旅行記

北海道へ行くの記 ―その1―

2002年5月14日18時。私は上野駅にいた。これより北海道へ行くのである。道南を周遊するつもりである。

北海道へ行く、といえば飛行機により上陸するのが極めて一般的なパターンであるが、私はあくまで鉄道に固執する。航空会社が様々な割引を用意していても、である。

乗車予定の列車は19時03分発車の「北斗星3号」。発車まで時間があるので駅構内に開業したショッピングゾーン「アトレ上野」内の博多ラーメン店で夕食を済ませる。旅情に欠けるかなと思いつつも、私は食にこだわりが無い性分なのだ。

18時44分ほぼ定刻通り13番線ホームに「北斗星3号」が入線する。名物の推進運転、機関車に後押しされて列車が姿を現した。

事前に個室(もちろん“B寝台”)を予約しようとしたが既に満席であった。従って今回はB寝台開放型を利用、一夜を同じくする旅の方はどのような人かと、楽しみと不安が相半ばししつつその到来を待ったが発車まで現れなかった。結局、個室寝台の倍広い空間を独占することとなる。車内の乗客は皆年配者であり、30代初頭の私が最も若いくらいである。

19時03分定刻、上野駅を発車。強い衝撃の後、静かに動き出した。既に外は日が暮れ並走する通勤電車には家路を急ぐ人たちで混雑している。そのような人たちを横目にしながら旅路に胸膨らませるこの優越感は実は好きだ。誰の何に対する「優越」なのか、つまらん人間だねェあんたは、と言われると返す言葉も無いが。

上野を出て1時間もしないうちに眠くなってきた。早速ベッドをセッティングして寝る。このまま熟睡して目覚めるとそこは北の大地!となればこの旅も劇的であるが残念ながらそうはならなかった。目が覚めて窓を見ると暗闇のまま、時計を見ると01時28分であった。さてどうするか。私は持参した本を片手に列車の中間に連結されている「ロビーカー」で過ごすことにした。ソファーで会話に興じる初老の女性二人のわきをすり抜けチェアに腰をおろして本を開く。1時間もすると再びまぶたが重くなって座席に戻り、ベッドにもぐった。もう一度目覚めると外は明るい。景色がはっきりと確認できる。とうとう北海道に上陸したか、と嬉しくなって時計に目をやると04時30分、まだ青森県内であった。しかし朝の4時だというのにこの明るさはどういうことだ。

05時18分に青函トンネルに進入する。その瞬間は心躍るが、入ってしまえば所詮は轟音とどろく闇の中である。工事に携わった職人さんをはじめトンネル貫通に全てを賭けた人々に思いをはせるも、結局は退屈して北海道の地が待ち遠しくになっていた。

05時54分、青函トンネルを抜けた。どうも定刻より遅れている様子である。田圃があり杉林があり、本州の風景と大差なく「北海道にやってきた」という実感は、ない。だが右窓に津軽海峡、その波間のはるか彼方に函館山が見て、北海道に上陸したことを再確認する。

06時30分が過ぎた。もう函館市内に入っていなければならないのにその気配は無い。定刻から明らかに10分は遅れている。

これはマズイ。

私はこの「北斗星3号」で苫小牧まで行き、日高本線の列車に乗り換えることになっている。「北斗星3号」の苫小牧着、10時08分。日高本線・普通列車の苫小牧発10時35分。定刻通りなら何ら問題ないが、この遅れではどうなるか。函館を出て遅れを回復できれば良いが、組まれたダイヤが列車の能力いっぱいで走らなねばならないとしたら回復するどころか一層ひどくなる可能性すらある。万が一、乗換えに失敗したらどうしよう、その後の予定は滅茶苦茶だ。情け無いがひとたび不安になるとそれは加速度的に増大していく。

最悪を確実に回避する方法は一つあって、函館駅で下車して、その約1時間後に発車する「スーパー北斗1号」に乗り換えることだ。北海道、いや今や全国一速い特急ディーゼル車は「北斗星3号」を伊達紋別駅であっさり追い越し苫小牧には30分も早く着く。ダイヤの乱れの影響はあっても苫小牧により早く行けることは間違いない。安全策なら「乗り換え」だが私にはもっと「北斗星」に乗っていたい、という気持ちも多分にある。

「降りるか、否か」とりあえず荷物はまとめるも決心のつかぬまま函館駅に到着した。遅れは約10分。

その2へ続く

 ≫≫≫  TOP Page ヘ