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メキシコ旅行記
アメリカでの仕事も順調に終え、週末を利用して初めてメキシコへ行こうと思う。
ロサンゼルスでフォードの4WD(エクスプローラー)を借り、ルート5をまっすぐに南下。海岸線を右に見ながら、サンディエゴを越えたら間もなくだ。アメリカとメキシコの国境は難なく通過した。入管や税関の職員はパスポートの中をちらっとしか見ずに笑顔で返してくれた。国境を越えるとすぐにティファナという町がある。国境の町だけあってなかなか活気がある。しかし、信号に止まるたびに子供たちが車を取り囲み、勝手に車をふいたりするのは危なくて仕方が無い。周りを見ると旅なれた人は信号に止まらないようだ。
まずは町の中心部にホテルを取った。(「ホテルサラゴザ」一泊約40ドルくらい。驚いたことに帰国後、名前の入ったレターナイフが送られてきた)。すぐに市内見物に出た。町の大通りに沿っていろいろな店があるが、目を引いたのは革のブーツや皮のジャンバーなどの革製品であった。季節的に夏の終わりなので、お土産としてベルトと小さな折りたたみナイフを買う。そのままぶらぶら歩いていると小学生だろうか、赤いお揃いのベストを着た男の子や女の子がにぎやかに学校から出てくるのが見えた。親が自動車で迎えに来ている。ここメキシコもなかなか教育環境は良いようだと思った。
しかし、少し裏通りに入ると路地裏でボロの服を着た4−5才の女の子が小さなバスケットに詰めたリンゴを売っている。さっきの同年代の子供たちとのギャップは?ショックだった。恐らくこれがメキシコの現実だろう。リンゴを買ってあげたが、たかが一個のリンゴを買ったからといって彼女の境遇は変わるだろうか。しばらく街角に立ち、少女を見つめていた。
気を取り直し、再び町へ。もう夕方で派手なネオンが輝いている。大通りの近くのバーを覗いてみる。レストランとディスコとバーが一緒になったような店だった。聞けば手の甲にスタンプを押せば何度でも出入り自由だと言う。ビール片手に数軒の店を覗いて見る。ここメキシコの女性は皆スタイルが良い。特に最後に寄った店では若い頃のマドンナに似た女性が一人で踊っている。思わず見とれてしまった。
(写真は私ではありません。)
かなり酔って通りをうろついていると、突然警官に呼び止められた。パスポートを見せろと言っている。しかし、パスポートも国際免許証もホテルに置いて来ている。それを説明すると身体検査をするという。するとポケットにあった折りたたみナイフを見て、「非合法だ」などと言いだした。「それはそこの土産屋で買ったものでなぜ非合法なんだ。」と説明するが、英語とスペイン語でお互い意思の疎通ができない。その内その警官は無線で誰かと話しだした。するとものの5分もしないうちにパトカーが回転灯をつけてやってきた。これに乗れと言う。ここで躊躇するのも男らしくないと思い、すなおに乗込む。すると、なぜかもう一人の泥酔者が警官に押し込まれ乗り込んできた。聞けばアメリカ人らしい。しかし、かなり酔っているらしく会話がまったく成立しない。運転する無言のメキシコ人警官と泥酔のアメリカ人とともに身元不明のアジア人を乗せたパトカーはメキシコの夜の町を颯爽と走った。
警察署に着くと別の警官がまた再びパスポートを見せろと言う。さっきと同じくホテルに置いてきたと説明するが、私と私の隣に立っている泥酔のアメリカ人を見比べて、我々に対し、明らかに不信感を持っているらしい。しかたなく、日本の運転免許証を見せると、「なにを書いているか分からない」と言ってそこにいた警官みんなが笑いだした。私は馬鹿にされたと思い「何を笑っているんだ、馬鹿にするな、このやろう」と言ったが、言葉が通じない。アメリカ人とともにまたパトカーに乗せられて別の場所へ。もうどこにいるのかまったく分からない。どうやら留置場に入れるらしい。ここで狼狽するようでは日本人の名誉がすたると思い、アメリカ人と共にどうどうと留置場に入る。落書きだらけのコンクリートの部屋にトイレがあるだけ。しかも、非衛生的なことはこの上ない。どうせこの時間からはどこにも行けないし今日はここに泊まりかと思っていると酔っ払いやゲイや売春婦が次々に留置場に入れられてくる。向かいの酔っ払いが騒ぎ出した。すると番人にバケツで水をかけられおとなしくなった。深夜だというのに騒々しい。運ばれてきた3−4人の女装したオカマ集団が私を見て「カモーン」と言いながら牢屋の隙間から手を入れてくる。思わず後ずさりをする。最悪だ。相棒は寝ているし、もう遅いし寝ようか。しかし、困ったのはメキシコだというのに非常に寒い。みると牢屋の番人も毛布を被っている。相棒も寒そうだ。大抵のことは我慢できるが寒いのはまいる。お互いくっつきあって寝る。番人にはホモかと思われたかもしれない。
ほとんど寝ることができずに夜が明けた。すると相棒は呼び出されて、どうやら出所するらしい。番人は名簿のようなものを見ながら、あんたは残りと言う。名簿を見せろというと留置期限が未定らしい。警官に反発したのが影響したのか。しかし、一泊のつもりがこんなところで時間を費やす暇は無い。しかも明日ロスから帰らなければならない。足で牢屋を蹴りだすと番人が飛んできて、止めてくれと言う。なんとか説明するも言葉が通じない。とにかく電話をしなければならないという風なことを身振り手振りで説明する。ここに入所するときに持ち物は全て提出させられたが、幸いなことにポケットに偶然5ドル紙幣が残っていた。それを番人に渡すと、「少しだけ」と言い電話をかける事が許された。まず、日本に電話をかけてメキシコ大使館に電話をかけることを依頼する。しかし、帰ってきた言葉は「土日なので対応できない」と言う。しかも、「留置場に入れられるのはそれなりの理由があるはず」とのこと。頭にきたことを通り越し、愕然とする。後ろでは番人が時計を見ながら、牢屋に戻ることをせかしている。「ピンチ」
ふと玄関の方を見ると軍服を着た白人と黒人の軍人2人が名簿を片手に警官と話をしている。どうやらアメリカの軍人らしい。恐らく週末に国境を越えて遊びに来、留置場に入れられる兵隊の身元引き受けに来ているのだろう。
彼らに「私は日本のビジネスマンで、訳がわからずここに入れられた。しかし、明日ロスから日本に帰らなければならない」と言うと、
白人の軍人の方が私の目をじっと見て、「日本とアメリカは友人だ。だから私はあなたを助ける。」「今、裁判所に保釈してもらうから、ここで待っていて欲しい」
しばらくすると許可証を片手にその軍人が帰ってきた。「これであなたは自由です。」
地獄に仏とはこのことだ。重ね重ね礼を言う。その軍人の襟章にはサンディエゴネイビーの紋章が光っていた。いつかお礼をしようといつも思っている。しかし、恐らく不可能だろう。お礼にどこかで別の国でアメリカ人が困っていたら「日本とアメリカは友人だ。だから私はあなたを助ける。」と言って助けてあげたいと思う。
外に出ると太陽がまぶしかった。
日本に帰国後しばらくして、このティファナという町で日本企業(サンヨー電気)の支店長が誘拐され殺されると言う事件が起きた。犯人は地元の警察官らであった。推して知るべし。
教訓:「好奇心は時間のある時に」