|
不定期に書き綴る日記です。気軽に読んでください |
|
|
|
旅行に出て私はかなりの安宿に泊まり歩いた。 その金額にあったダニや南京虫にくわれた後もその値段に含まれているのであろう。 日本に帰り母にかなりの勢いで叱られた。 「女の子がそんな汚い格好で、虫刺さればっかりで、そんなに焼けて帰ってくるなんて!!!」 母が久し振りのわたしの帰国で、わたしの大好物の焼き肉をご馳走してくれる・・・とのことで、家族でご飯を食べに行くことになった。 すると、母が百貨店で買い物がしたいと言い出し、他の家族を待つ間ショッピングをする事になった。 母の行く所は何故か若者向けの服売り場。 うーーん。 企みはわかった。 時々母は父とたくらんで、汚い格好をしている私に服を買おうとするのである。 うちの妹はブランド好きのお買い物大好きな、いまどきの子である。 妹と比べるとあまりに質素な私をみて、いつも気を病んでいるようである。コトあるごとに服を買いなさいとお達しがある。 いいわけだが、決しておしゃれに興味が無いわけではない。化粧をしないのは肌に余計なものがついているのが嫌なだけで、服を買わないのはあまりにも早く変る日本の流行に、その一時のためだけの服を買うのが嫌なだけである。 まあ。。。何が流行か、よくわからないのも事実だけど・・・ 綺麗に着飾り、高級ホテルで宿泊するのも好きなのだが、やっぱり安宿の魅力もある。 一方だけに偏らない、両方の魅力を知ってしまったら安宿使いたくなるんだよねえ・・・ ゴキブリをペットとして買うのも楽しいじゃないですか・・・?? |
|
|
|
|
|
日本は本当に年齢を気にする国だとつくづく思います。 かく言う私も今年大代(??)を迎えました。 自分では何も感じていなかったのに、周りからあまりにも指摘される事で、自分が改めて日本での年齢での扱われ方を再確認した事になります。 添乗員でいるからか、外国で過ごす時間が長いからか、あまり年齢というものを気にしません。 添乗員同士友達になるのも年齢は全く関係が無いし・・・年齢をいまだに知らない友達がいるのも確かです。 年齢を重ね得る事は経験や実績に裏付けられた自信でしょう。これは重ねないと得られないものかもしれません。 しかし、個人的に私が新しい事を学ぶ上で1番吸収できた年齢というとはるか遠くの16歳や17歳の時でした。 人の生き方によってそれぞれ実年齢と精神年齢というのは違うと思います。 年配の方の中に、年配であるだけで、年下の人よりも多くを持っていると思い込む人たちがいるのも確かです。 実際に年月だけではない、個人差で何を得ているか違うのですから、年齢に関わらず、年下の人からも私は学ぶ事が大変多い。 一度イギリスで働いていた時に、こういう言葉を戴きました。 「ひろと出会えて嬉しかった。この職場に新しい風を吹き込んでくれてありがとう」 日本のように年配の人が若年者を、無能として扱わずに、新しいエネルギーだと受け入れ、素直にどの年齢の人からも学べる事を吸収していくように・・・ 年齢を重ねれればいいのですが・・・ |
|
|
|
|
|
私は結構な議論ずきで、人と違う意見の交換をするのが好きである。 しかし、これも人それぞれで、全く議論をしたくない人もいる。 というよりは、議論そのものに興味がない人もいる。 そういう人を羨ましいと思うのは、議論の中で何事も「人それぞれでしょ??」という当たり前のことを言うことに終始し、議論の渦の中に入ってこないでいれることである。 そうすることが、一番安全に人との関わりをつなげていくことだとは思いつつも、ついつい、自分の意見を言ってしまう自分にいつも後で後悔する。 やっぱり日本で自分の意見をいうよりは、おとなしくしているのが一番なのにね。 |
|
|
|
|
|
私の職業が添乗員だと人に告げると、必ず、「じゃあ、英語話せるんですよね??」と聞かれる。 現在スペイン語を新たに勉強し始めて、長年学生の時に英語を学んだ時間が本当に惜しいと感じる。 語学を学ぶ時に、どの程度必要とするかでずいぶんと勉強しなければならない時間が変わってくると思うのである。私の今の程度の英語であれば、たっぷり2年ほど学べば、、、の程度だと思う。 しかし、個人的に思う事だが、ある程度であれば語学能力は伸びるが、それより先はその個人のもつ、知識の深さや言語能力だと思う。 語学そのものを知っているというのも重要だが、その人の表現力や、文章を組み立てる能力がその後の語学の壁なのではないだろうか。 なので、日本語の上手な人はきっと他の言語能力にも優れていると思うのである。 ということは???わたしは??? かなり自信のないところですねえ・・・・ |
|
|
|
|
|
そんな自然の中で私が思っていたこととは、小さな自分の存在を感じたことでした。 そして、つまらない悩みをずっと考えていることでした。 自分の小ささを噛み締めながら、そんな自分と向き合うには本当に最高の時間だったと思います。 忙しく毎日を過ごすのも何かの目標を持って生きるのも、それはとてもすばらしいことだと思います。 ただ、自分の小ささを確認して、普段気付けないことに感動する。 そういう時間を持てた最高の日にちでした。 毎日浴びているシャワーや食べているご飯、着ている服そんなところにも感謝でき、またこのような自然の中で生きている人たちの美しさにも感動できました。 |
|
|
|
|
|
そんなサハラが私に与えてくれた感動。 地面がこんなに暖かかったのか こんなにたくさんの流れ星があったのか 水がこんなに大切だったのか 木陰がこんなにも安らぎをくれるのか 自然がこんなにきれいなものだったのか |
|
|
|
|
|
モロッコのメルズーガというところから、ザゴラというところまで12日間のトレッキングツアーに出てきました。 今まで知っていて知らなかったことがこんなにあるのかと、感動をたくさん持って帰ってきました。 40度を超える砂漠の中で昼間に歩くと日射病にかかるため、昼間は木陰で休むようにはしても、水を求めて日中に前に進もうとすると途中吐き気を催したりします。 私ははじめの数日間には毎日4時間ほど歩いてはいたのですが、足の裏の豆が数度つぶれたため、途中からペースについていけなくなり、ラクダに乗ったまま状態になりました。 仕事柄一日3時間は歩いているはずなので、自分のことを過信しておりました。 こんなに自分がやわなのか目の当たりにし、少しびっくりしています。 しかし、自分のペースで歩いて2日に一度ほどの井戸水の出ているところにたどり着けなかったり、日射病にかかったりしないように自分の足で歩くのは断念しました。 |
|
|
|
|
|
アラビアの国では男の人と女の人がすっぱり別れていて、女性はひっそりと男性の影に隠れるように生きています。 その分なのか、男性は女性の分までなのか、私たち外国人に無遠慮に立ち入ってくるので、少し嫌な気がします。 人懐こさと、無遠慮さのミックスで、気分の乗らないときにはめんどくさいというのが正直なところでしょうか?? アラブの国はどこでもそうですが、カフェやレストランでめったに女の人の姿を見ることがありません。 そのため、私のように一人旅をしている女の子には、クッキーとバナナ、そしてサンドイッチを店で買ってホテルに持ってかえるくらいが関の山でしょうか??お酒の好きな私にとってはもちろんお酒なんてもっての外。しばらくダイエットだと思って我慢するしかありません。 それにしても、隣の男のひと。いいかげんどこかに行ってくれないかしら・・・・ |
|
|
|
|
|
阪神大震災の辺りからボランティアという言葉が広く日本でも知れ渡るようになってきました。 私はたまたま大学で社会福祉の勉強をしていたので、ボランティアというものに何の抵抗もないのですが・・・ 不思議なものでボランティアアレルギーの人がいます。私が英語を覚えたのもイギリスにボランティアに行っていたからです。 そういう話をすると、なにかアレルギー反応を起こすように、「偽善」がからんだお話が始まります。 もっと、気楽に自分の経験として、楽しんでくれれば、きっと違う幅が広がるのに。。。と思うひろです。 |
|
|
|
|
|
なぜだか分かりませんが。若者はツアーに参加することを毛嫌いします。 このように中米というところに居ると、ツアーに参加せずに何でも自分でできる人たちが多いので、さらにツアーのことを馬鹿にするところがあるようです。 彼らの魂は人と違う経験であり、どこに行ったか。たとえばアフガンに行った経験などが重要みたいです。 彼らは必ずサンダルを履いています。(なぜだろう???) 彼らの話はほんとに面白いですよ。 中国で自分の乗った自転車が線からはみ出して笛をふかれたことや、トイレの話、アフリカでマラリアになったこと。みんなよく生きてるよねーーーという風な。 でも、一番話題になるのは、中国が多いですね。彼らのひまわりの種の食べかたの華麗さや、トイレでの潔さ。 やっぱり中国は奥が深いのでしょうね。 |
|
|
|
|
|
バックパッカーはどうも1960年だい後半からが始まりだそうです。
私たちがいろんな所で出会う、いわゆるバックパッカーのハシリの人達というのはその頃学生運動をしていたひと、ヒッピーと呼ばれる人達の生き方に夢を抱いていた人などが多いようです。 その頃に海外に出るというのは本当に難しい事で、ずいぶん苦労されたようです。 それが1970年の大阪の万博によって海外に行き来する事がずいぶん緩やかになり、そのあと、海外旅行が急増したそうです。 私たちのように日本のパスポートを持っているだけでありがたいほど簡単に海外に行く事のできるのは、そのような歴史を経ているということに感慨を覚えます。 現在その頃の年代の人達がツアーなどで海外に出かけられますが、そのような心を抱いているのですね。 |
|
|
|
|
|
女性は便秘が多いですが、男性は下痢が多いようです。 ここに来てお腹が痛くて悩んでいたので、そんな事をつい思い出します。 日本人のトイレに対する欲求はいつもビックリするくらいで、2時間に一度くらいのトイレ休憩を取るようにしておりますが、トイレが無いことに対する恐怖心が先に立ってしまうようです。 西洋人に関して言うと、日本人がそんなにトイレに行くことが不思議だそうです。どうも、それは体の作りにも原因があるようで、西洋人は腸が長いそうで、トイレを行くのは日本人よりも少なくてすむそうです。 ちなみに、便のほうですが日本人のそれはやたら臭いそうです。 トイレのことを考えずにすむ日はいつになるのやら、、、 |
|
|
|
|
|
世界にはいろんなトイレがあるが、やっぱり一番こまったのは、中国のトイレです。 穴が大きく掘ってあり、そこに何本かの板をわたし、それをまたぎながら板の間に用を足すというものである。前の人のお尻の穴を見ながらの行為である。 男女の区切りはカーテンで仕切られているのみ。 中国人は結構シモに関することに大らかで、トイレにドアがあっても開けっぱなしでスカートを捲り上げたり、ズボンをすらしたりする。観ているこっちが恥ずかしい。。。 子供の服もはじめから、下の部分のみ穴があいていて、いつでも何処でも垂れ流しOK!! 日本は下水設備の行き渡りは低いものの、水洗トイレの普及率は高い。だから、トイレに紙を流せない所というのはなかなかない。 しかし、紙を流せない所は結構多くって、ここグアテマラも紙はごみ箱行きとなる。トイレ事情は本当に奥が深い。パッカーの話しで下事情が結構盛んに論議されるのも、うなずける。 |
|
|
|
|
|
さて、やってきました。グアテマラのアンティグア。 ここは世界各地からスペイン語を習いにやってくるという町で世界遺産にも指定されているとてもきれいな街です。 私はペンション田代という、アンティグアで一番有名な日本人の経営するバックパッカー御用達の安宿に宿泊しています。 3人の相部屋でトイレ、シャワー共同のとっても素敵なところ!!ははは。 でも、本当に素敵なところです。日本人のバックパッカーの話を聞いていると、わたしが添乗で行ってきた国の少ない事、行った場所の幅の狭さを思い知らされます。すごいですよーー。ここの人のパワーは。 もっともっと、世界を知りたくなりました。ツアーでおいしいところをとってるし、ガイドが付いて知識も増えますが、こうやって時間を過ごし、見えてくるものの違いに感服。 それぞれの良さがあるけれど、こちらの世界にもはまってしまいそう・・・ |
|
|
|
|
|
自慢じゃないけど、英語はまだまだ苦手です。やっぱり、何不自由なくって言うのは程遠いですし、招待されるパーティーの会話に入っていくのは結構難しい。恥ずかしながら。 でも、結構わからないということは好きかもしれない。 日本の人と一緒にいると特ににお客さんなんだけど聞きたくない言葉まで聞こえてきてしまって本当に嫌な時がある。 いっそうわからない方が幸せな時が多い。 そう思うと、外国語の中にいると自分の神経をある程度集中させて、英語モードに変えないと英語が入ってこない。 そういうことを考えると、自分に必要な情報だけで暮らしていくことができるので気が楽。 言葉の凶器に恐れていますので、そのあたり過敏になっているのかもしれない。 |
|
|
|
|
|
アメリカに来て一番贅沢だと思うのは、スペースの使い方。 土地がいっぱいあるからだろうけれど、部屋のインテリアにしても日本のように多い荷物をいかに片づけることよりも、余ったスペースをいかに遊ぶかということが大きな課題のようなきがする。 無駄というのは豊かさの一つですね。でも、やっぱり、ゴミの山は納得がいかないですけれど・・・ |
|
|
|
|
|
今まで何度かアメリカに行ったことはあるけど、入国で嫌な思いをしたのは初めてです。 今までそんな話は何度となく聞いてきたけれど、本当にきぶんわるーーーい。 今回私は馬鹿なのでアドレス帳をスーツケースの中に入れていきました。 入国のときには必ず自分が滞在するところの住所を書き込まないといけません。しかし。。スーツケースの中でした。 で、聞かれたことは 「どこに滞在するの?」 「友達は日本人? 」 「友達の職業は?」 「知り合ってどれくらい?」 「なんで、知り合って5年も経ってるのに住所も知らないの?」 ほうっておいてよーー。別に仕事探しにきたわけじゃあないさ。なんで身も知らないあんたにそんな事言わないといけないのサーーー 住所はスーツケースの中だって。車でむかえにきてくれるんだから、別に住所いらないでしょ? それに、あなた、中国人じゃない? どうきいたってネイティブアメリカンじゃないでしょ? なんでそんな人がそんな目つきできかないといけないの? あなたも苦労したんでしょ? もっとやさしくしてよーーーー ・・・という入国審査でした。 |
|
|
|
|
|
私の友人がアタック25に出演をした。画面で見ても、普通と変らない所がおかしい。「そのままやん」と、突込みを入れたくなるほどの本人。 しかし、久し振りにクイズ番組を見て、私にはこたえられない事をスルスルこたえていってるのがすごかった・・・なんて、自分の無能さに反省。 最後の「パリ・ロワール・モンサンミッシェルの旅」獲得挑戦権の問題の答えはわかったけどね♪ それにしても。そういうところで話題のネタを提供してくれる友人に拍手!!! |
|
|
|
|
|
私は日本が大好きです。でも、私が今まで歩んできた道は日本から、より遠くに行く事ばかりです。 私は自分でわかっています。 日本のよい部分も悪い部分もすべて好きであるけれども、日本に生活の基盤をすべておくと、好きであることを忘れてしまうということを。 私はこれからも日本の外から日本を愛していこうと思います。 わたしのかけがえのない国であるのですから。 |
|
|
|
|
|
夢をみました。 不思議な夢でした。ビデオが流れていて、そこに出てきているのは中学生の自分の卒業です。 ただ、わけもなく涙が出て止まりませんでした。出演者は実在の人ではないのですが。 |
|
|
|
|
|
かねてからの憧れの地グアテマラにいくことになった。 憧れがナンであるのかは良くわからないけれど、とにかくいってみよう!!とイケイケモード全開。 あんまり考えずにいってしまう自分が怖い。 私の家族でさえ、私の行動は不可解であるらしく、3日後に出発するというのにまだ状況を飲みこめていないようだ。 いまだに「ほんとに行くの?」と繰り返し質問する。 イギリスに行ったときも勝手にお金をためて行ってしまったのだから、不可解な娘であることには変わりがないだろう・・・ しかし、不思議なことに私は家と日本が大好きなんだから、このあたりのバランスも自分でよくわからない。 |
|
|
|
|
| 運命を無理やり変えていくのは、難しいですよね。 そのままの流れに沿っていたほうがいいのかもしれない。 でも、心がねえ・・・ |
|
|
|
|
|
私は良くニアミスを起こす。本当に残念な事が多い。 といっても、有名人に出会ってほとんど気づかない程度のものなのだが・・ちゃんと気づいて出会っていれば彼らとお付き合いすることができるかも??? 今回もオランダのキューケンホフというところでサッカーの小野選手が奥さんと共に遊びに来ていたそうな。ここは観光客が良く行くコースでチューリップの有名な所。 とっても感じのいい人だったそうでお客さんはおおはしゃぎ。 しかし・・・私はといえば気づきもしなかった。 一年程前にミラノの有名ブランドショップ通りにある「GUCCI]の店でお客さんと共に冷やかしに行った。 そこを出たときにお客さんが「かっこよかったですよねえーーー」という。 何のことだかさっぱりわからないでいると「中田いたじゃないですか」 「・・・」どうして先に教えてくれないんだと恨みつつも私にはどうも縁のないことなのだろうか?? 出会っていれば私の人生はばら色になってるかもしれないのに・・・ しかし・・・2人とも普通に日本人しているんだなあ・・とつまらない感動を覚えたりなんかして。 |
|
|
|
|
|
本日生まれて初めて宝塚歌劇団の舞台を見てきた。今までのイメージが変るといわれ、半信半疑で行って来たところ、一緒に行った友達と共に「又こようね」と誓い帰ってきました。 宝塚の舞台特有の匂いはあり「これはまづい!!」などと思ったのですが、ちょっとはまりそうな気配。新天地って言うのは何処から舞い降りてくるのやら。 舞台には2部構成のようになっていて、一つは本当の劇。そしてもう一つはレビューといわれる意味があるのかよくわからなかったショー。 正直に言って、レビューは笑い転げてました。「これがなくちゃ」というスパンコールにまみれ、何処から出ているのか定かではない羽を背中に背負い、大階段を華麗に踊るお姉さま方。これこそ宝塚!!これは、一度話のネタ程度で充分だと思いました。 しかし!!始めの舞台は本当によかった!!さすがプロ!! パリのムーランルージュに負けることのない興味深さ。(つづく) 魅力を迫ってみましょう。 |
|
|
|
|
|
久し振りに高校の友達と飲みにいった。しばらくぶりであう彼らは本当に運命の人たちなんだとつくづく感じる。 キット今あっていても友達になるかどうかわからない人たち。 今の生き方をみていると高校時代であったからであった友達だと思う。出会い、今でも仲良くできるのは奇跡に近いなあって。 私が今添乗員という仕事をしていて、他の人よりも多少色んなところに行き、色んな人に出会えるが、やはりこんなに自分の人生に色をつけてくれる人たちというのはかけがえのないものだろう。 色んな人生があって、結婚をしている人たちやしそうにもない人たち(爆 まだ学生をしている子もいる。(こういう子は熟成されていくから後々楽しみ) 結婚をして財布から携帯まで全て握られている友達 私はみんなにはどのように写るのだろう?? いい女に写ってくれればいいのだが(←都合の良い??) 今の自分より明日の自分。もっといい女に!! |
|
|
|
|
|
添乗に出ていると年間にざっと1000人近い人との出会いがある。その中でもご夫婦参加の方というのも結構あって、その人たちをみていて思うところ・・・ 人によって幸せとは違うので、私には納得がいかない事なのですが・・・ よく、バイキング形式の食事の際に、奥さんだけが食事を取りに行って、旦那さんが、ぼーーーと、それを待っているという光景に出くわす。そして、奥さんがかいがいしく旦那さんの飲み物を注ぐ。 もうひとつ。奥様が買い物最中に怒鳴りつける旦那様。 家庭の経済状況もあるのですが、いくらなんでも・・・ とにかくよくわかる事は、ご夫婦はよく似ているという事です。長年一緒に暮らしているだけあって顔も似てくるし、考え方も似てくる。 意地悪そうな人の旦那さんは意地悪そうだし・・・楽しそうな奥様の旦那さんは良い人だし。 やっぱり、一緒にいる人というのはその人の価値観の一つですので。同じような見方をしてしまいます。 一方だけが「よく出来ている」のは、あまりお目にかかりません。 それは友達に対しても一緒です。友達も似てきます。 一緒にいる人を選ばないといけない。自分がどういう生き方をしたいのかで付き合う人たちを変えていかないといけない。そして、どういう状態で自分がいるのか。 その人といる時にどういう風に扱われどういう立場になるのか。 考えないといけませんね。 |
|
|
|
|
| 今日は東京にOFF会のために来ています。親分の家にお邪魔させてもらっているのですが・・・ どうも、PCに腹が立って叩き壊したらしく、使えなくなってしまったのです。叩き壊してから自分たちのPC中毒に気がつき、ついにはPCカフェまできて横に並んでます。 結構奇妙な図。 PC中毒。これは本当に思います。 |
|
|
|
|
|
日本文化と外国文化の違いを一方的に日本が劣っているという表現であらわすのはおかしなことだと思う。 友達の読んでいた本に「文化の劣っている国に優れた文化が流れ込む」のだから「日本はどんどん外国文化を吸収するべきである」 とかいてあった。 文化を便利さなどとして捕らえるのであれば、それも致し方のないものだと思うが、それだけではない、不便さなどのなかにも文化は眠っているのではないだろうか・・・とおもう。 ヨーロッパの人たちが裕福ではあっても自分の家の景色を守ろうと不便な建物を保ちつづける・・・そんなところにも文化は存在している。 私が日本に思うことは日本の文化をもっと自信をもっていきたいということである。 私達添乗員は外国の文化を紹介するような立場にあるのだが、日本の文化のよさもお客さんにわかってほしいと・・・思っている。 やっぱり。春は私の中も春にしているよう・・・ |
|
|
|
人にはそれぞれ好き嫌いがあるように、自分の興味のわくものと興味の湧かないものがある。 私は小さな頃から他の人の興味の沸くものに感心を示す事の出来なかった。 おもちゃをほしがった事もないし、テレビに興味を示した事もない。 多感な若かりし頃、本当に「自分はどうしてそういうことに興味をわくことができないのだろう・・・」と悩んだものである。 現在の考え方としては、興味の範囲が広がれば、それだけたのしいと思う事が広がるのだから・・・ と思ってはいるのだが・・・。三つ子の魂百まで。まだ、テレビをつけるのが時代をcatch upするための義務のような気がしておっくうなのであります。 |
|
|
|
添乗から帰ってきて又すぐに海外に帰ってゆくという生活をまる4年続けてきて「浦島太郎」状態で日本で生活しています。 勿論海外の何処の国にも生活しておらずずっと宙に浮いた状態です。 そんななか本当に日本がどんどん元気を無くしていっており、どんどんおかしな事件が増えていっていると思うのですがこれはどうした事なのでしょうか? 「日本はアメリカの20年後に同じ現象が起こる」なんてどこかで聞いた事がありますが、そういえば本当にその頃のアメリカはおかしな事件が多かったような気がします。 最近の高齢化社会にさらに追い討ちをかけている少子化問題。 そりゃあ、このような「マイナスの」空気の中で、生まれてくる子供が幸せになれるかどうか不安になりますよね。海外脱出希望組が増えていくのも頷けます。 横社会がダメなんだという政策の元、それでも鈴木ムネオさんのような人や、会社では同じ仕事をただ居座りつづけるだけでお給料をあげてもらいつづけられる位置にいる人たち・・・ そのくせ、うまい具合にまだそのような居座りつづけられる軌道に乗っていない人は、リストラなどの都合のいい縦社会。 イタリアは勿論横社会の典型の国ですが今元気を取り戻しています。私の個人的な意見だけ言わせて貰えばマフィアなどが絡んで入るけれど、相互扶助を貫き通している。例え誰かが失業になろうとも必ず誰かが支え、無能であっても支えつづける。 これが全ていいと思うわけではないけれど、日本のようにどっちつかずの立場にいるよりはわかりやすくて納得がいって良いのではないか??と思うのです。 ふう。 春なので、ちょっとそのような事を考えているひろなのでした・・・・・ |
|
|
|
私は結構お酒のいける口である。 みんなでわいわい飲んでいるのも好きなのだけれど、一人で飲むお酒も格別。 仕事を終えて一杯。いいねえ。ちなみに今もPCの隣の友だちはビールです。 でも、意外とお酒の飲めない人が周りにいることに気づいた。 何でもそうだけれど、楽しみが多いということは幸せがひとつ多いということ。これはラッキーなのかもしれない。 甘いものが大好き。そんなのと一緒でしょうねえ・・・ |
|
|
|
最近は学生の卒業シーズンという事で、卒業旅行の可愛い女の子と達に出会う機会が増えた。 本当に若いって言うのは可愛いですよね。 それだけで才能のような気がします。(←かなり年老いた人の意見??) でも、その美しさの中には素直さや希望に満ちた心とか、そういうものが光っているような気がして、ただ単に実年齢だけの輝きだけではないと思います。 自分を磨いていく時にこれは失いたくない美しさだと彼女達をみながら思う今日この頃・・・ |
|
|
|
添乗を終えて帰ってくると、必ずお風呂に入るようにしている。数日間の仕事の疲れと汚れを取ろうと言う感じでしょうか。 お風呂に入っているとそのときの仕事について、特にお客さんの顔を思い出すのだが、いい顔を思い出す人もいれば悪い顔を思い出すときもある。 今回はいい顔を思い出す事が出来た。 満足、満足。 |
|
|
|
もうそろそろ新年会も終わりに近づき、宴会の季節も終わりです。 新年会の幹事というのはなかなか大変なもので、面倒くさいものですね。 私は添乗員になってからというもの幹事をするのをやめています。何故なら…わたしたちはその道のプロだから。 ま、友達同士だし別に文句もいわれないだろうけれど、キット一度引き受けたら、頑張ってしまう自分が怖い。 昨年末今年と幹事をされた方、どうもご苦労様でした。 |
|
|
|
明日のために、私の実家では久し振りにおせち料理を作って新年を迎えようということになった。 わたしも、普段やる事のない料理ってやつを、イッチョ手伝ってみるか…という気になって、腕まくりをして今日を待っていた。 さて・・・ 「おかあさ〜〜〜ん。何したら良い??」 「じゃあ、向こうの部屋かたずけて。」 「そうじゃなくて、おせちの手伝いだって。」 「ああ・・・。ひろは片付けと掃除してくれたらいいから。」 野球選手の戦力外勧告とはこういう事を言うのであろうか… |
|
|
|
友達にすごい人がいるというのもなかなかのものです。自分が凄くないのがたまに傷・・ 夜中の1時半に携帯電話が鳴った。こんな時間に誰だ・・・と思いつつ出てみると、私の友達であった。 「あらあ!!久し振りイ!!」 「実は・・・伝えたい事があって」 「ほう・・・」 「実はOO県の県会議員に出馬することになって・・・」 (絶句) 彼が私の知っている人の中で一番大きな夢を持っている人だったので、夢に確実に一歩近づいたようです。 夢はかなう。夢は望まないとね。 |
|
|
|
やられた!!! 「オーバーブックです。」 今日はアメリカから日本に帰る日です。 チェックインカウンターのところでアメリカではいつものようにながーーーい列に並んで、やっとの思いでカウンターにたどり着いたときに言われる。ところが・・ 「明日の便に変えてくれたら、 ビジネスクラスにアップグレードするし、ホテルもちゃんと取ってあげるし、xxx$あげるから・・・」 「ほんと??」 引きつった顔から、微笑みに変わってしまった私。お金はないけど有り余るほどの暇ならある。 ああ。マテリアルガール。 |
|
|
|
シカゴで突然思い立つことがありまして、ピアスを開けにいくことにしました。ピアスを開けると、運命が変わるよ・・・なんて、若かりし日に思っていたことを、この歳になっても思うなんて。「結構私って可愛いなあ・・・」と我ながら笑ってしまいます。 私はすでに両耳にピアスの穴をあけているのですが、それを開けたのもずいぶん前でした。その時はイギリスでしたが、やっぱり運命を変えたかった時でした。 まあ、何にしろ私がピアスの穴をあけるのは海外で・・・ということになっているようです。 イギリスでも随分前の話になりますが、その時は随分清潔なところで、いわゆる美容院というかエステというか、まあそのようなところで金髪のきれいなお姉さんにあけてもらったような記憶があります。 今回もその様なところだろうと、紹介してもらったアクセサリーやさんで、あけにいくことにしました。はいると、なんといっていいか・・・とってもおしゃれなんだけど、おしゃれすぎるというか・・・そのおしゃれといっても、私たちのおしゃれじゃなくストリート系とでもいいのか・・ まあ、不潔なところじゃないし・・・と少し緊張をしながら愛想の良い店員さんにピアスをあけたい旨を伝えました。 笑顔で、「ちょっと待ってね。今他にピアスをあけてる人がいるから・・」と、いわれ、その間にピアスをするための同意書を書き込みIDで年齢を確認され店内の魅力的なアクセサリーを見てまわっていました。 10分ほどたちました。 ピアスを空けるであろう部屋から2人の男性が出てきました。 その瞬間「やっぱり・・・」と声にならない緊張が走りました。 その二人は体中にtatooをいれ、あけることのできるであろうところには全てピアスがしてありました。 「大丈夫大丈夫。あれだけピアスしているんだから、うまいはず・・・」と自分に言い聞かせ、 「どうぞ」と誘われるままにその一人とともに部屋へと入りました。 部屋には大きな椅子がひとつあるだけで彼と2人きり。 彼は私に2枚ほどに分けて簡単に書いてあるピアスをあけたあとのケアの仕方の書いてある紙を取り出し私に説明を始めました。 (しんだ。。。)そう、絶体絶命です。 明らかに彼はにおいがする(といっても真面目な私には初めてのにおいだったのですが) 明らかに彼は目の焦点が合っていない 明らかに彼はろれつが回っていない そうです。彼は、「いってる人」なのです 「大きく息をすって。はいとめて。」・・・・ぶすっ いったーーーーーーーい。 「ごめん。髪の毛が穴に入った」 ごそごそと振るえる手で髪の毛を穴から抜いているようです。 これで運命が変わらなかったら、嘘ですよねえ・・・・・・ |
|
|
|
アメリカという国は私にとってはあまりなじみのない国です。
仕事ではどうしても、欧羅巴が中心になってしまうし、私が英語を覚えた(まだまだですが・・・)のも、イギリスだったし・・・ ただ、アメリカという国は本当に豊かで物があふれていると感じます。 ある意味、日本にいるときの感覚に近いので、あまり不便さは感じませんが、使い捨ての生活が蔓延しているので、日本と同様に「もったいないことをする国だなあ・・・」と感じます。 |