展 示 品 紹 介

● 開催趣旨

  今回復元された窟では最古、西魏時代(6世紀前半)のものです。
● 展示室   幅4.7m・奥行6.8m、高5.2mの構築物が博物館のエントランス
● 会場案内   ホールを占拠します。 正面中央に、仏椅像を安置し、側面には千仏
● 関連行事   図、天井にはインドから もたらされた仏教と中国古来の神仙世界が
● 割引券 249窟複製   交じり合い 一体化したモチーフが展開してます。仏椅像の上部には
      日・月をささげた阿修羅とその左右に風神・雷神がみえます。
     
   

中唐時代の天王像(194窟)のうち、北方多聞天(毘沙門天)と

    南方増長天が来館者をむかえてくれます。
   
   
  多聞天像複製  
     
 
  莫高窟からは、幡などの染織品もみつかっています。
    幡はのぼりばたの一種で、堂内を飾り立てるものです。
    今回は唐代のものが2点展示されます。
   

  幡(ばん)  
     
    敦煌の仏像といえば粘土でつくった塑像が有名ですが、木像も
    あります。この作品は頭部が焼損しているのがおしまれますが、
   

もと八臂の十一面観音像だったと考えられています。均整の

    とれた堂々たる体躯で、力づよい彫り口です。晩唐から五代時代
   

の作品です。

  観音菩薩像  
     
    北魏時代の257窟に描かれた、ガンジズ河のほとりに棲んで
    いた九色の鹿をめぐる 経典を絵画化したものです。この模写は
    敦煌研究院初代の院長で敦煌莫高窟の研究と保存に一生を
    ささげた日本でもおなじみの常書鴻氏によるものです。模写という
  九色鹿本生図  

レベルをこえて、芸術作品としての鑑賞にも耐えるものでしょう。

  (模写)  
    蔵経洞から発見された文献は10件展示します。この作品は
    紺紙に界線を銀・経文を金泥を用いた装飾経。日本では紺紙
    金泥経と呼ばれているものです。敦煌蔵経洞で発見された経巻
   

の中でもこのスタイルのものは数点しか知られていません。唐代

  妙法蓮華経・ 序品  

     
    敦煌西南の岷州廟から発見されたもので、98pの高さがあります。
    上部が破壊されていますが、漢字と古代インド文字で記された経典
   

仏像と蓮弁が表されています。仏像はインドやの上に、アフガニスタンで

    流行した様式もとりいれています。北涼(5世紀前半)の作品です。
  石塔  
     
    莫高窟からはウイグル語の文献もみつかっています。これも
    そのうちのひとつです。
   
   
  ウイグル語写本  
     
    158窟は吐蕃統治期に開かれた涅槃窟で、主室は間口17m、奥行7.4m、
    高6.5mの規模です。さすがに原寸では博物館に入りませんので、4/5で
    復元しました。涅槃像は西壁に作り出された仏檀の南北いっぱいに安置され、
   

壁面には釈迦の弟子や菩薩などのほか、釈迦の死を悲しむ各国の王子たち

  158窟複製   の様子も描かれ、シルクロードのオアシス都市敦煌の国際性をよくあらわし
      ています。
       
    蔵経洞として有名な17窟は晩唐時代に開かれた16窟に付随した耳洞でした。
    16窟は9世紀に活躍した僧・洪にちなんで開かれたものでしたが、西夏時代に
    17窟の入り口を塞ぎ、16窟の壁画も全面的に描き直されています。この際、
    17窟に大量の経典などを収めるため、洪の塑像も別の石窟に運びだされ
  17窟複製  

ましたが、近年、17窟にもどされました。

     
    初唐時代の57窟の壁面にある仏説法図です。中尊はもともとその肉身に
    金泥を施していましたが、今は一部を除いてほとんど剥落しています。
    その左右に脇侍菩薩・背後に2比丘8菩薩を従え、下方左右には小さく
    金剛力士も描きそえられています。左脇侍の輪郭線の目立たせない
  説法図複製  

描写方法に初唐時代の息吹が感じられます。

     
    敦煌でみつかった磚(タイル)、10件が展示されています。これは、
    唐時代の墳墓・仏爺廟から出土したものです。駱駝をデザインした磚
    はきわめて珍しく1級文物に指定されています。ふたこぶ駱駝に荷を
    のせて、牽引する人物は鼻が高く、先端を尖らした帽子をかぶって
  駱駝図磚   います。漢民族でなく、もともと西域に住んでいた人種です。