独断場


この駅舎がこれほど立派なのは、「この地は伊勢神宮のお膝元である」という誇りに起因することは明らかだろう。入口のテラコッタ装飾はその表れだ。
ところで、かような伊勢神宮の「玄関口」がなぜ西洋近代建築になったのだろうか?伊勢神宮の姿をイメージさせる和風建築を選択することも考えられただろうに。
理由の第一がその機能性にあるのは確かだ。コンコースはとても広く開放的に造られているが、戦前はごった返したであろう参拝客をさばくため柱の間隔を広く取って空間を創出しようとすれば、近代建築を選択するのは自然である。
また、線路が高架(なぜ高架線なのか、理由は確かめられていないのだが)である以上、和風建築では非効率なのは自明でもある。
だが、ここからさらに独断的な解釈を試みたい。
伊勢神宮を考えるとき、その神教における地位の重要性はもちろん、江戸時代より何より大切な信仰の対象であったことはいうまでもない。見方を変えれば伊勢神宮は全ての人々に対して「平等」であり「開放」されていたともいえる。
もしこの伊勢神宮がもつ「平等」性と「開放」性のイメージを建物の姿に変換するとすれば、コンクリートによる柱と梁で組み合わせたラーメン構造が生み出す大きな空間の方がかえって和風建築より明快に表現し得るのではないだろうか(和風建築でも大空間の創出は可能だが開放的なイメージを同時に描き出せるかどうか)。
コンコースの空間はこれがもっとも具体的に表現された場、と解釈できるように私は思うのである。
もちろん、この設計者や施主=鉄道会社がこれを念頭に駅を造ったとは私自身思ってもいないが。
(やっぱり、無茶で強引な解釈でしょうね、これは)

