今年が魯迅生誕百二十周年と言うこともあってか「魯迅の息子」、周海嬰氏が何かと話題になっている。新聞にインタビュー記事が掲載されているのを見た人もいるだろう。
その周氏の発言に対して、さまざまな場所(日本国内、国外)で議論がなされているようなので、私も時流にのって(?)自分の意見を述べてみたいと思う。
日本の新聞にのったインタビューは比較的容易に見られると思うので、ここでは中国の新聞に載った周海嬰氏のインタビュー記事をもとに、私なりの感想を述べてみたいと思う。
その一 周海嬰著『魯迅と私の七十年』について
魯迅の研究書は多く出されているが、魯迅の家族が魯迅について書いたものは少ない。
その理由ついて周海嬰氏は、「私の学んだのは科学技術で、魯迅研究は私の得意とするところではありません。それに私の父が亡くなった時、私は非常に小さく、まだ7歳でした。これでは、私には何か書くような資格は無いし、書くようなこともありません。魯迅を研究している人はたくさんいるし、とても高度な研究をしておられる。魯迅の作品やその当時の環境などについても、よくわかっていらっしゃる。私自身の見識は非常に狭く、(私の書くものは)容易に個人的色彩を持ってしまうと思います。だから私の母と、私の家族の思いにしたがって、魯迅を全中国と全世界の人々に任せたのです。」と語っている。
何故、本書を執筆、出版しようと思ったのか、という質問に対しては、「私の母の文章の多くは、皆さんの資料用にと書かれたものです。私が、私の見た魯迅を書いたのも、同じ目的からです。将来多くのことがわからないままにならないように、と書いたものです。私は今72歳(2001年11月現在)ですが、あと10年もしたらどうなるかわかりませんからね。」と答えている。そのほかに「政治的環境が好転したから」とも言っている。
要するに、本書は「魯迅の息子がみた魯迅」という「資料」なのである。私はまだ本書を読んでいないのだが、この中の周海嬰氏の見解がどのようなものであれ、それはひとつの資料として扱われるべきであり、著者自身もそれを望んでいる、ということだろう。この前提なしには「魯迅の息子」の書いたものを批評することは出来ない。本書は魯迅の研究書ではなしに、魯迅研究の為の一資料として読まれるのが望ましいのだ。とはいえ、その資料的価値がいかほどのものかということについては、まだ読んでいないのでなんともいえないが。
その二 「魯迅の息子」と言うレッテル
周海嬰氏は北京大学で物理学を専攻され、卒業後は無線の技術者として働いておられた。在学中、或いは卒業後も「魯迅」の息子として、有形無形の圧迫を感じることがあったそうだ。
在学中のある日、同級生とポーカーなどをしてあそんでいたら、「魯迅の息子は毎日トランプ遊びにうつつをぬかしている」という噂が全校に広まり、校長に呼び出されて叱られたという。そのときの校長の言葉は「おまえは誰の息子なんだ?トランプなんかであそんじゃいけない」だった。
その後、仕事についたあとでも、「おまえは魯迅の息子なんだから文才があるだろう。ひとつ職場の宣伝文でも書いてくれ」という依頼が再三ならず、半ば強制的になされたという。
まあ、世界的有名人の息子というのは損なもの、と言おうか何と言おうか・・・。周りにいた人が、ちょっとアレな人ばっかりだったのね、きっと。
その三 魯迅毒殺疑惑について
周海嬰氏は自分の著書の中で、魯迅の死が日本人医師による毒殺ではないか、と言う疑問を述べている・・・らしい(まだ読んでないんで、わかんないですけど、そうらしいです)。
このことに対して、日本人の魯迅研究家の一部では反発もあるようだが、私自身は周海嬰氏の疑問はもっともなものだと思う。大体、自分が病気にかかったときに、医者に見てもらってもさっぱりよくならない。それどころか、ますます悪くなっていくように思えるときには、その医者の治療方法に疑問を抱くのは、当然と言えば当然だろう。私の知り合いにも、病気入院中に医療書を片っ端から読みまくり、自分の症状から病気の種類を分析し、担当医師と治療方針のことでもめにもめた人間がいる。そこまでいかなくとも、家族や友人に対して医師や治療法に対する不安や不満をぶつけるのは、病人共通の心理といっても良いだろう。ましてや、魯迅は仙台で医学を学んでいるのだし、治療法や薬の成分について家庭内でなにか言っていたとしても不思議ではない。それを7歳の子供がきいて、父が毒殺されたんじゃないか、と思い込んだとしても、ありえない話ではないだろう。
その当時の状況から言えば、日本人医師にかかるよりも、中国人医師にかかるほうが、遙に毒殺の危険性が高いのは明らかであるし(なぜなら、魯迅は国民党の敵だから)、なにより須藤医師には魯迅殺害のメリットが無い。ここらへんの論証はすでに行われているので割愛するが、ようするに親族が病没した場合、その遺族が病死の責任を主治医に押し付けると言うのは良くある話で、「魯迅の息子」も例外ではなかった、ということだと思うのだ。
その四 周海嬰氏
新聞に載った写真で見る限りでは、年齢のせいもあるだろうが、魯迅に似ているとは言いがたい。その風貌、発言内容は、「魯迅の息子」と言うよりも、現代中国人のそれであるように思える。
私自身、魯迅の一読者として、私なりの魯迅像があり、それは必ずしも、他の方々の魯迅像とは一致しない。魯迅の息子である周海嬰氏と、魯迅の読者である私では、その魯迅像はほとんど一致しないだろう。しかし、私はあえて言うが、それは周海嬰氏の魯迅像が真実に近く、私のそれはまったくの虚構、空想の産物と言うことではないのだ。私は、私の見ている「魯迅」が魯迅の一面でしかないことを認める。しかし、それと同じように魯迅の息子の見た「魯迅」もまた、魯迅の一面でしかない。ただ、彼の視点は「魯迅の研究者」や「魯迅の読者」のそれではなく、「魯迅の息子」という特殊なものであり、その意味で、周海嬰士の発言や、著書の内容に注意が払われても、それは当然だし、必要なことだと思う。だがそれらの内容にいちいち憤慨したり、失望したりする必要は微塵も無い。周海嬰氏自身が言うように、「魯迅の息子」は魯迅ではないのだから。 |