3区−4 【カルナヴァレ館】 23, rue de Sevigne

   アンジュ公爵(後のアンリ3世)の家庭教師ケーノヴノイ夫人は、パリ高等法院長だったジャック・ド・リニュリーの為に建てられたこの館を購入しました。「カルナヴェレ」という呼び方はこの夫人の「ケーノヴノイ」がなまったものです。
   フーケの汚職に巻き込まれたフランソワ・マンザールは、建物袖の部分2箇所と館正面を1662年に手放さざるを得なくなりました。経理係のクロード・ド・ボイルスヴの為に修正した後、彼はその館を借りますが、気に入る館を探していたセヴィニ候夫人が、1677年から1696年にかけてここに住んでいました。
   ”心地良い空気、立派な中庭、美しい庭園、素晴らしいカルチェ”。夫人は彼女の死までの19年間ここに居住したのです。
   パリ市はこの館を歴史美術館にする為に1866年再購入し、美術館はサント・カトリーヌ通りに面していましたが1867年「セヴィニェ」通りの名になりました。

hiromi: パリの歴史博物館、と言われているけれど、重々しい雰囲気では無くて革命時代やルイ王朝      の家具が沢山並んでいて「フランス!」を満喫出来る建物です。
miwa: ところでここに長年住んでいた「ケーノヴノイ夫人」だけど、この人、あの有名なマルゴ王妃の「       女官遊撃隊」の一員だったそう。
hiromi: 誰ですか?マルゴ王妃って?
miwa: アンリ4世の元奥さん。
hiromi: ああ!マルグリットのことですか?そう言えばアンリ4世には離婚した奥さんがいたけれどそ      れが彼女だったんですね。「良い王様」として名を残しているアンリ4世の奥さんだから、何か飛     びぬけたものがあったんでしょうね。
miwa: 「王妃マルゴ」の名前で映画にもなっているぐらいだからね。離婚した後は文学の援護者でもあ     ったし、自分でも詩集を出すなど執筆活動もしていたそうだよ。
hiromi: パリの中心地だけあって王室に関わる人が数多く出てくる地区ですね。