カトマンドゥへ


7:30、成都を飛び立った。いよいよカトマンドゥへ向かう。しばらくして、ふと気づくと窓の外は、一面の山の海。そう、辺り一面が山なのである。それはまるで大根のおろし金のよう。そして、おろしたばかりの大根、いや白く煙った雲の海が広がっていく。その合間に見え隠れする山々が美しい。遠くに見える雪の無い山々がチベットか。よくこんなところに人が住んでいるものだ。


にわかに機内が騒がしくなってきた。席を立ち、窓の外を伺う人が増えてきた。そう、誰しもエベレストを狙っているのであった。あれだあれだ、きっとあれだと、のびさんが立て続けにシャッターを切る。これがまた間違っていたりする。そう、失敗の中から得ることも多い。その頃私は、自分の席を離れ、見晴らしの良い場所に待機して、機内放送を待っていた。そして、ついに...放送が...あのエベレストが目の前に!写真右の中央のピラミッドのようなものがそれである。感動に浸る間もなく、押し寄せる人の波に溺れそうになった。これは殺到してきた人々の下になりながら撮った命懸けの写真である。


エベレスト騒ぎも一段落した頃、そろそろ到着かと思いきや、何故か降下を始めない。霧のため降りることができないとのこと。何度も繰り返されるヒマラヤの景色。回を重ねる毎に珍しくなくなってきた。何事も珍しいうちが花である。カトマンドゥ上空で、かれこれ2時間以上も経ったであろうか。燃料は大丈夫かと心配になってきた頃、着陸態勢に入った。薄く煙ったカトマンドゥの街。やっとの思いで到着した。標高1400mである。右は、カトマンドゥ空港。


左は空港に入るとき見かけた太陽のようなシンボル。こんなところにも神様がいた。空港の外に出ると子供を抱えた現地のお母さんが、お金をくれと近づいてきた。早くも感じるネパールの貧しさに、戸惑いは隠せなかった。つらかったが、相手をしなかった。私はネパールの貧しさを救いに来たのではなく、ネパールの現実を見に来たのであった。ふと、さっきの太陽の神様が思い浮かんだ。抱えられた子供が元気に育つことだけをただ祈るだけであった。右はバスから見えた街の風景、左の方に「テンプー」と呼ばれる小型オート三輪が見える。これから、この街で私は何を見るのであろう。