| 人格の低下 ・・幼児退行としてのパチンコ |
(パチンコの断章から)
パチって本当に怖い。
折れは友人が何人も落ちぶれて行ったのを目の当たりにしてるから余計に感じる。(勿論、折れもやってたので偉そうなことは言えないが・・)
。 パチ始める前は付き合いもよく、性格もサッパリしてて誰もが認めるいい奴が今では、いい加減な男として誰も相手にしなくなり孤独なセコイ奴と化してしまった・・
お金の問題じゃない。アレの本当の恐ろしい所は其処にあると思うよ。
パチンコ屋に来てるいい年した オッサンは99%厨房以下のガキだ。まぁ厨房以下だからオッサンになってもパチンコを 止められないのかもね。
全然関係ないんだけど、パチにはまってる人間って虚言癖が出てこない? あと、現実と理想の区別がつかなくなってるとか。
全然体験したこと無いのに体験したことのように語り出しちゃうの。 で、自分も体験したと思ってる、、、
なんか俺の知り合いの30過ぎたパチプー連中ヤバイよ。
きのう、初めて逝った某市のパチンコ屋で50歳ぐらいのおばさんが
時々「バカヤロー」「コラァ」とか台に向かって怒鳴っていた。
パチやると人間的にくさるよ。
向上心もなく、妄想的で、世を恨むカスになる。
心当たりがあるだろ?
殺人事件では結構パチンコ(博打)で金がらみの 事件が多い。 ここまで落ちたらほんとゴミ以下。
マジで止めよう。何人もの方々が言ってますが、金の問題だけじゃなくなる。
ギャンブルは運任せの要素が非常に強いので、続けるうちに他者依存というか、
何でも人任せの主体性に欠ける人間になりますよ。
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▼賭博者の人格
ギャンブルに夢中になっている人をはたから見ると、自己中心的で貪欲な人に映ることがある。あたかもパチンコがその人の脳を占領して、あらゆる人間的な思慮と分別が失われてしまったかのようだ。
ギャンブル依存から回復すると、本人自身がかつての自分は信じられないほど卑しい品格だったと認めることが多い。
▼ギャンブル行為の持つ意味
こういった人格の劣化がなぜ起こるかについては、ギャンブル行為がもともと持っている意味を理解することが肝心である。
ギャンブルの快楽は現実を忘れさせてくれるので、現実逃避の手段としてギャンブルを行うのが一般的だ。現実逃避をなぜしなければならないかといえば、その人が現実の悩みやストレスを克服できないからだと考えられる。
現実の克服に失敗したとき、人は過去の行動形式に戻ることがある。退行と呼ばれるこの現象は、人間のあらゆる異常行動を理解するうえでヒントとなる。ギャンブルに依存する者は、過去の思考・行動形式に戻ることで、現実から得ることができない充足を得ようとするのだ。
▼幼児退行としてのギャンブル
では、過去のどの時点に戻っているといえるだろうか。パチンコの行動を詳細に検討すれば明白であろう。
どのギャンブルにも共通する点であるが、偶然に頼った報償がある。パチンコの大当たりはコンピューターで制御され、遊技者はいつ大当たりがくるのかわからない。ただ、台の前でハンドルを握って座り、当たってくれるのを待つ。
これは、自らの力で環境に作用して快楽を獲得する大人の行動形式と比べると、まったく正反対の行動だといえる。受動的な立場にたって、自分の現実的な努力とは無関係に当たりの快楽を得ようとする。この行動形式は幼児のものに違いない。
幼児は無力な存在なので、自らの力で快楽を得ることができない。母親の庇護を一方的に必要とする。つまり、周りの環境が一方的に自分に仕え、自分では何一つ努力することなく快楽を獲得することができる。
幼児期の行動形式に戻り、ただ受動的な快楽を得ることで充足したい心理。これこそが、人をパチンコ店に向かわせているのだろう。考えてみると、すがるようにパチンコ台に座り、当たりを求めて際限なく金をつぎこみ、当たりがくると満ち足りた表情をするパチンカーというのは、母親の乳房を求める幼児に驚くほど似ている。
▼幼児的人格
現実にたいする思考・行動形式がそのように幼児的になれば、当然その人のパーソナリティも幼児的になっていくはずだ。
端的にいって、自分の思い通りにいくはずだとするナルシシズム、現実と妄想を区別できない思考力、自己の攻撃性を抑えることができない衝動性などであろう。
パチンカーはそのような幼児的な人格を自ら再現しているのである。周りの大人からみれば非常に奇異に映り、ときには卑しい人格だと思われることになる。また、本人は継続的な努力ができなくなったり、働く意欲をなくしたりするのも当然のことと理解できよう。
さらに、パチンカーによる各種の犯罪が後を絶たないが、本人が幼児性を再現しているのだと考えると、その人が殺人を犯そうが、盗みを行おうが、自らの子供を放置して死なせようが、それらはたいして不思議ではない。
▼復帰の困難
ひとたびパチンコに依存してしまうと、パチンコとは正反対の行動形式である大人の世界が、本人にとっては非常に辛いものとなる。まるで大人の世界に迷い込んだ幼児のように、傷つきやすく自信を失っている状態にある。
その結果、ますますパチンコの幼児的な行動形式にすがりつくようになり、自分の中に幼児的人格を強めてしまうのだ。このように、大人としての行動形式がとれなくなっている点は、パチンコ生活からなかなか脱却できない大きな理由となる。
▼幼児化する日本の一部
以上のように考えると、日本人の2千万人がパチンカーで、毎年27兆円をパチンコに費やしているという事態は、笑い話ではない。大人の洗練が必要とされる遊技でも芸術でもなく、幼児の行動を再現させる賭博こそが日本人の主要な関心事となっているのだ。
パチンコによって日本人の人格が劣化し、これからも日本人は幼児化していくと危惧するのも決して大げさな話ではない。
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