独断場

太平洋戦争末期に開業した駅で、これには軍部からの強い働きかけがあったという。
この駅の特徴と思われる点が二点。
一つは駅舎のまわりを取り囲む庇である。普通は軒は下がっているものが上に向く。駅を訪れる利用者に雨だれがかかりにくくなる利点がある反面、その雨水の水はけなどを考えれば下向きの方がいいはずだと思うのだが、ナゼだろう。もっとも、これによって軒下に並ぶ柱が必然的に長くなり結果的に見栄えが良くなるわけで、これを計算してのことなのか。それとも他に事情があるのだろうか。例えば雨だれでぬれることがあっては失礼極まりない「やんごとなきお方」のご利用が予定されていた、とか。

もう一つは、駅敷地のダダッ広さ。まず駅前広場がかなり広く感じる。それも、商店などはなく、もっとも面積を占めるのはなぜかお花畑。これに対して京急久里浜駅は駅ビルになっている訳だから、久里浜駅を下車した利用者が一目散に京急久里浜駅を目指すのは当然である。また、電留線が併設されているので構内が広く見えるのは当然として、駅舎とホームの間にもスペースが広がっている。ここにもレールが敷設されていたのでは、と思われるが今は藤棚や花壇があって、それが却ってわびしさを誘うのである。

ホームから駅舎を眺めて、久里浜駅が開業した当時はこの駅や周囲はどのような状況だったのか、時代を併せ考えればそれは相当に緊張したものであったろうと思い巡らす。そして、松尾芭蕉が平泉で詠じたあの句を自ずから想起した。
夏草や兵どもが夢のあと
藤の花は夏草ではないけれど。