
ジョリーは1999年9月15日、天国に行きました。本当はこれからするお話は私の胸の内に大事に閉まっておきたいのですが、犬を飼いたいと思ってる方、または飼ってる方、もちろんそうでない犬好きの方に読んでもらえたらいいと思って書くことにしました。犬と言えども、一家の一員です。私は一人っ子なので、ジョリーはまるで弟のような存在でした。ジョりーがいなくなってから約半年たちますが、やっとジョリーのアルバムを見ても涙が出なくなり、こうしてジョリーのHPをあらためて作る気になりました。
ジョリーはもともと体のあまり強い犬ではありませんでした。何度入院したことか?多分7,8回は入院したと思います。ヘルニアで3,4回の入院と手術、近所の犬にかまれてストレスでお腹をこわして入院、などなど病院通いの犬でした。今にして思うと、小さな頃の方が体が弱かったかもしれません。これは、私達の飼い方がジョリーにとって最適ではなかったからだと思います。小屋に閉じ込めてあまり運動できなかった(小屋は広かったけど)、でも、後半は庭で自由に動きまわれるようにしてあげたので殆ど病気もしなくなりました。特にここ2,3年はとっても元気でした。
しかし、去年のちょうど3月頃から、やけにくしゃみをするようになりました。気になってはいたのですが、そのうち治るだろうと思って、特に獣医さんにも行きませんでした。そのうち、変な色の鼻水を流すようになったので、獣医さんに連れてっ行ってレントゲンをとったら、思ったより事態は深刻で腫瘍があると言われてしまいました。アレルギーかなんかだろうと軽く考えていたので、すっごくショックでした。とりあえず様子を見ることにしました。それから数週間後、ジョリーの鼻のあたりがかすかに腫れてきました。獣医さんに慌てて連れていったら、やはり何か悪いものができているのだろうと言われました。要するに癌だったのでしょう。
ジョリーは15歳。手術に耐えれるかどうか?それに、15歳になってまで手術をする意味があるのだろうか?手術をすることがジョりーにとって幸せなのか?家族と話し合って、手術はしないことにしました。獣医さんも納得してくれました。ただ、このままどんどん鼻は腫れていって、目とかが潰れる可能性があります、あと1年生きれれば・・・、といわれました。
獣医さんの言ったとおりに最後はなってしまいました。日に日に腫れは広がっていって、あのスマート顔の半分が、パンパンに腫れて片目が殆ど潰れてしまいました。それでも、体は結構元気で暑い夏をがんばって耐えてました。しかし、8月に入ると急に食欲が落ち、そこからどんどん弱っていってしまいました。注射器に餌を溶かし、口に入れてあげてるという日が何日も続きました。あの頃が一番大変で辛かったなあって思います。日に日に痩せていって、鼻血がとまらなくて、本当に見ているのが辛かったです。それでも、なんとかお散歩に行ってジョリーは最後の最後までがんばっていました。死んでしまう5日前くらいだったでしょうか、近所の仲良しの犬のだいちゃんにお別れの挨拶までしていました。ここのとこ全然吠えなかったのにいきなりだいちゃんに吠えたのです。
いつ死んでしまってもおかしくない状態が2,3日続きました。殆ど寝てばかりで、たまに起きてヨロヨロ歩いて転んでしまって・・・9月14日、もう殆ど自分ではたてなくなってしまいました。苦しいせいか立ちあがるのですが力が入らなくて倒れてしまいます。どうやら眠ったようなので、私も自分の部屋に戻って寝ることにしました。この頃ジョリーは玄関で寝ていました。布団に入ろうと思ったらジョリーがワンワンと言って苦しそうに泣きました。慌てて見にいくとまた転んでしまって倒れています。寝やすいように戻してあげて、暫く見ていました。そんなに苦しそうではなかったのでまた部屋に戻りました。そうしたらまた私のことをワンワンと言って呼ぶのです。暫くみててあげて今度は2階のトイレに行ったら、そこでも私のことをワンワン言って呼びました。これは、もうずっと見ててあげないとと思ってジョリーの側にずっといることにしました。そばにいてあげると、時々苦しそうにはするもののおとなしくしています。と言っても殆どもう意識はなさそうでしたが・・・
この日は残暑がまだ厳しい嵐の夜でした。玄関のドアがバタバタ言うくらい、嫌な天気でした。そうしたら、いきなり玄関の電球が切れてしまいました。私も必死だったので、怖いともなんともその時は思いませんでしたが、今考えると、単なる偶然とは思えません。夜中の3時を回りました。ジョリーの様子が急におかしくなりだしました。呼吸が乱れだしました。慌てて両親を起こして、みんなで様子をみていました。だんだん、呼吸がゆっくりになっていき、9月15日午前4時、ジョリーは家族に見守られながら天国にいってしまいました。
次の日、母が庭にあるバラの花を切ってジョリーの側においてあげました。このバラは私が20歳の時、イギリスに留学する寸前に両親にプレゼントしたものです。でも、滅多に花を咲かすことはありません。この日にかぎって、一輪のバラが咲いていたのといい、玄関の電球が切れたのといい、ジョリーが最後の最後に私のことを呼んでくれたのといい、全て偶然とは思えません。死の瞬間を見るのは始めてだったので、正直ちょっと怖かったですが、不思議な体験をした気がします。こう言っては変かもしれませんが、すごくいい体験を出来た気がしました。最後にジョリーといろいろ話が出来た、ジョリーに教えられた、そんな気さえしました。
私なりにジョリーのことは大事にできるだけのことをして育ててあげたつもりなので、こうして最後の最後まで一緒にいることが出来て本当によかったと思っています。今まで自分の好き勝手に生きてきて、なにもいいことしてないなあって思っていましたが、最後の最後までジョリーと一緒にいれたことが、私にとって最大の幸せだったなあって今は思えるようになりました。
15年間ありがと。




ジョリーととった最後の1枚