
4月24日、いよいよ南米3カ国目、ボリビアへの入国です。幸い、ペルーでは『首締め強盗』の被害に遭わずに済んだけど、まだまだ油断は禁物。リマに滞在中、実際、被害に遭った旅行者は「ラパス」のセメンテリオ(墓地)でやられたと言ってたのを思い出し、気を引き締めた。とりあえず入国初日と2日目はチチカカ湖畔の街『コパカバーナ』でのんびりと過ごし26日に恐怖の?ラパスへと向かう。
コパカバーナから約5時間かけてバスは無事にラパスのセメンテリオに到着。僕はバスを降りるとすぐにタクシーを捜すが、全然見当たらない。「早くしないと首締め強盗にやられる〜」と気持ちは焦るばかり・・・。しょうがないので表通りに走って流しのタクシーをなんとか捕まえ、ラパスの日本人宿『トキゲストハウス』へと向かった。
トキゲストハウスは日本人で元バックパッカーでもある通称「トキ」さんが経営している(無認可?)の宿。中に入れてもらい、食堂で「トキ」さんに分厚い!注意書きみたいな冊子を渡され説明を受ける。ここトキゲストハウスは細かい決まりごとが多いとは事前に噂には聞いていて食堂を出たところにある掲示板には注意書き、その他の張り紙がたくさん張ってあった。けど、普通にしてたら全然居心地のいい宿だった。
トキには僕が行った当初、そこそこの宿泊者がいて、その中でまたしてもライダーの原君やクスコのペンション花田で逢った阿部ちゃんに会うことができた。あと、約3年かけて世界旅行中でここでスペイン語を習っていた西浦さん、これまたライダーで南米旅行中の中川君、約2年半、自分の旅の記録をホームページ作成していてもうすぐ帰国だという石橋さん等の個性的?な人たちとも仲良くなれた。
ラパスには10日間滞在したのだが、特に見どころというものはさほどなく、街を歩いていてもここは標高約3600m近くあってその上アップダウンも激しいためにとても疲れる。じゃあ、僕はラパスでは何をして過ごしていたのかと言うとズバリ『宿泊者みんなの晩御飯を作っていた』。お昼2時ごろにスーパーや市場に出かけて食材を買ってきてそれから夕方までのお料理タイム!料理は得意な方じゃないと思うけど、旅行中は自炊をする事で退屈な時間も潰せるし、また、みんなで食べれば食事代もセーブできるしね。メニューは主に日本食でコロッケやトンカツ、うどんなんか作ったなぁ・・・。おかげでみんなからは「栄養士」とか「コック長」なんて呼ばれた。
そんな訳で楽しかった10日間のトキでの滞在を終えて次に向かったのがコチャバンバで、ここは南米音楽のフォルクローレで使う「ケーナ」「チャランゴ」「サンポーニャ」等を生産している楽器の街だった。しかし、特に買う気もなかったし、おまけに見どころも乏しかったのでこの街は1泊のみにしてさっさと次の目的地コロニア・サンファンへと向かった。コロニア・サンファンへは一端サンタクルスへと出てそこからバスを乗り換え、約2時間半の道のり。途中、軍の検問などでパスポートチェックもあったが約3時間ほどで到着。コロニア・サンファンは日系移民の小さい集落で主に日本は九州からの移民が多いところ。集落のゲートをくぐり歩いてると、行き交う人々は日本人そのもの。おまけにちょっとのどが渇いたので近くのお店に入ると、そこには日本のそれと同じ、日本の食料品がたくさんあった。
サンファンでは『ホテル川原』に4日間お世話になった。このホテルはばあちゃんが事実上ひとりでやっていた。でも、耳も遠いし、必ずしも健康とはいいがたい感じだったので、なんか僕は日本の田舎にいる自分のばあちゃんを見ているみたいな気がして、なんとなく不憫に思い進んでお手伝いをしてあげた(宿泊者は僕だけだったが・・。)
4日間のサンファンでの滞在を終え、再びサンタクルスに戻る朝、ばあちゃんと記念撮影をし、「きっとまた来るから元気でね」と言い、バス乗り場まで行くタクシーへと乗り込んだ。ばあちゃんがいつまでも手を振ってくれてたのがとても印象的だった。今でも元気でやってるかなぁ?
サンタクルスに戻ると僕は特にこの街には興味がなかったので、さっそく次の目的地「ポトシ」行きのバスチケットを買い、バスに乗り込む。ポトシまでは途中の街「スクレ」でバスを乗り換えて、必ずしも良いとは言えない道を進み約18時間もかかってしまった。
ポトシの街は標高約4000mもあり、空は気持ちいいくらいに青かったが空気がかなり薄く、夜は気温が極端に下がるのでとても寒くて安眠できなかった。それでも、ここポトシに来たのはどうしても鉱山ツアーに参加したかったからだ。鉱山ツアーは見学する側もちょっとハードで服もよごれて、鉱山内部も臭いが立ち込めていて辛かった。それでも、ここで働く人々を見てたら「スゲー」の一言しか出なかった。
鉱山ツアーも見れて満足した僕は次はボリビア最大の見所?ウユニ塩湖のある街「ウユニ」へと向かった。ウユニへは約8時間かけて到着。まずは宿を決めると翌日のウユニ塩湖ツアーに申し込む為に旅行代理店へと出向く。何軒か廻ったがどこも内容が似たり寄ったりだったので適当に安心できそうな旅行社に僕は日帰りのツアーを申し込んだ。約15ドル。予算があったら3泊4日のツアーに参加して、そのまま「チリ」に抜けてもよかったのだが・・・。
翌日の早朝、旅行社に出向きオンボロのランクルで出発。客は僕以外ではボリビア人のカップルだけだった。いろいろと世間話をしているうちにランクルは塩湖に突入!するとそこは見渡す限り一面の白い「塩」の世界。途中、運ちゃん兼ガイドのオヤジが「フラミンゴが飛んでるぞ、君達は非常に運がいい!」などと言うようなことをのたまった。そこですぐさま写真をパチパチ!後でなぜ運がいいのか運ちゃんに訳を聞くとフラミンゴは普通、2泊3日や3泊4日かけて湖などを廻るツアーでないと見るのが難しいとのことだった。ラッキー!
しばらくすると車は塩のホテル「Hotel de Sal」に到着。内外部はホントに全部塩で出来てるのか?と思うぐらいにしっかりとしている。話を聞くと1泊20ドルだという。この値段が高いか安いかは別として「泊まったらいい記念になるだろうな」と思った。でも、周囲にな〜んにもないのは少々淋しい気もするけど・・・。
しばしのホテル見学の後、僕らは次の目的地、魚の島「イスラ・デ・ペス」へと向かう。着いたところ、正直言ってとても島が魚の形をしているようには見えなかった。島にはサボテンが生い茂り、そこで多くのツアー客は昼食を取っていた。僕らもここで昼食。ガイドのオヤジが用意してくれたサルテーニャやサンドイッチを頂く。約2時間ぐらい島でそこにいたリャマたちと遊んだりして時間を潰し、僕らはまたウユニの街へと戻った。戻る途中に運ちゃんが塩湖にあいた穴のところで車を止めて、なにやら手を中に突っ込んで塩の結晶を採ってくれた。とてもきれいで僕も記念にと何個か採ったけど、旅の途中で全てなくしてしまう。う〜ん、ドジ!
楽しかったウユニ塩湖ツアーも終わりウユニの街に戻ったのは日没頃。僕はもう1泊だけして翌日、チリとの国境の街「アバロア」経由で次の国チリの「カラマ」までのバスチケットを買った。出発は早朝の5:00!その日は早めに寝て翌朝4:00に起き、バス乗り場へ。きっちり定刻にバスは出発し、午前10時には国境の街(街と言うか鉄道の駅舎があるぐらい)に到着。ボリビア側のバスはそこまでで、すでに国境にはチリ側のバスが僕らを待ち受けていた。


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| コパカバーナの夕陽 |
トキゲストハウスの旅人達 |
踊るインディへナ |
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| イリマニ山 |
ラパスの街並 |
ハエン通り |
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| コロニア・サンファン |
ホテル川原のばあちゃんと |
ポトシ山 |
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| サルテーニャ売り |
ウユニ塩湖1 |
ウユニ塩湖2 |
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| モニュメント |
塩のホテル1 |
塩のホテル2 |
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| 塩のホテル3 |
リャマ1 |
リャマ2 |
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| コンドル? |
イスラ・デ・ペスより |
塩の結晶 |
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| 記念? |
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