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『昇らない朝陽、明けることのない夜』
私の最初の入院。一つ上のごっちゃん、一つ下のたっちゃんが居た。 一つ下のたっちゃんが退院して、しばらく経った夏の終わりでした。 『おやすみ、また明日』 それがそのごっちゃんと交わした最後の言葉だった。 午前5時ごろ、ベットの横でする看護師さんの声で目が覚めた。 一人が隣のベットのごっちゃんに執拗に呼びかけ、一人が医者を呼びに行った。 そして、ナースステーションの隣にある1号室に移すことになった。 一番奥のベットだったため私も出すのを手伝った。 私はベットの後ろを持ち、そのまま、1号室まで運んだ。 これがごっちゃんを見た最後の瞬間だった。 その朝の申し送りで泣いている看護師さんがいた。 そして、その日の昼にはもう1号室は空室になっていた。 あまりにも突然の出来事。 私にとってのたった一つの事実は、 その日を境に私はそのごっちゃんを見ることができなくなったこと。 半分願いに似た思いで、ごっちゃんがどこに行ったのか看護師さんに聞いた。 看護師は答えて言う。 『家の近くの病院に移ったんよ』 私は頭のよくない子だった。でも、この状況のどこをどうとっても、 その答えが正しくないことだけは分かった。 だって、ごっちゃんが、私に黙って行くはずはなかった。 そう、決して黙って行くはずはないと信じていた。 でも、ごっちゃんは私に黙って逝ってしまった。 何の言葉もかけてはくれなかったし、何の言葉もかけてもあげられなかった。 そして、それから退院するまでの約一ヶ月もの間、広い広い6人部屋に一人で生活していました。 私にとって、この6人部屋が必要以上に広く感じられました。 そしてその約一ヶ月という時間は12歳の私の心に穴を開け、 歪めていくのに十分過ぎる時間でもありました。 『昇らない朝陽、明けることのない夜』 ごっちゃんには、もう二度と朝陽が昇ることはないんです。 『ごっちゃんも』白血病でした。もしあの時に骨髄バンクやさい帯血バンクがあったなら、、 彼は『今』を生きているかもしれません。 あなたが毎日、もしくは時々、目にする大きな病院には、 おそらく明日を夢見る人たちが、治療に耐える人たちが、 今を必死に生きている人たちがいるんです。 遠い国の出来事ではありません。 あなたのすぐ近くで苦しんでいる人たちがいるんです。 臓器移植は判定死により、臓器を取り出すもの。 家族には精神的な苦痛もあるかもしれません。 骨髄バンクは提供者に対し、多くの負担を強いるものです。 さい帯血バンクに関しては母子ともに負担はないものの、 さい帯血を保存する設備が必要です。 いずれも『はいそうですか』と簡単に言えるものではありません。 ですが、そのことによって助かる命もあるんです。 こんな身体となった私には、いずれも提供することができません。 自分ができないことを無理にお願いすることもできません。 ですが、この機会にほんの少しでも、ドナー登録について 考えて頂ければうれしく思います。 『昇らない朝陽、明けることのない夜』 あなたの勇気で昇る朝陽もあるかもしれません。 |