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2003年12月28日(日)【2日目】

 午後1時まで自由時間。全員で早起きをし、早めの朝食を済ませて街に出る。新聞には広州で「疑似非典(SARS)患者発生」のニュースが報じられている。東寺塔、西寺塔という2つの塔を目指して歩く。周囲には復古調の町並みが作られ、観光開発が進んでいる様子。雲南省博物館の方角に見当をつけて向かったが、清真街(イスラム街)に迷いこむ。原型を留めるヒツジの燻製肉が哀れ。スパイシーな香りの串焼き、丸いパンケーキに混じって、マントウやシュウマイも美味しそうな湯気を上げていた。

 省博物館には「担当書画精品展」という垂れ幕がかかっていた。館内に入って初めて「担当」というのが明清時代の画家の名前であると知る。筆画を極端に省略した淡白な画風が、中国絵画らしくなく、仙崖、南天棒など日本の禅画を思わせて好ましい。

 もうひとつ驚いたのは「江川出土品」の多いこと。出発直前まで知らなかったが、昆明の南方に江川李家山という漢代の古墳群があり、青銅器の一大発掘地であるらしい。中でも、大小2頭の牛とそれに噛み付くヒョウをデザインした青銅器は、昆明市のシンボルになっているそうだ。公園や博物館など、あちこちでレプリカを見たが、現代彫刻と並べても違和感がないほどモダンな造型感覚である。以後、わたくし江川氏の本貫(祖先の発祥地)は雲南かもしれない、とひそかに疑っている。

 次はタクシーで昆明市博物館へ。もとは古幢公園と呼ばれ、大理国時代の古幢(経文を刻んだ石柱)がある。入口を入ると、30代半ばのおじさんが近寄ってきた。この博物館はまだ建設中で正式には開館していない、ただし、右側の古幢展示室と左側の文物陳列室は見学可能である、あなたはどちらを見たいか?というようなことを、さらさらと中国語で話しかけられる。

 咄嗟のことで慌てながら、両方見たいです、と中国語で答えると「ニホンジン?」と不審気に訊く。「そうです」と答えると、先方は流暢な日本語に切り替わり、「私はここで日本人のお客さんのために無料のガイドをしています」とのこと。「そちらの3人の方は日本人だろうと思いましたが、あなたは中国人かと思って、中国語で話しかけました」と言う。毎度のことだが「どこで区別されるんだろうなあ」と不思議がられる。ちなみに、このツアー中、ガイドさんの案内でレストランに入ると、4人で着席しているのに、なぜか食器が3客分しか出てこないことが続き、「1人はガイドさんの仲間だと思われてるんじゃないの」という解釈もあった。

 半日のフリー観光を終え、タクシーでホテルに戻る。集合時刻まであと30分弱だが、できれば腹ごしらえをしたい。急いでホテルのレストランに入り、雲南の名物料理「過橋米線」を注文。ぐらぐら煮えた熱いスープと、麺(米線)と具(野菜や薄切りハムなど)が別皿に載って出てきた。テーブル上で麺と具をあつあつスープにくぐらせて賞味するのである。ゴマ油の効いた鶏がらスープが美味で癖になりそう。ロビーにガイドの楊さんを待たせつつ、あわただしく食べ切り、思い残すことなく、昆明を出発。

 しかし、空港のセキュリティチェックで私は大失態に気づく。いつも旅行に携帯する万能ナイフ(ナイフより栓抜きの用途のほうが圧倒的に多いのだが)を、昨夜、ビールを飲むため手荷物に移したまま、忘れていたのだ。数年前までは手荷物にナイフが入っていても何のお咎めも受けなかったが、最近はチェックが厳しくなって、裁縫セットのハサミさえ取り上げられてしまう。日本の航空会社なら「機長預かり」で運んでくれるところだが、中国では、没収もしくは空港預かりの選択肢しかないようである。我々のツアーは帰路も昆明空港を使うことになっていたので、ガイドの楊さんが「帰りに受け取りましょう」と言ってくれる。

 飛行機は正味40分ほどのフライトで大理へ。巨大なゾウリムシのような形の淡水湖、洱海(じかい)のほとり、山の上の空港に到着する。大理のローカルガイドである尹(いん)さん(男性)に出迎えられ、専用車で大理古城に向かう。あいにく小雨のパラつく曇り空の下、左手には山頂を雲に覆われた蒼山(そうざん)の連山が迫り、右手は葦の茂る湖畔で、小船を操って漁をする人の姿が見られる。なんとなく、琵琶湖の周辺、たとえば、水郷の町、近江八幡の風景に似ていなくもない。洱海を挟んだ対岸はよく晴れていて、山の稜線が美しい(比叡山みたいだ)。そういえば、短い繁栄を誇りながら、滅んでのち、省みられることの少なかった大理国は天智天皇の大津京を思わせる。人麻呂なら「大宮人の船待ちかねつ」と詠むところだろう。

 ホテルにチェックインのあと、崇聖寺へ。かわいい民族衣装を身につけたガイドのお嬢さんたちが行き来している。崇聖寺の三塔は、大理、いや雲南の観光案内に必ず登場するビューポイントである。西安など大都会の仏塔が今や高層ビルの谷間に埋もれるようにしか存在していないのに比べ、蒼山の大自然を背景に屹立する白亜の三塔には、天と地をつなぐような高度感と威厳が感じられる。

 しかし、この日、雨は次第に激しくなるばかり。崇聖寺の三塔は、倒立した影を池水に映して眺めるのが風流とされているのだが、激しい雨がたたきつける水面には、残念ながら何も映っていなかった。

 冷たい雨を恨みながら、夕暮れの古城内を少し歩く。大理は少数民族である白(ペー)族の居住区域で、白壁の目立つ独特の建築様式が見られる。また、昔から西洋人旅行客が多かったため「洋人街」と呼ばれる一角には、ほかの中国の町にない、無国籍な雰囲気が漂っている。白族料理のレストランで夕食。

 ご存知のとおり、我々の中国ツアーは「高山に登ると雨に遭う」というジンクスがつきまとっている。唯一の例外は(池浦さんの不参加だった)山東省の泰山に登ったときだが、それ以外は、五台山、長白山、峨眉山など、ことごとく天候に恵まれていない。しかし、乾季の雲南省、しかも平地でこの雨は?と思ったら、ガイドの尹さんいわく「蒼山は海抜4000メートル級ですが、大理の中心部も実は2000メートル近いんです。泰山(1545メートル)の標高より高いんですよ」と聞いて納得。「我々って泰山が限界なんじゃない?」という新説が生まれたのでした。

 食後、ホテルの売店に寄ったが、寒いのと栓抜きがないのとでビールを避け、白酒(バイチュウ)系の「南詔御酒」を購入する。思ったより飲みやすく、すぐに空いてしまった。つまみは大理名物としてイチ押しの「毛虫パン」(写真参照)。


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