Ecuador

 2000年2月3日コスタリカ、ファン・サンタマリア国際空港より10:40発のラクサ航空で南米エクアドルの首都『キト』のマリスカル・スークレ国際空港に到着。いよいよ南米の旅のスタートの始まり。
 本当はコロンビアから入国したかったのですが、物価のこと、治安のことを考えると当時はエクアドル入りからがベストに思えました。到着するや否や、さっそくお目当ての1泊1ドルの安宿めがけてキトの旧市街へと向かい、しばらくして宿は無事見つかったのですが、不運にも改装中のため突貫工事をやっていてうるさかったのでとりあえず1泊だけして翌日、旧市街と新市街の中間辺りにある1泊3ドルのちょっと贅沢な宿に移りました。結果ここは大正解!運良く最上階の見晴らしのよい部屋をあてがわれ、おまけにホットシャワーも使えたのです。ちなみにこの日からしばらくキトに沈没したのは言うまでもありません。 
 キトはとても居心地の良い街でした。気候も穏やかで物価も安く、市場でメシを食っても1ドルもしないという安さ!(しかし、あとあとこの物価の安さが最悪の事態を招く結果となる)僕がキトにいた約2週間はちょっとしたデモぐらいで済んでいたが、ちょうど僕がペルーのリマにいた頃、エクアドル入りしたグァテマラ、アンティグアで出逢った『歩・峰』カップルは交通機関や銀行のストライキのえじきとなりキトで足止めを余儀なくされて、泣く泣く?中米へと戻ることとなったのです。
 話は元に戻り、キト滞在中は世界各国から集まったバックパッカーととても仲良くなれました。とりわけ友達1のイギリス人のリチャード、ドイツ人のマルコス、スイスの女の子ナタリーとガビー、カナダ人のクレイグとはよく遊びました。その他、友達2のオーストラリア人のジェイソン、ポール、とポールの彼女ジュリーとはエクアドル以外でもペルーのクスコやボリビアのラパスなどで偶然にも2度の再会を果たすこととなります。
 そんなこんなで、エクアドルはキトに滞在していたのがほとんどで、キトでは赤道記念碑や近郊の町『オタバロ』の土曜市に行ったぐらい。あと訪れた街といえば写真2のメンバーと訪れた温泉地の『バニョス』、標高6310mのチンボラソ山の雄姿が拝める『リオバンバ』(滞在中はずーっと雲に覆われていて結局拝めなかった)、そして重厚なカテドラルと美しいスペイン調の街並がよかった『クエンカ』ぐらい・・・。
 
 あと、最後にエクアドルと言えば世界的に有名な『ガラパゴス諸島』があったのですが、とてもとても貧乏パッカーの僕にはそこまで行くお金の余裕はありませんでした。でも、いつの日か是非とも訪れてみたいものです。
 そして、ついにエクアドル入国から25日後の2月27日、僕は『クエンカ』よりマチャラ〜ウァキージャスとバスを乗り継ぎ、南米第2国目『Peru』の国境の町『ツンベス』へと向かいました。

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国境 キトの街並
赤道記念碑 デモ1
デモ2 友達1
友達2 見えない山
クエンカ