<教授法−0.日本語教育の歴史>

1940

(戦中期)侵略のための日本語、日本語教育振興会設置

1945

(復興、拡大期)国際交流を目指して拡充の時代に

1983

(バブル期)留学生10万人受け入れ計画、無秩序に日本語学校増加

1988

11月:上海騒動、12月:日本語教育施設の運営に関する基準(文部省)

1989

「日本語教育振興協会」設立

1990

「出入国管理及び難民認定法」(入管法)改正:「就学」枠設定

1991

(冬景色期)バブルはじけてブーム落ち着く、日本語学校施設数が過去最高463

1994

「就学」不法残留者数が過去最高 約24千人(1999半数に減少)

1996

冬の時代

2000

5%規定」1年間の不法残留率5%未満を「適正校」

2002

(新生期)留学試験開始