独断場

 

「モダニズム」なる言葉がある。『近代様式』という意味になるが、そこには「古い」「昔のもの」など懐古的なニュアンスが見え隠れする。だがそのエッセンスは現代にも十分成立することを実証するのが「御茶ノ水駅」ではないか。

1937年、設計者・伊藤滋は、鉄道に要求される機能を最重要視し、それをプランに反映させた。利用者は切符売場から改札口を抜けてホームへ下り電車に乗車する、という一連の動線がよどみなく流れるようになっているのは見事である。しかも、同一方向の列車乗換えを配慮した線路配線は、関西ならともかく首都圏においては特筆すべき長所である。

当時より格段に利用者が少なかったであろう約65年前に造られたプランが今もって通用していることは、まさに伊藤滋の「先見の明」の賜物であり驚きといっても良い。しかも、彼はそのプランを、もはや崖と言うべき神田川河岸を切り開いたわずかな用地で、駅を跨ぐ「聖橋」橋脚まで構内に収めなければならない等、度重なる悪条件を克服して実現させているのである。ホームが狭い、見通しが悪いなど安全面の問題はあるが、これはむしろ線形に起因する問題であり致し方無いと思う。

駅舎のデザインも注目したい。無駄な装飾を排除し直線で構成した建築は、「モダニズム」の精髄を外観上でも体現したものであり、「インターナショナル・スタイル」の典型ともいえる(もっとも、完成当時は平屋作りで、特に“聖橋口”駅舎にその当時の面影は無い)。一方で、跨線橋などに緩やかなカーブを採用しているのは、駅全体や、駅をまたぐ「聖橋」のアーチとのバランスを配慮しているものと、私は見た。

近年御茶の水駅の改築が検討され、コンペまで実施したものの立ち消えになったようだ。おそらく、この狭いスペースで営業を維持しつつ改築するのが困難だったからだと思う。

だが、この改築問題にいずれ直面することとなるだろう。

築60年以上経過する建物は長年の使用で老朽化が進んでいることは否めない。また、今回訪れたのが日曜日だったので(それでも利用者は相当なものだったが)ラッシュ時ではどのような状況になるか判らないが、駅前広場は決して広くないことをあわせて考えれば、現状は飽和状態かもしれない。加えて、やむを得ないこともあるのだが、構内にエスカレーターやエレベータ−が設置されていないなど、バリアフリーの面で不十分な点が目立つ。これを充足させるには抜本的に改築する以外には難しそうである。ついでに勝手な私見だが、JR東日本は現状の駅のプランを好ましく思っていないのではないか。利用者がが滞留せず、ただ電車を乗り降りして通過するだけの現在の構造では、構内店舗も設置できず、増収が図れないからである。

この「御茶ノ水駅」の設計思想はその後どのように継承されたのか(されなかったのか)考察してみるのも面白い。

  追記:「ル・コルビジェと日本」なる書物の第二部・「ル・コルビジェと日本の建築家たち」(佐々木 宏 筆)のなかに土橋長俊という鉄道省からフランスへ渡りル・コルビジェに師事した人物のことが触れられている。土橋は帰国後鉄道省に復職、当時進行していた御茶の水駅のプロジェクトに参加したという。それ故、駅舎壁面の平滑さや柱の処理にコルビジェの影響が見られると、佐々木は述べている。

 

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