阿弥陀寺
市バス205系統他「河原町今出川」が便利です
鴨川からやや西に沿った寺町通りにお寺が並んでいる一帯があり、そのうちのひとつ
清玉上人が「本能寺の変」で自害された織田信長公のお骨を焼け跡から持ち出し埋葬したお寺として
信長公ファンの間では有名です
信長公・信忠親子のお墓の他、森3兄弟や寵臣達のお墓もあります
本堂には信長親子の木造が安置されていますが、残念ながら通常は公開されていません
「京の冬の旅」などの時に特別公開されることが多いようです
京都御所
地下鉄烏丸線丸太町が便利です
明治維新を迎えるまでは皇居として使われていました。
見事な建物や掃除の行き届いた庭…庭園と呼んだ方がいいかな、は一見の価値有りです
ただし、春と秋の特別公開時期以外は宮内庁に参観申し込みをしなければなりません
申し込みは往復はがきの場合は1枚に付き9名までの受付で3ヶ月前から受け付けます
参観の際は係員の方の引率に従って観覧します
所用時間は約1時間程なので、京都旅行の日程が決まったら取り敢えず申し込んでみてはいかがでしょうか
清水寺
市バス80・202・206207系統「五条坂」または「清水道」が便利です
修学旅行等で行かれたことがある方も多いと思いますが、崖の上に張り出した舞台造りの広縁で有名です
が、私は奥の院の裏手にひっそりと佇んでおられる「ぬれ手観音」が好きです
1m四方くらいの囲いの中の水中に、蓮華の蕾を持っている姿は
とてもたおやかで、はかなげで、でも心あらわれるような穏やかなお顔を拝すると
自分の心も穏やかになってくる気がします
この観音様にお水をかけてお祈りをすると、霊験あらたかになると言われています
あまり知られていないようで、私が奥の院の横から出てくると「何かあるのかしら?」
といったような顔で覗きに行かれる方が多いです
高台寺
市バス80・100・202他多数「祇園」が便利です
豊臣秀吉の正室「北の政所」ことねね(またはおね)が秀吉の菩提を弔う為に建立したお寺です
残念ながら通常は一般公開されておらず、
春と秋の特別拝観や「京の冬の旅」などでの特別拝観に取り上げられることが多いです
東山の地形を活かした見事な造営のほぼ中央にある開山堂には
秀吉と北の政所の木造が安置されていますが、その廚の扉の装飾も見事です
少し石段を登った所にある霊屋には秀吉とねねが祀られています
さらに登った所には伏見城より移築された傘亭と時雨亭という茶室があります
この「時雨亭」の左前方には大阪落城の際の炎が見え、北の政所が涙したそうです
拝観時期に京都に行かれるかたは是非是非立ち寄って頂きたい、お薦めの場所です
本能寺
市バス102系統「京都市役所前」または地下鉄東西線「京都市役所前」すぐです(京都市役所の正面です)
「本能寺の変」で明智光秀が主君・織田信長を討ったお寺として有名ですが、
実際に「本能寺の変」が起きた時は別の場所にありました(元本能寺址の項参照)
賑やかな繁華街にありますが、境内の中は広く、また静かで落ち着いています
「信長本廟」には信長公他、共に犠牲になった武将達の供養塔があり
武将達の名前の書かれた立て札もあり、何度行っても全員の名前を一人ずつ呼んでいます
本能寺址
目印になっていた本能小学校が取り壊されてまった為、場所的には判りずらいので
堀川高校の北側の道を東に向かいテクテクと歩くのが一番いいかと思います
市バス9・12・50・101系統等「堀川蛸薬師」が分かり易いです(二条城から歩いても遠くはありません)
織田信長公が最期を迎えた「本能寺の変」が起こった場所です
現在は小さな四つ角に小さく「此附近 本能寺址」と刻まれた小さな石碑が建っているだけで、
うっかりすると見落としてしまいそうです
2002年3月に訪れた際は本能小学校(廃校)の一角にありましたが、その後更地になっていたのをTVで見ましたので
もしかしたらマンションでも建ってしまうのかな…と思うと少し寂しい気がします
信長公がここで最期を…と思うと感慨深いものがあり、夜道の隅でしばらく佇んでいましたが
地元の方々の関心はかなり薄いらしく、写真を撮っていた私は車を停めて怪訝そうに見られてしまいました(^_^;)
龍安寺(「りょうあんじ」と読みます)
市バス50系統「竜安寺前」または「立命館大学前」が便利です
龍安寺と言えば「石庭」と言われるほど、特別名勝としても有名な庭園があります
竹ぼうきで目立てをし、波のような筋を入れられた白砂の上に15個の石が7:5:3と配されており
「禅の悟り」を表現としていると言われています
私にはそこまで難しいことは分かりませんが、庭に向かった広縁に座り
なんとなくボーっとしていると、それほど広い訳でもないこの空間が
とても無限の大きさを感じさせてくれるような不思議な空間です