空港からバスに乗ってホテルに向かった。窓から見えるカトマンドゥの街が一つ一つ後ろに流れていった。気がつくと私は空いた窓際の席に移り、カメラのファインダーからこの新世界を覗いていた。街はほこりっぽくて、テンプー、バイク、自転車が数多く走っていた。そしてその雑踏の中に、多くの人々がひしめき合っていた。物を売っている人。縄跳びをする女の子。広場で遊ぶ子供達。コーラの看板。ミカンやバナナを売る人たち。洗濯物を干す人たち。クラクションの音。サリーを来た女性。家の前で座っているおばあさん。疲れ果てた犬。かごに閉じ込められた鶏。じっとこちらを見ている男達。新聞を読んでいる人。楽器を弾いている人。秤を使って果物を売っている人。そして、幼い子までが布の上に物を並べて売っていた。
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道が狭くなったのでバスを降りた。初めて呼吸するカトマンドゥの街。そして匂い。クラクションの音は、もっとリアルになって耳元に突き刺さった。ボーッとしていると車に跳ねられそうであった。体の何倍もある荷物を、背中にかついだ人とすれ違った。りんりんと自転車の音がよぎる。煉瓦を屋根の上に放り上げる人々。家の中から民族音楽が流れてきた。生ゴミが道端に捨ててあり、やぎがあさっている。その横でおじさんが掃除している。動物のふんがあちこちに落ちている。現地の人ですら、ほこりっぽくて口を押さえている。しばらく行くと洗濯物がたくさん乾してあるところに辿り着いた。さらに道が狭くなった。私たちは一体どこに行くのだろう。
話によると、インドから来た旅人はネパールに入るとほっとするという。そうか、これでも平和なのだ。では、インドとは一体どんなところなのだろう。思いを巡らせているうちに列の動きが止まった。道路工事で掘り起こされ、土管が転がった道の並びに、突然として「ホテル・ディパンカール」はあった。雑踏の中にそびえたつ、このホテルにしばらくお世話になることになのであった。
入り口に近づくと、ちょっと恐い顔をした門番がドアを開けてくれた。中に入ると周りの景色とは正反対の落ち着いた雰囲気。決して派手さは無いが、フロントやロビーの様子は整然としている。テレビではホッケーの中継が行われていた。鍵をもらって階段を上がった。私とのびさんの部屋である407号室は、4階の一端に位置していた。ドアを開いて中に入ってみると、部屋はシンプルでしかも寒い。窓からすきま風が入ってきているのである。部屋の角においてある小型ヒーターのスイッチを入れてみる。窓の外には民家が見える。洗濯をする女性。遊んでいる子供達。懐かしさのあるこの風景が妙に気に入った。朝の景色はまた格別だろうと思いつつ、ベッドに腰を下ろした。
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翌日の朝、散策中に見た街の様子。左は、女性の僧侶で、右手に持った音の出る道具でからからと寄進(お布施)を求めていた。家の人が出てくるまで、やめないから驚きだ。右は、町中にあった仏像のようなもの。顔は像の形をしている。人々は右の金を鳴らした後、仏像に触れ、その手を自分の額にあてる動作を数回繰り返す。赤く染まっているのは、粉末状のものをかけているためで、宗教上の意味があるらしい。
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左は、街中にあった小さなお寺。このようなお寺が各所にある。右は、動物の毛皮をはたいていたおばあさん。その右では男達がチェスのような遊びをしていた。街を一通り見て感じたことは、カトマンドゥが平和で自由な雰囲気を持っているということ。確かに宗教色は濃く、所得水準も低いようだが、人々はのびのびと生きていて、各々の暮らしを支えるため、仕事に精を出している。例えば日本の東京と比較して、産業や見た目の風景に大きな違いはあるが、人や乗り物や建物等に首都特有の密度がある。ただ、あまりにも混沌としていて整備されていないため、そこに国家の存在を感じることができなかった。