一艇、あるかたに紹介している
のだけれど、その方は仲間で共同オーナーで運用しようと考えてみえる。お金がからむことだし、そのヨットが
私の船とほとんどかわらない維持ができる名艇だから、個人オーナーにしたら?と思うのだが、さてそれはそ
れとして。今日はこの「仲間」について少し思い出した。仲間というと、僕は随分昔のことになるが、小学生時代
から6年間かな、お世話になった名古屋のJ.L時代を思い出す。あそこで経験した苦悩や喜びなどなどが、今
の自分につながっているからと強く自負するから、というのもあるが本当に良く頭を悩ませた時代だった為か、
あの当時の仲間が非常に懐かしくいまだに良く思い出す。仲間と思っているのは私の一方的な思い込みかも
しれない。本当に、組織とか、仲間とか、動静のイメージや物事の抑揚など、様々なことを学んだ時期だった。
仲間っていうのは良い。普段、それほど意識しなくていても、安心できる仲間ってのが最高に良い。それは、
多分、J.L時代の何か有機的なつながりで仲間で居「させられていた」関係ではなく、大学時代の成くん、ムロ
ちゃん、しばちゃんのように、別にお互い意識もしてないけど、なぜか周囲から4人でワンセットのように思われ
ていた、そんな無機的なつながり、それって本当にすばらしい体験だった。大義名分のない関係ってのは、
一見して脆弱だけれども、一旦お互いの信頼が信じられたならば、それは何ものにも替えがたい輝きを持つ。
そして、淋しい裏切りによってその関係が幻のように消えたとしても、お互いの中にはさほどのダメージを与え
ないのだから、もしも自分が裏切る立場に無意識に居ても、少し救われた気分になれる。
J.L時代の仲間に戻そう。なぜJ.L時代かというと、当時私が最もはまっていた冬の星座が夜空を飾るよう
になってきたこと、拠点のある高丘に知人の子息がひとり暮ししていたことなど、最近の身近での体験から、
その時代を思うのだろう。そう、一緒に星座を見上げた親友は企業社会に挫折して故郷へと帰っていってし
まった。今ふりかえると、15年も昔の話になる。15年、20年という時間の流れが、どんな意味を持つのか。
15年前、仲間と研修合宿などを開催し、毎回、枕で円陣を組んで話した夜を思いだす。何を話していたかは
覚えていない。多分、身近な友人の噂や、学校でのことなどなど、たわいのないことだったと思う。親元を離れ
引率者はとうに別室で一杯やっていて、僕らはその明かりの漏れる隣室で、消灯して話していた。あれから
15年か。遠い過去だけれど15年といわれると、そんなに経ったか、というよりもそんな時間軸を語れる年に
自分がなったか、と感慨深いものがある。20年たって、もしもう一度、あの頃のメンバーが顔を合わせて、
同じようにあの宿泊施設で、同じように枕を円陣にして語り明かす夜があったなら、僕らは一体当時と何が
変るのだろうか。実現のありえない話だが、どこか懐かしさと共に、手の届かない遠い遠いかなわぬ夢の話
で、心が彼らに会いに駆け出していこうとする衝動を、少し感じざるをえないのだ。
10月2日(火)
今日は仕事がしんどかった〜。売上予算も達成し、やることはやった感があるが…しかしシンドイ。今日は、
ちょっと心にとめておきたい出来事があった。夜の19時半頃、お母さんと幼い子どもさんが(男の子と女の子)
が来店。買い物カゴを持ってバナナ売場へ。しかし今日はバナナは予想以上に売れて完売してしまっていた。
申し訳ありません。本日は全て売りきれてしまいました。の、お詫びの声に、淋しそうな男の子の瞳。なんだか
接客をしていて大切なものを教えられたような気がした。どんな誠意も、相手の気持ちを察した行動も、最高
水準のどんなサービスも、顧客を満足させられない場合が起きる現実があるということ、その現実を避ける為
の最大限の注意・努力と、その現実に直面したときの行動にもっと注目しておくべきだと思った。
接客をしていると、様々なことに気付かされる。今の会社ではその機会になかなか恵まれないという不満も
あるが、何もないわけではない。商品などに対する苦情に接し、お詫びでうかがうと、色々な人々に出会う。
最も忘れられないのは、初任地で初の転勤を前に対処にした最後の苦情。お詫びをかねてうかがい、遠方の
お客さまであったこともあり、少しばかりの気持ちとして(普段はできないのだけれど)、ミカンを持って出かける
と、電話をくださった御老人は私が立ち去る際、両手を擦り合せて、拝むようにお礼をされた。ものをもらったか
らではない。気持ちが通じたことの喜び。様々な接客サービスのプロである偉大な先輩方(他社:ごめん)や、
顧客の方々から、本当に深い、人としての喜びを与えられているように感じる。今の仕事に不満も多い私が、
なぜ転職をしないでいるのか、はその辺のところに答えがあると思う。もっと苦情の多い会社に行きたーい!
ってなわけではない(笑)。
10月1日(月)
今宵は中秋の名月。海の上からお月見だぁ〜!と完全に思いつきのノリで、珍しくその場に居た女の友達を
誘い、団子と飲み物だけ持って愛艇へ…。天気も良く、月もとてもきれい。月明かりで十分明るいので、よし、
出港だ〜!ということで、船外機を始動、暖気運転して舫いを放ち、いざ出港!げ、船外機が止まった…。
整備不良?…と言われても、原因が思いつかない。ペラに釣り糸でも?と思ったがそれも違う…。何度も始動
させるが、始動するしニュートラでは何ら問題ないのに、前進・後進で回転数を上げるとシュルシュルシュール。
まだ港内だったので緊急策で、小さめのジブを張り戻る…なぜか戻るときは低回転で安定して前進している。
その後、友人と別れてから再度点検…原因はやはり不明。そういえば、この艇を買った時の船外機の状態
がこの状態そっくりだった。その時は修理に出すも原因は不明。う〜ん。どうやら、お船がやきもちを焼いたと
しか思えない。
29日の件とか、丁度この日ははじめて、年頃の独身女性を乗せたことも、愛艇の気にさわったらしい。もう。
全く慌てさせられた。友達だってばぁ〜ってお船に話かけるのも…ヤバイよな…。笑
9月29日(土)
さて、久しぶりにどこかに上陸してやるぞぉ〜と意気込んでお船に行くと、おお!大先輩が出港準備中だ。
ここは挨拶、挨拶が大切よぉ〜っということで、挨拶に行くと、「乗っていく?」。一瞬、脇にある愛艇そっちのけ
で「はい!良いんですか?是非!」と答えていた自分が淋しかった。けど、日本で最も有名な小豆島の岡崎
造船のつくった「パイオニア9」というお船で、しかもかなり整備のいきとどいた船で、一度乗ってみたかったの
で、迷いなく答えてしまった。
この「パイオニア9」は僕の愛艇よりも全長が3メートル程長い。キャビンの中も、立っても天井に頭がつかな
い。居住性の違いを見せ付けられながら、「これはこれでやっぱ良いなあ」と内心強がってみた。久しぶりに、
多人数でクルージング。4人だったけど航空会社関係の方々で、普段なじみのない世界の話をいろいろと聞い
てとても楽しかった。コースは男鹿島を一周。風も良く、艇速も早い。何よりはじめて舵輪を握り、また実は今回
はじめてオートパイロットを使っているのを見た。これはすごい。便利やなぁ〜と思いつつ、来年の冬のボーナス
はこれかな?と思ってしまった。関東の某船に習い、このオーパイに今回「伊集院さん」と名前をつけた。いやぁ
実に頼もしいクルーだ。また機会があれば是非乗りたい、伊集院さんに負けない働きをしなければと思った。

帰りがけ、大好きな珈琲屋さんに久しぶりに寄って、大好きなウインナーコーヒーを頂いた。生クリームが消
えながら描く渦が、なんとも絵になる。え?あ、生クリームは消えたのではなく、僕がスプーンですくって食べて
しまったのでありました(笑)。
9月28日(金)
ぬお、長島監督が引退会見をしているではないか!巨人ファンじゃないから先日の中日星野監督の辞意の
方が、心配なのだけれど。しかし、原ヘッドコーチの言葉は大人やなぁ〜と関心させられた。長島という上司に
対する尊敬、忠誠を嫌味なく感じさせるのだから、すごい。当然あるべき姿が、当然のように成せることの難し
さを常々感じているので、特にそう感じた。大人やなぁ〜。
さて、今晩も風はオーバーパワー。明日の出港を悩ます風だ。ちっちゃい方のセールのメンテを行い、リーフ
(縮帆)して出港しようかな。先日も夕刻に出港中に風が強くなり、三角波がたってあぶなかった。まあ、色々
経験しとかないと、いざっていう時に放心状態になっても困るので、頑張ろうか。
またヨットで寝てしまった。20時頃に寝て23時に起きた。一番安心できる場所だからだろうか、たった3時間
の睡眠で、えらく気分がスッキリとしてしまった。大きい船だったらマッサージチェアでも置いて…、そしたらもう
下船できないだろうなぁ〜。妙に、ヨット人口が増えたりして…(笑)。
9月27日(木)
今日は午後で仕事を切り上げて、もやいをとく。片付けの時間がないと計算して、ひとまず機走。風は良いの
だけれど、セールをあげると、ステイの調整をしたくなるのがわかっていたから、セールはあげなかった。
会社から逃亡(ちゃんと勤務計画終了後)、1時間ほどして商品部の上司から電話があったらしい。その丁度
1時間後に今度は僕の携帯に電話が…勿論、機走中。ボボボボオ…ボコボコボコボコ…エンジンと波の音…。
今日はチラシの初日、こんなところで遊んでいる場合ではないというのが会社の常識。しかし…都合良く携帯の
電波が〜切れた(笑)はい、ごめんなさ〜い。一呼吸おいて、かけなおす(この辺は善良な部下…に見えて…)
もちろんかけた先は、着信履歴にあった某店舗(笑)。勿論誰が電話をしたかは予想できたが…「すみません、
今そちらから電話があったのですが、どなたですか?」ととぼける。出た総務のパートさん「それはちょっと、わ
かりかねます…(外線電話はあっちこっちの電話からかけれる)」…(そんなこと知ってるよよよぉ〜ん)…
「あぁ、そうですかぁ〜。じゃあ仕方ないですねぇ」(はい、完了)。明日が怖いけどなあ。ま、勤務外だし?。
ひでえ部下でごめんちゃい。
9月26日(水)
静まり返った港に航海灯を灯したヨットが静かに、水面を滑るように入港してくる様は、めちゃくちゃカッコ良い。
僕の愛艇は夜間航海禁止の限定つきなのだが、航海灯を整備し、次回の検査で夜間航行可能にする予定。
今日は、夜間航海に欠かせない、安全航海に欠かせない、「レーダーリフレクター」を購入した。この筒状の
機材をつけると、巨大船などのレーダーに愛艇が映るらしい。濃霧の中の航海や夜間の航海などには欠かせ
ない。ま、巨大船がレーダー見てなかったら意味ないんだけど。ま、「おらぁここにおるでぇ〜避けてやぁ〜」と
自己主張はできるわけだ。広大な海の上でちっちゃな愛艇の存在がマークされるなんてちょっと嬉しい。
まあ、気にしないようにはしているのだけれど、ヨットの運用方法として、僕はシングルハンド(ひとりで操船)
を貫いている。これが地元愛知ならグループで運用するのだろうけれど。今は仕事の都合上、休みも限られる
のでゲストを呼ぶのもほどほどにしている。しかし、いつかはヨットの楽しさを多くの人に伝えられるようになれ
たらと思う。そのころには30フィートクラスの、キャビンに8人ぐらい座っても窮屈でも何ともないクラスを選んで
いるのだろうけれど。その頃にも今の愛艇と連れ添えたら、それはそれでとても嬉しい。まずは出港回数を増
やして、海の楽しさをもっともっと学ばなければ。
9月24日(月)
昨晩はヨットにて御就寝。う〜ん、快適快適。涼しくて丁度良い。さすがに寒くてシュラフにもぐり込む。
ヨットの中は何もない。テレビもCDも、新聞も本も、携帯電話も護岸が高いから電波も途切れ途切れ。
電話もないし、ひとり、波にゆれて眠る。あるのはキャビンのライトと風がマストをすり抜ける音。
今日、木場YHで売りに出されているBW24(僕の愛艇と同型でひとまわり大きいヨット)を見学した。
ネットで出会った方が関心を持たれている船でもあり、先生に頼んでちょっと見学させてもらう。先生は
「この際、BW24に乗り換えて、BW21を譲ったら?」などと言う。う〜ん。一瞬、心が揺れる。この船は
ハーバーでもお馴染みの船で、整備されていることも知っている。船内を見学すると、セールは整然と
整理され(ちなみにうちの船は畳んで放置…)、ギャレー(台所)も使いやすいレイアウト。これは奥様仕様
だな…などと思う。エンジンが船外機ではなく、船内機なので、恐らく波の影響もなく出港できるだろう。
将来、愛知に持っていくなら太平洋も視野にいれるので船内機の方が有利だと思う…。
しかし、1年間、愛艇になじんでくると、船に対する好みもできてくる。BW24に替えるか?と問われると
「いやだ」と言うだろう。理由は色々。僕はキャンプが好きで、小さい頃から人並み以上にキャンプをして
きたけれど、ロッヂよりテントの方が好きだった。例えるとそういうことである。つまり、BW21はテントの
ようにお座敷のようにゴロゴロできる、しかしBW24は仕切があるので一見、応接間タイプ、玄関のある
ロッヂのようなものだ。転がれない(笑)。
勘違いされるといけないので書くが、僕のヨット、定員8名だが小さいから乗るときは、あまり人を誘わ
ない。しかも、4人ほど泊まれるのだが、いまだに僕以外、誰も泊めていない。理由は狭いから。3・4人も
いると呼吸だけで室温が上昇する。その気もないのに、愛が芽生えても困るので、女性と二人でキャビン
に入ることは絶対避けなければならない。バウハッチから逃げられるよう、これ以上、太るわけにはいか
ない!(笑)。といことで、独身の先輩女性と乗るときは、コックピット(屋外)で涼しく談笑と決めている(笑)。
今日はパイが美味しいと地元で評判のケーキ屋さんでミルクプリンを買って食べた(ちなみに、僕は甘党だ
がボロボロと食べ難いパイは好きじゃない)。このプリンのガラス容器が絶妙の大きさで、近くの海(白浜)に
立ち寄って砂浜の砂を容器に入れて、小さな貝殻を3つ入れて持ちかえる。京都のお土産にもらった線香を
焚く台に困っていたので、この容器を代用する。なかなかおしゃれで良いではないかぁ〜と自己満足。しかし
「白浜の砂」と言っても別に白くはないので、「公園の砂場の砂だ」と言われても通ってしまいそう。貝殻がない
とヤバかった…(笑)。で、実際線香を焚いてみる…男のすることではないが…。臭い、あ、灰が容器の外に
落ちよった…世の中たいがいそんなもんである。
9月22日(土)
最近、勤務後に愛艇に寄っている。車での通勤をやめたので、終電までに戻らなければならないのだけれど、
終電が23時00分と異常に早い。0時50分とかいう時刻表に慣れ親しんだ私には到底受け入れられない時間。
かといって、車で帰ると駐車場代が一泊千円なのでシャレにならない。
しかし愛艇は罪なやつである。バウバース(船首側のクッション)に吸い込まれるように倒れ、ゆ〜らゆら。
気が付くと寝ている。で、慌てて時計を確認する日が続いている。
そろそろ涼しくなったので、お風呂セット(近所に古い銭湯がある!)と着替えを置いて生活しよう!
今日の帰りの電車は、ホームに降りると同時に到着。なんか嬉しかった。
9月21日(金)
おとつい、CDを久しぶりに2枚買う。一枚は今時の、ドラマの主題歌になるような歌、もう一枚は鈴木重子の
5枚目のアルバム。ボサノバやジャズが好きで、最近、渇きを潤そうとするかのように、演奏を求めている自分。
独特の時間の流れ、テンポ、そしてその時間に付帯する空間の安定感。ピアノの伴奏に耳をすますだけでも、
癒される気がする。おしゃれとかではなくて、それも一つの要素だけれど、気取ることを要求されないフラットな
イメージ。日常の大半が仕事の現代社会、評価基準は「♯」(半音上げる)シャープさに重きをおかれている。
だから時には、またプライベートな時間には「♭」(半音下げる)フラットな人柄、生活でありたいと思う。
9月19日(水)
今日、友人のホンちゃんから手紙をもらう。そう言えば、郵便で手紙をもらうのって久々だなぁ…って、マン
ションのポストの前でしばし、しみじみ。故郷を離れての、ひとり暮らしの悲哀とでも申しましょうか…。
余談ですが、転勤の多い身なので、ほとんど住所不定状態。これが東証1部上場企業の社員か?いやいや
きっとエリートほど住所不定なんだろう…などと自分をなぐさめつつ、給与明細をみて、決定的な勘違いに気付
かされる(笑)。
さて、手紙には写真が2枚。6月に大阪で再会した時のもの。道頓堀のグリコの看板をバックにした写真と、
食い倒れ人形の前で撮った、おはずかしい写真。しかし、1枚ぐらいは関西在住なら友達と撮らないと(笑)。
久しぶりの肉筆の手紙、なんか心が温まる気がいたします。しかし、お年頃の私たちの内容といえば…、
あったあった、やっぱり書いてあった結婚観(笑)。『しないですむならしたくない』って(笑)。独身で彼女さん
空席の私には、冗談でも、もてあそばれたかったなぁ(失言!)。
転勤するたびに、住所案内をする手間から、ついつい、友人とは電子メールでやりとりをしてしまいがち。
最近は同窓会が近いことがあって1日に2〜4件、多いときで16件の着信があります。いろいろな人とつな
がっている幸せを感じ、幸せもので、僕にはぜいたくな話しだと思う。しかし、郵便でくる手紙、特に深い意味も
ないけれど、やっぱりとても温かい気持ちにさせられます。特に大切な気持ちを伝えるときは、便箋を前に
ペンをとる私ですが、日々の雑多なあれこれに流されて、なかなかそういう時間を持てなかったことに気付か
されます。気持ちを伝えることに、相手の気持ちを思いやることに、少し時間を。この秋の過ごし方が、少し
豊かになりそう。ホンちゃん、感謝感謝。
9月18日(火)
人の評価。これほど曖昧で嫌いなものはない。噂話、誰それがどうした、という話しは大体いい加減に相槌を
うっている。そんなことはどうだって良いことがほとんどだ。行動に意味を求めたら、行動を起こした側と、起こさ
れた側にそれぞれ言い分があるのは当り前だ。どちらが強いとか正しいとか深いとか、そういうものでもない。
人を責めることはしごく簡単で、自分の正論をぶってさえいれば、自分の存在を保障されたかのような錯覚に
陥る。また、人を責めて団結することは、最も簡単に人を団結せしめる。だから、極力そういった行動は控えた
いと思う。ただ、如何せん未熟な人間だから、なかなか思ったように行動できないことが多いけれども。しばし
そんなことを思い、言葉をなくす。ところが、自分の失言から学ぶこともあるというのも事実で興味深い。
恋人に「束縛」されている、という友人がいる。配偶者・子どももいながら同僚と付き合い、相手が別れたいと
言っても別れない「仕事のできる」奴もいる。職場の人間関係のことばかり話す奴もいる。仲間の恋愛を聞き、
もの思いにふける友人もいる。様々な「人」が僕の周りにはいる。一概に人を評することはできない。
しかし、どうも人は人を評する。自分を安心させる為か、奮い立たせる為か。君が君の想うように君らしく、
君であってくれたなら、君が君以外のものに何と言われようが、どうだっていいさ、と僕は思う。
今日は何かと神経を使う一日だった。たまには人間の喧騒に身をおくのも、よかろう。
9月17日(月)
おぉ〜! 10日ぶりの出勤だぁ!!何をしたらいいかわからへん、言葉も通じへん…とのたまう私。冷たい
周囲…う〜ん、何も変わっていないじゃないか…。
今日愛艇の係留費をようやく納入。お金がなかったのではなく、振り込み用紙がなかなか来なかったの!
年額7万円台っていうのはさすが関西!関東だったら30万円は下らないはず。もっともハーバーじゃないの
で、トイレと駐車場と桟橋しかありませんけど。私には十分。
夜11時に勤務終了。あ、しまった終電がすでになかった…。職場に係留してある車で帰宅。途中ヨットに
よって一休み…そのままで翌朝を迎えたことが多い。今日はさすがに家に帰る。いくらなんでも職場復帰直後
に2日連続同じネクタイじゃまずかろう…。一応、結婚前の独身の男の子である(笑)。
そうそう、昨晩、親から祖母の一周忌の日程の連絡があった。もう一年か…と思いつつ、葬儀の日に何年か
ぶりに会った親類に例外なく「次に集まるのはコウちゃんの結婚式だね」とプレッシャーを浴びせられたことを
思い出した。一周忌にまた懲りずに同じ光景が繰り返されるのだろうなあ…おばあちゃん、助けてぇ〜!(笑)
祖母の思い出を語るときりがない。幼少時に共稼ぎ家庭だったので、ほとんど祖母のもとで育った。だから、
マザコンには絶対ならない自信がある(笑)。祖母の最後は僕は勤務中だった。危篤の知らせがあったなら
どんな場面でも即座に飛んで帰る心の準備と、仕事の段取りは心がけていた。ただ、あまりにも急で、連絡が
あった時は、もう間に合わないから、仕事を勤めてから帰りなさい、との連絡。鮮明には覚えていないけれど
確か弟からの電話だったと思う。弟が知らせてきた、というのも親の配慮だったのかもしれないな。
あかんあかん、しんみりモードになってしまった。
そう、愛艇を手に入れたのも丁度その頃だったなぁ。もう一年。愛艇のキャビンの中で朝をむかえたことは
数限りない。早朝、漁に出ていく漁船の引き波で目を覚ます。そして再び熟睡。寝てばかりだけれど、会社に
あてがわれている家よりはるかに居心地が良いから仕方ない。寝る子は育つ。大人になっても育つ!(笑)
9月16日(日)
今日は、長期休暇最終日。最終日とは言ったものの、この2・3日はこっそり出社していた。さすがに10日間も
休むとスムーズに職場復帰できないので、多少の小細工をして明日に備える。
今日は会社の秋の定期転勤の内示日だった。不思議なもので、内示は辞令交付までふせておくのが決まり
だが、なぜか内示日は事前に情報が流れている。内示日を知ってしまえば、従業員の関心が転勤に集中して
浮き足だつことぐらいわかりそうなものだが…。
私の転勤範囲は全国である。下手すると海外もあるが、日本語オンリーの私を海外で試すほど会社に余裕
はないだろうから、まず海外はない。タスマニアの牧場勤務ってのも憧れたが…あまりに僕らしすぎて、親が
泣くかも。しかし、範囲は全国としながらも、実は入社以来4年間、一度も兵庫県から出ていない。人事も人の
すること、遠方から遠方という転勤は調整不可能ということらしい。
この会社で何が脅威って、この転勤ほど脅威なものはない。この脅威から逃れるべく、退社する若者も多い
にちがいない。万が一にも東北、北海道なんて言われた日には、着るものから車まで、買い換えざるを得ない
だろう。ましてや所帯持ちは大変だ。将来不安以外の何物でもないこの人事、いい加減ちょっとは考えたらど
ないやねん。
不幸か幸いか、どうやら私は今回の転勤の難は逃れたようだ(部下にとっては不幸以外の何物でもないだろ
うけれども)。もう半年は愛艇と日々じゃれあえることになった。これは仕事そっちのけで嬉しい。
今日、ここ数日真っ赤になって熱く痛かった両腕の日焼けが、水泡のようになり、皮がめくれだした。かゆい、
いたいし、じっとしていられない。明日は作業スピードが早かったりして…。そりゃ腕がかゆいからにすぎない。
9月15日(土)
昨日午後、同業者の業界4位M社が再建断念のニュースが流れた。実は自分の会社より好きだったので、
ちょっとショック(このコメントは社内秘)。休みに自分の会社も含めて、買い物に行くたびに、その雇用力に
感心するのだ。その巨艦が再建断念、従業員の不安を思うと他人事に思えない。地域社会に及ぼす影響の
大きさも今さらながらに考えさせられる。
今日も大好物のモスバーガーを食べる。しかし、モスも落ちたなぁ〜と最近良く思う。それでもモスファンなの
はモスに代わる存在がないからでしかない。昔はもっと美味しかったのに…その理由を少し考えてみた。
最近、行く先々でモスを食べていたのだけれど、ソースやマヨの分量が各店まちまちだ。これではどこのモス
へ行っても美味しいモスがいつでも食べれる、ということにはならない。昔は分量に関しても非常に厳格だっ
たのに…。先日食べたテリヤキチキンなんて、レタスよりマヨの方が多くて、チキンの味が負けてしまっていた。
以前、モスでバイトしていた頃、バイトの日は毎回1個、何らかのモスバーガーを店の負担で食べていた。
売上が伸び悩むとそれもなくなったが、同時に作っている人が味に対して曖昧になってしまったのではないか。
バイトを辞めたあと、創設者の他界などを経て、モスは長い模索の時代を歩んでいたと思う。新製品の開発、
セットメニューの設定などなど…それらはそれまで築いてきたファンの心をつかむことはなかった。マックに
対抗できる唯一の存在だったはずのモスも、敗北色が目立って感じられるようになった。
今回のメニュー改変で、モスは立ち直るかのように思えた。メニューはかつての定番にほぼ戻った。価格戦略
はデフレの今の時代にあわせた政策になっており支持が得られたはずだ。バンズなどの変更も、創設からの
オリジナルを発展的に変更した感じで、懐かしい「いつもそこにある」モスの復活のようだ。
「変えてはならない部分と、変らなければならない部分」を的確にとらえたように思えた。モスファンとしては
大歓迎だ。しかし、長い模索の中でサービスレベル、最も大切な商品の製造レベルに均一感・統一感が欠如
してきた。モスの成功はそこにかかっているといってもいい。
頑張れモス!日本の街角に、メインストリートから一本外れた小道にその小さな入口がある限り、いつもと
かわらない笑顔と挨拶と味がそこにある限り、僕は日本を愛し、モスを食べ続けるだろう!!
(オーバーだったかな:笑)
9月14日(金)
入社して4年経つが、この3年間は腕時計を持たない生活をしてきた。今は時計がなくても携帯電話で時間
がわかるので、不便ではない。時計のバンドが壊れてから、ずっと腕時計をしていない。仕事が生鮮食料品
売場担当の為、腕時計ができないという理由もある。しかし、社会人として時計を持たないっていうのは、ちょ
っとマズイ気がしていた。しかし、同時に小学校5年生から手帳を駆使し、分単位の生活をしてきた時代が嫌で
時計を持つことに嫌悪感すらある。今の時代の子どもたちも、習い事やスポーツやボランティア活動なんかで
日々の生活を忙しくしているのだろうか…。忙しい生活がもたらしたものは何か?より高い地位を得て、人から
うらやまれている人も、案外、孤独に悩んでいたりする。
さて、あれこれ悩んだ末、な、な、なんとストップウォッチを買った。仕事で時計をポケットに入れていることが
多いので、懐中時計も考えたが年齢的に似合わない。海で使うにもストップウォッチの方が楽しめるからだ。
ストップウォッチというと、作業スピードを計測する「武器」みたいなもので、職場でちらつかせると印象悪いだ
ろうなぁ〜なんてことを考えつつ(笑)。鬼に金棒?豚に小銭?(笑)
今日は他に目的もなく、すごしてみた。日焼けしたからだろうか、それとも昨夜の長電話のせいだろうか、
どっと疲れて意識を失ったように昼過ぎまで寝ていた。たまには良いよな〜。
9月13日(木)
あー長期休暇が16日で終わってしまう!!結局、愛艇で小豆島上陸!は果たせなかったけれど、身近な
目標が繰り越しになって良かったのかも。何せ迷走台風が太平洋と沖縄沖に居座ったんだから仕方ない。
天気図を見るたびに台風を指で押さえてクックククーって動かしてやりたい気分だった。
(なんて書くと瀬戸内のセーラーに笑われるなぁ…台風遠すぎて意外と穏やかなセーリング日和が続いた
ので。さすがに寄港地で台風越す勇気がなかった。)
さて、念願のホームページを開設しました。
メージャーなページにしようとか、アクセス数を競うような大きな期待を込めて作ったわけではなくて、夢の
在宅勤務にむけてのスキルアップでございます(低レベルでごめんよ)。え?とうとう独立かって?
「まぁだだよぉぉん」(笑)
では以後よろしく。